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20140405 BUMP OF CHICKEN TOUR WILLPOLIS 2014 live at 幕張メッセ


 物販の待機列で場内に入ると、仕切りの向こうから不穏な紫色の光があふれ出していた。リハをやっているのだ。爆音でかかっている『RAY』のCD音源が邪魔だった。何の曲かは分からない。紫は毒々しい深紅をはらみ、どんどん蒼みがかっていって鮮やかな緑色を生み落としたりしながら目まぐるしく変わっていくが、気付くとやはり不吉な紫色に戻っているのだった。『童話物語』の炎水晶を思い出した。あれはあんな感じなんだろうな。『RAY』の隙間に耳を凝らすと、かろうじて「white note」と「firefly」をやっているのが分かった。大分いたがそれだけ。最後に観たリハの照明は透き通った象牙色だった。

 ボレロが響き渡り、絶頂で鳴りやんだのはきっかり18時15分である。ムービーの冒頭ではまず少女が映り、その後主人公が現れる。少女はせわしなく働きながら「あーら、まだ生きてたの」と憎まれ口を叩く。「それでウィルポリスは見つかったの?」主人公は微笑む。「同じ帽子をかぶった老人に出会ったんだ・・・・・・ ウィルポリスがどこにあるのか、ようやく分かった」刹那、地面からすり抜けるように建物が生え、まだ見ぬ街が出現する。未知の街にはぼんやりと発光する人影がさまよっている――。

 命をともしたザイロバンドとともに沸き起こる拍手の中で、紗幕にドラムを叩く升が映り、直井が映り、増川がギターのストラップを肩に掛け、大分経ってからのそのそとやって来た藤原がそーっと猫背でレスポールを掲げる。力強いギターのリフを合図に紗幕が落ち、テープが宙を舞う。「stage of the ground」。

 藤原の声は完璧だった。少なくとも一曲目ではそう思った。常にビブラートを潜ませているような声だが、今日はそれがより一層深まっているように思えた。素晴らしい。だが、次の「firefly」は畳み掛けるような曲調で負担が大きいのか、声は疲労が溜まった時によくなるあの癖の強まった声になっていた。「サザンクロス」でもAメロの低音でしくじったし、「ラストワン」「トーチ」でも声がメロディを駆け上がりきれていなかったり伸び切らなかったりしていた。藤原は唄が上手い。だが今日はしばしば声がコントロールを逸れてしまい、音程が不安定だった。やはりまだ病み上がりだな。唄い終わった直後のMCでは息が上がってしまって、肩で息をしながらしゃべっていたりもした。

 だが確かに呼吸器の機能は彼の技術に完全に耐え得るまでには回復しきってはいないようだったが、中盤以降はいくらか安定し始め、恥ずかし島での「銀河鉄道」「歩く幽霊」は圧巻だった。というかそもそも「歩く幽霊」はアコースティック・セットでやるような曲でも、病み上がりにやるような曲でもない。ぶっこんでくるな。本編ラストの「天体観測」「ガラスのブルース」も危なげなくいつも通りにやりきった。「white note」も絶唱である。音ゲー風のディスプレイが映し出されていたが、難易度高すぎだろと思ってコンマ2秒で諦めた。「ray」は音源と比べて電子音は少なくなっているとはいえ、サビなんかではしっかりエフェクターのかかったコーラスが流れていたが、やはり生の声の震えが勝っていてカッコよかった。

 アンコールはチャマが「何やろっか? 久しぶりのあれやろうか」と言って「ノーヒットノーラン」。マジでその場の思いつきなのか知らないが、終わって早々藤原が「ちゃんと覚えてたー。大丈夫だった!」と声を上げ、チャマが増川に「ヒロはどうだった?」と訊き、「なんとか、、覚えてた。笑」と答える。いや、増川はまたギターの腕を上げたかもしれない。ギターソロがまたちょっと上手くなった。ただしアルペジオは相変わらず下手だな。いや、これは藤原がアルペジオの巧みなギタリストだから余計にそう思うのかもしれないが。あと「銀河鉄道」では増川がマンドリンのパートをギブソンのデカいエレキで弾いていたが、実にへたくそだったなあ。いくら積んだら藤原がマンドリンであれを弾いているところを聴けるだろうか。。。

 アンコールラストは「メーデー」。よかったが、正直そろそろ食傷気味である。オーディエンスも既に複数回観に来ている人間が多くを占めているので、ここらへんで定番曲の頻度を下げてもいいんじゃないか。「天体観測」もぶっちゃけ今となってはそこまで名刺代わり的な曲でもない気もするが。というかそもそも一回のライブであまり曲数をこなせないバンドなので、もっと聴いてない曲を聴きたいのが本心である。

 藤原は――いつものことだが――何かとちょっかいを出してくるオーディエンスをはぐらかし続けていた。その感じがおっさんで、こいつもちゃんと年を取ってるんだなと思った。これは嬉しいことである。こんな感じでさ、自己韜晦のうまい照れ屋の父親をやっていた人生もどっかにあるのかな。でも歌詞は悪い意味で年を取っていない。このブレイバーは、彼がそこに立っている理由が、彼を彼たらしめているものが、本当にどうしようもなく悲しい。でもそうでない芸術家がいるだろうか? 存在の根っこが悲しいとして、それのどこにマイナスの意味を帯びる必然性があるだろうか? 

 今日はツアー初日、分かりにくい緊張顔が面白かった。そういや「リハで緊張していた升君!笑」とチャマに紹介されて、恥ずかしそうにしていた升がなんかかわいかったな。おっさんだけど。新種の動物みたいである。

 世界を折りたたんで積んだ赤いトラックのキャラバンが動き出した。それを追いかけていく。明日はどうだろう。それから先は。まあどうせ飽きずにベソかくんだろうな。誰がかって、それは答えるまでもないことだ。



  1. 2014/04/06(日) 02:43:26|
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