inkblot

20140124

 朝からずっと「LIFE」を聴いていた。朗らかで優しい曲なのに心の底から悲しいのはなぜなのか。どこかへステップを踏みながら行ってしまえそうな軽快さもあるし、何かを深く悼む曲でもある。遅刻しかけた朝の電車と卒論発表会が終わった追いコンの後、終電間際の電車では同じようだが違う曲として響いた。フジファブリックとは何の関係もなく、単純にいい曲に出会えて嬉しい。今のフジファブリックをわだかまりなく聴くことができて本当によかった。新しい曲をためつすがめつするように聴くのは本当に楽しいよな。ここ最近の山内の伸び方は凄すぎないか。かとをさんなんかは割とはじめから完成してる感があるが、山内金澤は毎回予想を飛び越えたものを出してくる気がする。

 ポストフジファブリックは色々いる。だが現在のフジファブリックこそが真のポストフジファブリックなのだ。他はすべて出来損ないに過ぎない。聴いていてそう思った。これほどフジファブリックらしいバンドはどこを探したっていないよな。よく考えてみたら、やっぱり小生は今のフジファブリックはあの時のフジファブリックとは別のものとして認識しているらしい。だがそこにマイナスの意味合いは特にない。フジファブリックはフジファブリックが継ぐから、何人たりともフジファブリックの後継を僭称することは許されないのだ。

 何度も同じことを言うが、これだけの能力を持った人々がその能力を封印して、まるで素知らぬ顔で素直に期待されているだけの仕事をこなしていたというのはまったく信じられないことである。あのクソ目立ちたがりの金澤先生までもがそうだったんだからすごい。まあしゃしゃって志村に蹴られたりもしてたが。彼らに自分の才能を放り出してまで発揮させたいと思わせるものを持っている志村がすごい。

 そもそも彼らが志村と出会わなかったら彼らの才能はここまで開花しなかったんじゃないか。多分彼らには志村の存在をなかったことにするという選択肢はどんなパラレルワールドでも存在しないんだろう。そして志村がいなくなっても彼らは好き勝手やっている訳ではない。彼ららしさは出ているがちゃんとフジファブリックのコードに則っている。それは別に窮屈なことではない。。

 とにかくフジファブリックから真の意味で志村がいなくならない限り、我々は生きているフジファブリックを目の当たりにしていられるのだ。それはやっぱりとても嬉しいことだ。それもこれも全部志村の計算通りってことにしておこう。人の少ない23時の電車に乗るのはなんか寂しいから、こんな存在証明をいくらでもしてしまうんだ。
  1. 2014/01/24(金) 23:45:36|
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  1. 2014/01/28(火) 00:57:46 |
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Re:

コメントありがとうございます。返信遅くなって申し訳ないっす。

「山内は志村の代わりにはなれない」って言われてるんすね。それはホントにお門違いだな。なぜなら志村はまだフジファブリックに存在していて、志村の役割を果たしているからだ。生き物として存在していなくても存在することができる。役割を果たすことができる。そういう抽象的な、本質的なレベルで生き続けることが可能なほど志村の存在がデカいというかフジファブリックそのものってことなんだな。普通に書いてるが笑うくらいあり得ないしすごい。苦笑 だから山内は山内の役割を素直に果たしているにすぎず、彼は決して志村の代用品でもなければそうなる必要すらない。フジファブリックやっぱおかしいぜ。苦笑 

嬉しいっすね! ペンで身を立てたいっす。ただ自分で自分の文章の欠点はよく分かっていて、音楽的な教養に欠けているんすよね。まあ勉強すれば済む話ではあるんですが。苦笑 今年はそういう就活してみようか。。。あ、そういうコネとかなんかあったら教えてください。笑 ありがとうございます。これからもよろしくどうぞ。笑 

  1. 2014/02/14(金) 13:18:20 |
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  3. 北田斎 #-
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