inkblot

wandering ray

 ううむ。ミクちゃんの踊っているPVも観たが、フルで聴いてもこの曲の中でミクちゃんはまったく活きてないな。このバージョンをリリースすることでBOCが得られるメリットは、話題性という一点しかないように思う。そしてそれはセールスには有利に働くかもしれないが、音楽的な評価にはプラスにはなかなかならないだろう。メンバーにとってはデメリットの方が大きい。

 ではなぜこういったコラボをするのか。話を持って来るのはいつだってスタッフだが、スタッフは敵ではなく、悪い人たちでもなく、いつも自分たちのために色々なことをこなしてくれる仲間であり、普段は一緒に笑いあうような人々である。そういった人々が、ある時突然目の前に立ちふさがる。冷静に考えたら「そんなもの、突き飛ばせよ」と思うが、自分だったらそれが出来るか。突き飛ばしたらその仲間たちはどんな目に遭うか分からない。出来るか? そういった場面はきっとどのバンドの現場でもあることなんだろう。そしてそこでストイックに振る舞える人間というのは非常に少ないのではないか。たとえばメレンゲはスタッフのプロモーション能力の低さが問題となっているが、バンドは絶対に見捨てようとしない。理屈としてはいくらでもできるが、心理的にどうしてもできないということはやっぱりどうしてもある。

 BOCの場合は一緒にいるスタッフより更に上層部の意向が「国民的なバンド」になれということなんだろうな。アジカンだとかグレイプバインとかではダメなのだ、ミスチルになれってことなんだろう。そういや藤原と増川は2007年あたりに車の免許を取っていたが、あんたは今でもまだ電車に乗れているのかい。2004年くらいか、ゴッチとラジオで話している時に「電車に乗れなくなったら終わりだ」というようなことを言っていた。どうですか。あなたは今も電車に乗れますか。

 サウンドの話もそうだがセルフプロデュースというのは非常に心身の負担が大きく、それをやろうと思うとメンバーのうち3人はそういった能力を全く欠いているので結局藤原ひとりで全て判断しなければならない。だからプロデューサの案を最善でなくても疲れた頭と心で受け入れてしまうのかもしれない。

 毎度毎度の意味不明なタイアップの際にバンドから出るコメントは当たり障りのないもので、多分興味なんかないんだろう。でも責任だけはちゃんと取ろうとしている。そう、これが僕の望んだ世界だ。一緒にいることを選んだ人たちと選んできた今に腹を括る。でも本当はやりたくないことを無理繰り屁理屈こねて一生懸命頭で納得しようとしているように見えるぜ。

 持たざる者の苦しみが持てる者の苦しみに変わりつつある。あるいはもう完全に変わってしまったのかもしれない。だが大人にならなくてはと思う一方で、変わっていく自分がどうしようもなく嫌いなんだろう。今回のアルバムもそんな唄ばっかだ。だがぶっちゃけ藤原がどんなことで傷ついて苦しんでいようがどうでもいい。それで耳が潰れるくらい強い唄が聴けるなら何でもいい。けれどもそれも死なない範囲でだ。死にそうなくらいボロボロになるんだったら、今すぐ全部捨てて全力で逃げ出してほしい。もうあんな思いをするのは心底ごめんだぜ。あんたまでいなくなったらもうホントに無理だ。

 でもさ、ホントにすげえアルバムだ。ありがとう。言いたいことがたくさんある。胸張って人に勧められるが、でもケチで誰にも教えたくないから内緒な。



  1. 2014/03/15(土) 15:48:30|
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