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いと気高き輝きの星よ


 もう時間が経ってしまったし、自分でも何を書いているのかよくわかってないのだが、載せておく。






 聴こえる。高速道路を行きかう馬車の音だ。生きとし生けるものが発する熱っぽい音がする。そのやかましい音で、心地よい微睡みから醒めてしまった。さっきまでおれは、ゆるやかにほどけて世界(サカ)のすみずみにまで広がっていたのだ。だが、目覚めてしまった。おれは世界から切り離され、ひとつところに凝り固まり、ぎこちなくかすかに身じろぎしている。おれは誰だ。ついさっきまで、ほんのついさっきまでおれは世界そのものだったのだ。でももう違う。この世界から切り離されて、おれは独りぼっちだ。おれは誰だ。もう分からなくなってしまった。おれは何故ここにいる。誰かがおれを呼んでいたような気がする。誰かは分からない。ここは何処だ。冥(くら)い。寒い。ここは土の下の穴ぐらの中だ、おれのからだは何処だ。脆く崩れかけたこの塵芥のようなものが、おれの肉か。この溶岩と分かちがたく押し固められたものがおれの骨か。とっくに朽ち果てた頭(かしら)の毛が太った。この宙吊りの状態がおそろしい。今のおれは塵の山ではないか。無情な風の前にひと時かろうじてかたちを保っているだけだ。しかしそれがおそろしい。輪郭も曖昧なひと時のかたちであったとしても、こうしてまたかたちを取ってしまった後では再び散り散りになってしまうのが途方もなく怖い。塵でもよい。ゆっくりと、少しずつ、おれの断片を寄せ集めていく、腕らしき所が反応してわずかに動く。脚らしき断片も形を整え始めた。徐々に意識も最前よりもはっきりとしてくる。それにしても寒い。ああ、寒い。ここは最早おれに安らかな眠りを、死のまどろみを与えてはくれない。出よう。

 土をおしわけ、おしわけ、墓穴を開いていく。鋭い氷のような空気が顔を刺す。ごつごつとした石があたりにごろごろと転がっている。そうだ。ここは大いなる火を秘めた山の麓だ。この溶岩はもうおれではないのだな。もうおれを受け入れてはくれない。硬く冷たく拒絶している。ようやく開いた墓穴から、ずるりずるりと体を引きずり出す。目玉はないからよく見えない。たよりは触覚だけだ。何かあたたかいものに触れた。その中に入り込む。目が明いた。あたりはまだ冥(くら)い。夜なのだ。誰もいない。街は死んだように静まり返っている。空気に何かなつかしいものが混じっている。それが胸を刺す。 

 ふらふらと立ち上がり、歩き出す。誰かに会いたかった。路地裏をさまよい歩く。なつかしい。でもどこかよそよそしい。おれが死したるものだから、誰も受け入れてはくれないのか。少しずつ、記憶がよみがえってくる。おれは、そうだ。おれは音楽家(カウボーイ)だった。この街で生まれ育ったカウボーイだ。カウボーイになるために故郷を捨てた。死んでようやく帰ってこられた。ずっと帰りたかった故郷(ふるさと)に。路地から路地へとうつろっても、街に人気はない。死んでいる。街も。おれは独りだ。

 メインストリートの小さなレコードショップの前で足が止まった。薄氷に包まれているようなぼんやりとしたショーウィンドウの奥に、ポスターが浮かび上がって見えた。覗き込んで目を凝らす。おれの楽団(バンド)だ。冷たいものが足元から這い上がってくる。そこにはよく知っている三人が、未来の日付とともに写っていた。おれのバンドの仲間だ。おれ以外の。おれのいない未来では、おれ以外の三人の楽団が続いていて、きっとおれのことなんか思い出してはくれないのだ。目から泥のような涙があふれ出す。地面に落ちたそれは世界を溶かす。淋しい。その感情以外、世界すべてが溶けてゆく。世界は漆黒、ぬばたまの闇だ。寒い。おれと一緒に虚無という温い海に沈んでゆこうではないか。



 遠くの空がなにかおかしくなっていくのが見えた。朝はまだ大地の半分くらいにしか訪れてはいなかった。向かう先の空はほんのり桃色に染まりはじめていたが、その色がある一点からどこかへ落ち込んでしまったように褪せて、なんだかかたちも少しずつゆっくりと崩れていく。

 そこから世界が壊れていた。世界が粘度の高い闇に落ち込んでいく。懐かしい、と、御者台からそれを見て取りながらモイトリは思った。もったりしているのに物凄く暗くて寒くてさみしい闇だ。懐かしい。俺はこの感じをよく知っている。怖れはない。ただひたすら愛おしかった。

 ホロの中からそっとモイトリを呼ぶ声がした。振り返ると、ツムジとタテユクが顔を出していた。ツムジは暖かい外套とたっぷりと引き寄せているのに、心なしか蒼い顔をしている。タテユクはいつもと変わらず穏やかな顔だったが、双眸の奥にどこか張りつめた光があった。

 タテユクがホロをまくって中をモイトリに見せる。ホロの中では一本のギターが激しくひとりでに鳴動していた。ペールブルーのフェンダー、ストラトキャスター。マスタービルト。ダメージ加工を施されたボディが、六弦の振動を受けて震えている。デミアンのギターだ。

 モイトリは二人に空の異常を伝えた。三人は素早く目を交わす。モイトリがふっと息を吐いた。息は白い雲になって空へ昇っていく。

「急ごう」

 六年前。六年前のあの寒い日だ。デミアンが死んだのは。ある街の宿の一室で。突然だった。その時、誰もそばにはいなかった。いつも孤独な闘いをしていた。でも、同じ楽団の仲間だ。一緒に闘いたかった。けれども彼は死ぬ時も独りだった。

 彼の故郷は聖なる山の麓にあった。彼のなきがらは、偉大なる山に抱かれた石の奥津城に眠っている。今日は彼の死んだ日。それは残された三人にとっては碑のように立ち現れる一日だった。彼がいない今も楽団は続いている。三人は終わらせることを選ばなかった。彼のことが、彼の曲が好きだったからだ。彼の作った歌をまだ鳴らしたかった。バンドはデミアンのバンドだった。そして今でもそうだ。

 今日も三人は早くに街を発って、彼に会いに行く途中だった。おかしくなっているのは確かにあの街の方だ。行かなくてはならない。デミアンだ。デミアンが呼んでいる。モイトリはギターを掴んだ。アンプの電源を入れる。ツムジとタテユクもそれぞれ楽器を手に取る。体からあふれ出した歌は馬の脚を速くしていく。



 泣きながらさまよった。また何も見えなくなる。常闇だ。涙の落ちるリズムと震える息が何かになりかけている。体が熱を欲している。まだ寒い。ギターがほしい。

 両手で地べたを探ると、冷たい弦に手が触れた。どろっとした闇の中から引きずり出す。フェンダー、テレキャスター。手に馴染んでいる。ピックガードに挟まっていたピックを引き抜く。

 噛み合わない分散和音(アルペジオ)がパラパラとこぼれる。奇妙な和音(コード)から奇妙なリフが生まれた。エフェクターもかけていないのに、勝手に歪(ひず)んでいる。いくつかの音が響き合い、歌になり始める。歌から陽炎のような残像がゆらゆらと立ち上る。踊っている。踊らされている。


 遠くに何か小さなものが見えた。蒼い鳥だ。あれはおれだ。常闇が視覚を狂わせるので飛んでいるようにも見えようが、あれは地べたに墜ちているのだ。燃えるような体温はもうない。翼は折れている。夢の中でさえ、おれは飛べない。点々と散っている蒼い羽を踏みにじっていく。

 ぶくぶくと沈んでゆく体を浮かび上がっているように見せていた。どんなに歌ってみせてもそれは見せかけに過ぎない。足掻いているうちに頭まで沈んでいた。泡だけが遥か上の水面までのぼっていく。いっそ深い海の底まで行ってしまおう。そしてそこで眠りにつこう。心が擦りむけている。それを誰にもさらけ出せなかった。ここにはもう誰もいないから、そっと心を開いていく。どっと流れ出す血もここでは闇にまぎれてしまう。心地のよい闇だ。随分深いところまで来たな。粉雪のような白いものが静かに降り出した。知らない誰かの体とそれっきりでいよう。この体はなぜかよく馴染む。なんだかよく知っているようでもあったが、頭に靄がかかっていて思い出せない。リフがループしているなか、新たなコードを乗せる。歌がゆっくりと広がっていく。



 世界はまだ神々の領(うしは)く時間の中にいる。人の時間はまだ先だ。街々はどこも静まり返っていた。闇はほんのりと薔薇色の靄に包まれた朝焼けの街を呑み終わり、まだ死に似た穏やかなまどろみの中にある蒼い街々にまで伸びていた。放っておいたら世界をすっぽり呑み込んでしまうだろう。世界はさびしい。世界はむなしい。世界がその内側に抱えているどうしようもないさびしさ、むなしさに呑み込まれていく。自壊するように。なんてさびしいんだろう。だが放ってはおかない。ひとりきりで泣き叫んでいる友を救いに行く。

 モイトリは赤いストラトキャスターの弦を強くはじいた。早くあの闇の中に入りたかった。力技で、音を撚りあわせ、無理やり空間に暗示をかける。彼とわれらのあいだに距離はない。ゼロ距離。恐るべき力でねじ伏せていくが、あともう少しで届かない。モイトリは伸ばした手をすっと引いた。彼とわれらのあいだの距離はもうさしてない。距離は一マイル。空間に完全に暗示がかかる。イメージ通りの暗闇の中に、馬車は転移する。三人の身体にどっと重い負荷がかかった。モイトリの口の中には鉄の味が広がり、ストラトキャスターの弦は白く発光して指を痛めつけていたが、彼は気付いてすらいないようだった。タテユクはやはり表情を変えていなかったが、彼のはじく太い鋼鉄の弦もやはり真っ赤に焼け、彼の指を爛れさせていた。ツムジの鍵盤を叩く指も爪がはがれかけている。だが構わず音を鳴り響かせながら、進んでゆく。その轍はまばゆく力強く輝いていた。

 あたりの闇が一段と深くなった。その中心にくっきりとした人の輪郭がある。それを目にしたモイトリは一瞬だけ声を詰まらせ、ほかの二人は刹那、瞳に暗い色をよぎらせた。よく知っているが、知らない男だった。肉体の持ち主の容貌とデミアンの容貌が入り混じり、新たな容貌が生まれている。だが、たしかにそこに居るのはデミアンだった。その大きな目は黒い闇を涙の代わりに流している。飴色のテレキャスターを抱え、長躯を持て余すように何もない無の空間に座り込んで、虚無の寒さに震えながら果てのない嗚咽を漏らしていた。



眠りを破るざわめきが 止まった心臓に入り込んで
勝手に脈を打つ
夜でもない 朝でもない 薄暗がりで目が覚めてしまった
強張った体が独り 取り残された

骨が緩んでがちがち鳴っている 繋ぎ留める温もりがないから
骨のあいだに積もった時間が 朝の世界から記憶を削り落とした
忘れられた歌は 誰の耳にも届かない
冷たい涙が 血の代わりに 内側を駆け巡って 体を焼く

もう二度と朝と出会えないのなら 太陽など呑み込んでしまえばいい
もう二度と夜を照らさないのなら この月など粉々になってしまえ
受け入れてくれない世界を呑み込んで ひとつになってしまいたい



 ひたひたと世界を浸すその歌に耳を澄ますと、音が体の中に飛び込んでイメージとなって走る。高速の馬車の音。溶岩の混ざった土の中。誰もいない街。レコード店。三人だけのポスター。そのイメージが広がった瞬間、六つのするどい痛みが、三つの胸をするどく刺し貫いた。モイトリの瞳が一瞬、絶望でかき曇る。だがすぐにまたもとのように澄み渡る。彼に向けて声を放つ。

「デミアン」

 男がゆっくりと頭をめぐらせる。はじめてモイトリを見る。

「久しぶり」

 芳しい反応はなかった。しかし光のない眼はじっとモイトリを見ている。

「あれからそれなりに時間が経ったんだ。最近どうしてるか話してもいいかい。俺たちはまだ歌い続けてるよ」

 デミアンの肩がわずかに強張ったのを三人は見逃さなかった。

「なんでかわかるかい? きみの歌を聴いてほしいからさ。きみはすぐ自信をなくしていじけるけど、ホントにいい歌なんだ。きみが見失ってしまうなら俺たちが何度だって言ってやる、きみは最高だ。……言いたいことは山ほどあるよ、何ひとつうまく言えないけど」

 デミアンのギターを持つ手が緩む。

「もしきみと出会わなかったとしても、俺はギターを弾いてただろう。けど、でもなにか違うんだよ。きみの歌がかたちを与えてくれたんだ、もう他のかたちにはなれない」

 モイトリは真っ直ぐに友を見据えた。

「きみのことが大好きだ。きみの歌が大好きだ。いつまでもきみの歌を鳴らしたいんだ。俺たちがきみのつけた名を名乗って歌い続ける理由はただそれだけだよ」

 デミアンのギターが止まった。馬車の御者台からひらりと飛び降りる。ギターを、ベースを、鍵盤を弾く手は少しの空白も許さなかった。音が加速してゆく。歩み寄る。

 モイトリが力強くストロークを弾き出す。その響きが生み出したのは、目を潰すような強烈な白熱する光だった。六弦がしなり、強靭なアルペジオが一音一音編みあわされてゆき、優しく、しかし決然と闇を切り裂いてゆく。モイトリが歌う。声は伸びやかに広がる。音楽の推力が三人の体を運んでいく。三人のカウボーイは、とうとう死せる友を取り囲んだ。

「思い出して。きみの中には暗くて寒くてさみしい闇と、その闇ゆえに強く輝く星がある。ともにバンドを組んできて、俺らの中にもきみと同じ闇がある。そして星のかけらもまた、俺たちの中にある。今、きみの中の星が暗闇に飲まれてしまったというのなら、俺たちの星をきみに返すよ」

 三人は友の胸に光の白刃を叩き込んだ。

「きみは、星(スター)なんだ。そんなさみしい歌、歌わないでくれ」

 デミアンの目からあふれ出すものが、黒いものから透き通ったものに変わっていく。瞳が洗い流され、澄んでくる。デミアンの大きな瞳に、はじめて三人の姿が映り込んだ。

「モイトリ、タテユク、ツムジ……!」

 涙の湛えられた大きな目に、ぐっと力がこもる。

「俺を、忘れないでくれ」

 タテユクが穏やかな顔で答える。

「忘れないとも」

 言葉に不思議な頼もしさがあった。

「もちろん」
「まかせろ」

 ツムジは澄ました顔で、モイトリは笑顔で答える。真剣な目でじっと見ていたデミアンがふっと笑う。

「安心した。これでまたゆっくり眠れる」

 デミアンの体から力が抜けていく。かりそめの体からあくがれ出でて、拡散しながら世界(サカ)そのものへ還っていく。もちろん三人も世界の一部だ。どこかで彼の一部をもう一度抱きとめる。束の間の対話は終わってしまった。

 空の色は雲ひとつない抜けるような蒼だった。風は冷たく、大気は氷のように澄み渡り、 指がポロポロと落ちそうなほど寒い。だが生命の気配が戻っている。

 モイトリは緊張の糸が切れたように、ゆっくりと膝をついた。溶岩の混じった土のごつごつした感触が膝に伝わる。そのままボロボロと泣き始めた。涙はなかなか止まらなかった。高くそびえる聖なる山も、その蒼さの中にさみしさを溶け込ませながら、小さな古びた街をその懐に抱いていた。





  1. 2017/12/24(日) 12:39:05|
  2. 短編
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  4. | コメント:2
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コメント

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  1. 2017/12/26(火) 16:02:52 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集 ]

re: 12/24の出来事について

読んでコメントしてもらってとても嬉しいです。
ありがとうございます。

なんか暗い話を載っけるのも申し訳ないとは思うんですが、繰り返し繰り返し書くことしかできないんですよね。べつに自分が書いたって何になるわけでもないんだけど、でもそれくらいしかしてあげられることがない。

またぼちぼち書いてくのでよければのぞいてください。
  1. 2017/12/26(火) 23:59:02 |
  2. URL |
  3. 北田 #-
  4. [ 編集 ]

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