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サウダーデの石


原正彦の『数学者の休憩時間』という本の後半を占める、紀行文だ。


愛する父・新田次郎を突然に亡くした藤原正彦は、翌年、新田次郎の絶筆となった『孤愁――サウダーデ』の取材旅行を完璧になぞる旅に出る。ポルトガルの果てに、いってしまった父を見出すために。



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私は藤原正彦というおっさんが大好きだ。

あんなに人間らしい人間は、最近じゃかなり珍しいと思う。ものすごくいい気で、せっかちで、プライドにこだわって、意地っ張りで、血の気が多くてまっすぐだ。

あの顔とあのユーモアは、いつも最高に愉快な気分にしてくれる。両親譲りの引き込まれる文章は言うまでもなく素晴らしい。



でも、彼が新田次郎の没後に書いたいくつかの文章には、本当に心が震える。

私なんかにとって、新田次郎とは自分が生まれる前に死んだ、古色蒼然とした大小説家の一人に過ぎなかった。

けれども、藤原正彦は、語る。自分の父を、誇らしげに、嬉しそうに語る。

だから、あんなに尊敬し、愛していた父親を亡くしてからの彼のエッセイは生々しかった。

腹に力を込め、歯を食いしばるようにしているかのような、抑えた文体で書かれた父子(おやこ)の思い出は、読んでいて思いがあふれてくるようだった。


いつも茶目っ気にあふれている彼が、打ちひしがれているのだ。

肩を落として、しゃがみこんでいるのが見えるのだ。


父親のことを話す彼の顔は、心は、いつまで経っても、小さくて元気で鬱陶しい悪ガキのままなのだ。

藤原家の父子の旅を追いかけながら、私は私のなくしてきたもののことが次から次へと思い浮かんで、感情があふれてしまった。

私にだって、サウダーデはあるのだ。





ちなみに、外で読むのはお勧めしないのである。




  1. 2010/05/18(火) 22:18:39|
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