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火の鳥を殺す その4

 翌日も日は高く昇った。朝食もそこそこにギターが鳴り響く。地平線から幻のように線路が伸びてくる。車輪に削られ、冷たく光っている鋼の色を肌で感じた。次第に遠くから重い鉄の塊が疾駆する、鈍い地響きが伝わってくる。汽笛が鳴る。機関車が姿を現した。長大な車体を半ば、絶え間なく吐き出している真っ黒な煙に溶け込ませている。機関車自体も煤のように黒い。その中ほどにマックス・デミアンの姿が見えた。窓から身を乗り出している。列車は間の空間をすっ飛ばすように距離を縮めていく。もう元のかたちを失ったカウボーイが、失ったかたちを取り戻して近付いて来る。真剣な顔だ。何か言っている。その声を轟音が掻き消す。同じはっとした顔で、生き残ったカウボーイと生きられなかったカウボーイがすれ違う。悔しさのにじんだ泣き出しそうな顔で、去っていく列車から身を乗り出して死んだカウボーイが強い視線をこちらに向ける。あっという間に汽車は地平線の先へ消えていった。歌も終わった。チェスターは呆然と立ち尽くした。

「オレは……」

 チェスターはうつろな目で頭を抱えていたが、ぽつりと言葉をこぼした。

「オレはあいつが死んだというのがどうしてもよく分からない。それなのに…… それなのに、超えられない決定的な違いをどこかではっきり理解してるんだ!」

 声が次第に怒気をはらんでいく。

「これは一体何のための歌だ! 死者を呼び戻すこともできない! ましてや死者を慰めるものでもない! 感情に負けて、歌い切ることもできない! こんなものは歌じゃない! 歌う力しかくれなかったくせに、歌すら奪うのか? ふざけるな!」

 チェスターは黒いストラトのネック(ギターの棹に当たる部分)を掴み、地面に振り下ろした。ネックに大きなひびが入り、ボディーが割れる。ありったけの力で何度も叩きつける。ブリッジ(ボディーで弦を留めている駒)は歪み、ピックアップ(振動を電気信号に変換する装置。ボディーに埋め込まれている)は飛び出し、つまみが弾けて頬をかすめる。ネックは無残に折れ、ボディーは凹み、裂けて、かろうじて弦だけで繋がっている。チェスターは弦を引き千切ろうとボディーを押さえ、ネックを思い切り引っ張ったが無理だった。怒りにまかせて、ネックも地面に叩き捨てる。ハットを撥ねのけ、頭を掻きむしりながら狂ったように泣き出す。ギターの破片で傷ついた両手は血に塗(まみ)れていた。空もかき曇る。寂寞とした大地には、気休めの慰めも何もなかった。

 ハルシオンは座ってただそれを感じていた。彼は何もするつもりもなかった。ただ石ころのようにそこにいた。何時間かすると、チェスターは――少なくとも行動の上では――いくらか落ち着きを取り戻し、今は表情の抜け落ちた顔で煙草を吸っている。今度は自分の肺を痛めつけることにしたようだった。燃え尽きた灰がポトポト落ちる。蒼白い肌の中で、目のまわりと鼻の頭だけが赤くなっている。寒そうな顔だった。瞳は濁っていた。太陽もあれから一向に顔を出さない。たまに素っ気ない風が吹いた。煙草の吸い殻だけが、汚く荒れ地の上に残っていく。

 そのうちに日が暮れた。ハルシオンがゆっくりと動き出して、一日を終える支度をする。だがそれも星の動きや風の動きのように気配がなく、チェスターの気を引くようなことはなかった。支度を済ませると、それぞれ焚き火のそばでぼんやりした。チェスターは吸い殻の山をもうひと山作った。ハルシオンは焚き火の世話をし終わると、横になった。やはり夢は見なかったが、見なかったことそのものが夢のようでもあった。



  1. 2013/12/24(火) 18:00:23|
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