inkblot

The land that without a gun or sword


「まるごしの国を知ってる?」


「いいや。なんだよそれ」


 春になりかけたあたたかい日、木陰で小ぶりのリンゴをかじっている時に、ニコデモはアートからそんな話をきいた。


「世界のはずれの方の海に浮かぶ、ちいさな緑色の島さ」


 早くもアートが目を輝かせているので、またいつものが始まったとおもいつつ、ニコデモはリンゴをかじりながらだまって先を促した。


「彼らはほんとにまるごしなんだ。彼らは武器をまったく持たない。憲法も政治家もあって当たり前の便利な機械も、財産もない。つまり、他国との交流もまったくといっていいほどないってこと。

 何しろ自分にとってまったくメリットが生まれないから、自分のものにしようと考える国がないんだ。昔、あの国とそのまわりの海に利用価値のある資源があるかどうか、大国がこぞって調べたことがあったけど、笑っちゃうくらい何もなかったよ。あの国でとれる穀物もけものもくだものも魚も、みんなあの国がやっていけるぴったりの量しかないんだ。そこに住んでいる人たちは小柄でずんぐりしていて、物事には動じない。いちど、彼らのつくるシンプルで美しい織物に世界が注目したことがあったけど、そんな時もかおいろひとつ変えなかった。嵐は一瞬で過ぎ去るってことをちゃんと知ってたんだ。

 あの国はそこらじゅう山と草原でね。じゅうたんみたいにふかふかした草っぱらに寝っころがって、流れる雲をぼうっと眺めるようにのんびりと暮らしている。

 あの国の言葉をしゃべれる人は世界じゃそんな多くはないけれど、聞くところによると、語彙の豊富な美しい言葉らしい。それで物語をいっぱいつくる。数学も、戦争だとか工業だとかにはそうそう役に立たない、独自に発展させた高度なものがあるらしいね。あの国には金も銀も宝石もない。だけどたしかにあの国は美しい。

 その国は、役立たずの国とも呼ばれている」


  うっとりとそう言うアートを見ながら、そんな国がほんとうにあるのかどうか、ニコデモは懐疑的だった。



                                                                        END
  1. 2009/05/10(日) 23:48:28|
  2. etude
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