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火の鳥を殺す その6

 すぐには本の中から戻って来れず、疲れた目をしばたいているとチェスターがパンとスープを持ってやって来る。何か言いたそうだったが、結局黙ってそれを差し出す。ハルシオンは本を置いてそれを受け取る。

「ありがとう」

 チェスターは視線を逸らしながら曖昧に頷く。二人は静かに夕食を取った。スープは溶け残りがあったが、他はまあまあだ。焚き火の爆ぜる音が主役のようである。チェスターは今までになく穏やかに見えた。何か覚悟をしたようだった。そして待っている。

 食事が終わると、どちらからともなく後片付けを始めた。星影はない。闇夜である。焚き火の数を増やして照明にし、ギターを手に取る。チェスターはだらしなく丸めた背を伸ばした。絆創膏だらけの手を、ゆっくりと握って開く。

「死にぞこなったオレの時間なんか凍りついてしまえばいい。そうすれば生きていないのと同じだから。……でもそれは無理なんだろう。オレは歌うことにするよ。大事なものを手放すことになるんだろう。でもオレは望んで歌を選ぶことにするよ」

 サンバーストのテレキャスにピックが振り下ろされる。シンセのストリングスが鳴く。レスポールスペシャルのリフが転がる。リズムマシーンが小さな体で精一杯どっしりした音をひねり出す。ベースラインは鉄の塊のようだ。チェスターが歌い出す。抑えてはいるが、序盤で既に声が張り詰めている。全ての音が一体になって、次第に重力から解放されていく。サビで声が解き放たれた。声は真っ直ぐに飛び、突き抜けていく。

 何もない黒い空から、何か蒼いものが舞い降りた。小鳥に見えたが、しかしもう一度目をやった時には小鳥の姿はなく、代わりに一人の男が立っていた。彼の親友だ。

 チェスターとマックス・デミアンは向かい合った。デミアンは同じサンバーストのテレキャスを持っている。元々、彼がチェスターに譲ったギターだった。デミアンがはにかんで口を開く。

「やあ、どうも」

 チェスターは鼻をこすった。音楽は止まっていない。

「久しぶり……」

 それを聴いて、デミアンは苦笑する。

「ずっといたよ。……しかしまたこうして話ができるとは思わなかったな。またこうして話をすることができない日が来るとも思ってなかったけど。きみに何かものすごく言いたいことがあったような気がしてたんだけど、面と向かっているとなんだか敢えて言うことはあまりない気がするね。ただ忘れないでね。ぼくはずっといるからな」

 チェスターも笑った。

「忘れられるかよ。分かってる。……ごめんな」

 チェスターは左手に握った拳銃をデミアンに向けた。気付けばデミアンも右手の銃口をチェスターに向けている。

「きみは何も悪くない。ぼくがきみでもそうしたさ。ぼくこそ迷惑をかけて悪かった。でもきみが親友でよかった」

 笑顔だった。

「オレもだ。ありがとう。――ありがとう」

 引き鉄が引かれる。乾いた音が響く。リボルバーに込められた一発きりの銀の弾丸が、過たずにデミアンの体を貫き、チェスターの体を貫いた。デミアンの体が意志を失って地に斃れる。チェスターの体も同じように倒れた。ハルシオンが駆け寄る。

「おい!」

 上体を抱えると、チェスターは目を開けた。

「まだ死んじゃいないよ…… オレはまだ死ねないらしいからな……」

 胸に空いた赤黒い穴から血が流れ出している。口腔からも血があふれ出す。チェスターは焦点の定まらない目で、寂しげな微笑を浮かべた。

「歌にせずにはいられないくらい大きな出来事なのに、それをそのまま歌うことはどうしてもできなかった…… だから殺すしかなかった。オレはあいつを殺してしまった」

 涙が頬を濡らす。口からあふれた血のあぶくが顎を伝っていく。だが音楽は止まっていない。

「あいつを二度も死なせてしまった…… だけど青い鳥は……死んで……火の鳥になる……」

 ハルシオンはチェスターの視線の先を見た。デミアンの体が炎へと変わっていた。刹那ごとに色を変えながら、炎は翼を広げ、飛び立つ。

「火の鳥は死んでも生まれ変わるんだ…… もう滅びることはない……」

 美しい鳥はどんどん空の高みへ飛んで行き、遠くで星のようになった。それとともに音楽も遠ざかっていく。しかしどちらもいつまで経っても消えなかった。

「分かった。もうあんまりしゃべるな」

 チェスターは火の鳥から目を離さずに頷く。

「色々とありがとう…… 厄介事に巻き込んで悪かった」
「なに、お互いさまだ」
「新譜…… 出来たら送らせてくれよ……」

 ハルシオンはニヤッと笑った。

「楽しみにしてるぜ」

 チェスターも微かに笑って目を閉じる。何やら騒がしい。すぐ近くで蹄の音がした。二フィートもない所まで馬がやって来て、二人の男が駆け寄って来る。

「チェスター!」

 チェスターは心なしかきまりの悪そうな不機嫌顔になる。

「なんだ…… お前らか……」

 メンバーたちはチェスターを見て青くなった後、その言葉で頭に血を上らせたが、なんとか自制する。

「お前はそうやっていつも勝手なことばかりして、おれたちから距離を取ろうとする! おれたちはお前に必要以上に干渉したい訳じゃない。おれたちはお前の歌が好きだからバンドを組んでるんだぜ? ナメるんじゃねえ。おれたちはお前がどんなにロクでなしでも、歌がある限りついて行くし、歌のためだったら何でもする覚悟はできてる。……ここ数日、目の前にいるのに何もできずに指くわえて待ってるのは惨めだったぜ」

 チェスターは目を伏せた。

「悪いとは思ってる…… 感謝してない訳じゃない……」

 メンバーの一人が顔をくしゃくしゃにしてチェスターの頭を指ではじいた。チェスターはちょっとむっとした顔になるが、放っておいて三人は傷口を縛りあげて応急処置を施し、馬に乗せる。

「うちのバカが世話になったな」
 メンバーがハルシオンに礼を言った。

「礼もしないで悪いが、おれたちはこれから医者を叩き起こしに行かなきゃならないんでな」
「気にしないでくれ。しかしあの様子だと、治ったらおたくも忙しくなるぜ」

 ハルシオンがにやにやして言うと、メンバーは愉快そうに声を上げて笑った。

「だろうな。だが望むところさ。ありがとよ」

 楽団は去って行った。

 焚き火は燃え尽きて、最初の焚き火だけになっていた。急に静寂に返った荒野で、ハルシオンは空を見上げる。相変わらず星はないが、火の鳥は変わらずにそこにあった。





 
  1. 2013/12/24(火) 20:00:31|
  2. 短編
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