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君が強く望みさえすれば


 明けましておめでとうございます。暮れに風邪をひいてまだ治りきらない。日頃の行いが悪いと、こういう時困るな。去年は全然更新できなかったが、今年はいろいろ片付けなきゃならないことを片付けて書きたい。というか一番の問題はPCが壊れたことである。12月24日のために書いた小説も手書きのままだ。まあ自己満足だから載せる意味がどこまであるかと言えばそうなのだが、そのうちどうにかしようと思っている。

 ところでSONGSと紅白を観た。藤原、緊張してたな。でもめちゃめちゃかっこよかった。「ブラウン管の前で評価されたくない」って言ってたのにどうした、みたいなことを言われるが、その言葉の真意はプロモーション戦略の一環としてテレビに出ることはしたくないということだろう。BOCはけっしてプロモーションとして地上波のゴールデンタイムに出ることはしなかった。筋は通している。では今、紅白やMステに出ているのはどういうことかといえば、それはある種のレスポンスなのだ。リスナーの声に応じて、あえて派手で傷つきやすい場所に身を晒しに行っている。かっこいいよな。BOCはいま黄金期にいる。変な迷いがない。いや、最高だね。生きて年を取っていてよかった。新譜もジャケットださいが楽しみだし、幕張も楽しみである。

 というわけで相変わらずクズですが、今年もよろしくお願いいたします。


  1. 2016/01/02(土) 14:24:03|
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爆心地

 6年か。ここしばらく全然違うことばかり考えたりいろいろしたりしていたが、やっぱり戻ってしまう。

 その時その時で無数のプレイリストを作って聴く。フラットな頭で聴くと、こんなポンコツでも新しい気付きがある。動いていない様に見えても、確かに進んでいる。

 意識的に止めたはずでも、いろいろ流れて進んでしまって、今ではもう確かな結果が着実に過去からの道を塞えて未来へ道を伸ばしている。

 それでも6年が経とうと、還ってくる涙のふるさとはいつも同じ風景のままだ。いつまでも汲みあげる言葉が代わり映えしないで似通ってしまう。そんなのはおかしいと思っていたが、違うのかもしれない。爆心地、グラウンド・ゼロ。還ってくるのはいつだって変わることのない澄んだ悲しみとどうしようもない愛着だ。

 これから先も何度だってあなたのことを語り直そう。志村。限定された心のある時空の永遠の中で。




  1. 2015/12/24(木) 01:11:50|
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20150808

そういやこの間思ったんだが、VSEってなんかフグっぽくね? フグっぽくね? 

フグンゲ誕生日おめでとう。小生は今年も「July」をやってくれなかったことを、実はちょっと根に持っています。



  1. 2015/08/08(土) 23:57:43|
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20150624と0710

 最近たべることにまつわることにはまっている。おかげで最近腹が出た。これはおそらく確実にロマンチックおじさんの影響である。ロマンチックゼミに入りたてのことは他人と食事をすることに対してまったく楽しみを見出せなかった、いやむしろ苦痛でしかなかったのだが、小生もだいぶ感化された。ロマンチックおじさんはじつにたべることの好きな人で、酒がのめない体質のせいか甘いものに目がない。そしてわりとなんでも好ききらいなくおいしそうに食べる。ただし、酒とそばと納豆が苦手らしい。でも出されれば内心泣きながらも何でもない顔で食べるクチである。だって男の子だからね。

 それはどうでもいいのだが、ロマンチックおじさんはだれかと食事をするのが好きでよく「みんなで食うとやっぱりうまいんだ」とか言っている。たしかに実際それはあるよな。小生も家族の人数が多い家で育ったので、大勢でものを食うのがいつも当たり前だった。だったのでおかしをひとりで買って食ってもあんまりおいしくない。よっぽど空腹のときはさすがに別だが、自分の分がさして残らなくても誰かと分けてたべた方がずっとうまい。でもなんかそういうもんだよな。

 ずばり先生が誰かと食事したがる理由は先生が20年間単身赴任していたからだ。ひとりで飯食って味する? それはたまに食うからだよね。ずっとひとりで飯食ってるとね、だんだんたべることが文化でなくなっていくんだよね。先生はそう言っていた。

 ところで今日はわれらがフジファブリックの志村正彦の誕生日である。「たべる」というところから志村のことを考えるとなんか強烈に悲しくなってくるな。2009年なんか全然ものを食っていなかったし、もはやくいものの味なんか感じられていなかったんじゃないか。生きるというもっとも根源的なはたらきが、どんどん文化という次元から壊れてこぼれ落ちていっていたに違いない。志村は睡眠時間も削りまくるしな。生きることがどんどん投げやりになっていく。それはやはりだめなことなんだろう。志村は不器用だな。人生には大事な手を抜けないことが多すぎて、抱え込んでもぽろぽろと腕の間からこぼしてしまう。それは志村だけではないが、なんか志村の姿はどこかとても象徴的なのだ。それに何とも言いがたい愛着をおぼえる。

 35歳か。まあ山総はあんな(足りてない)感じだし桃白白はショルキー光らせてるし、かとをさんはやっぱりありがたい感じなので、35歳のしむらもきっと相変わらず電車で見かけた女の子をストーキングしたりしてるんだろうな。うむ。でも「35歳までに結婚したい」と言っていたから、誰かと食卓を囲む姿を思い浮かべてもいい。30℃を暑いと感じられて、食事をおいしいと感じられる暮らしを受け止めて形作ってくれるものはやっぱり家庭なのかもしれないな。志村は大人になりきれていないんだろうな。むしろだからまだ寄り添っていられるというのはある。今年もありがとう。そして誕生日おめでとう。



  1. 2015/07/10(金) 23:21:15|
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20150424 メレンゲ 初恋の掟 その1


 客電がふっと落ちた。蒼い闇にオネアミスが流れる。拍手の沸き起こるなか、タケシタを先頭にメンバーが上手から現れる。最後に遅れて両手を挙げたクボが気がふれたように転がり出してきた揚句松江にぶつかりそうになっていて二度見したが、忘れることにした。

 各自楽器を手に取る。クボが手を挙げてSEを止める合図をしたがいっこうに止まる気配はない。仕方なくクボが「はじめますか!」と言って、止まらないSEを無視して轟音をひねり出す。開演である。一曲目は「旅人」。声は張り詰めている。しかし久しぶりだ。「迎えに来たよ お待たせ」という言葉はやっぱり特別なものとして胸に響く。なんか一気にあの頃まで戻ってしまう。思えばなんか遠くなったよな。どこかでずっとそこにいられると思ってたのかもしれない。

 松江のギターが渦を巻く。「チーコ」だ。「チーコ」を聴くとなんか懐かしい気持ちになるな。。。べつに5年くらいしか聴いてないのにな。変わっていないようで少しずつ変わっている。声も音源と比べたら大人びている。最後のサビの前でためて、「どうもありがとうございます」とマイペースに言う。そこからすごい熱量で歌い切る。

 クボが手拍子をあおる。「アンカーリング」。やはり声は隅々まで張り詰めている。ふと見えたヤマザキがめちゃめちゃ笑顔で叩いていて泣いた。よく知っている顔だ。でも今はもう、知らない顔をしていることの方が多い。クボの瞳もきらきらしていた。ただ水分が光を跳ね返しているだけだ。早くないかと言える資格は当然自分にはない。

 音が次第にある曲のイントロに収束していく。「ムシノユメ」。驚いた。はじめて聴いた。まだライブで聴いていない曲なんかたくさんあるけど、もうこのメンツでは多分聴けないままなんだよな。ギターとシンセが絡んでいく。声は出切らないところもあったが歌い切っていた。

「ようこそ、初恋の掟へ!」とクボンゲが声を上げる。演奏中はかっこよかったのに、MCとなると途端に陸に上がったフグみたいである。とりあえずの笑顔っぽい表情と空気が八割くらいの声で、いろんなものに呑まれそうになりながら訳のわからないことを言っている。

 「えー……なんだ、えー、今日は、あのー……ワンマンは去年くらいから、ここでやろうって決めてたんですけど……あの、ニュースとかでみんなみてると思うんですけど、、えー、あの、ちょっと、メレンゲにも色々ありまして、、えー、今日、この五人全員がメレンゲとして五人全員でやれるのは今日だけなんで! ぜひ楽しんでいただけたらなと! 思います!」

 息も絶え絶えにそう言う声を聴いてなんだか無性に悲しくなった。クボは今日すらもやっぱり脱退という言葉を口に出せないのか。ロフトでもそうだった。今日も、こんな日も最後まで口に出せないまま、あんなかなしい顔で苦しい濁し方をして終わるのだろうか。



つづく

  1. 2015/05/11(月) 23:19:37|
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