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火の鳥を殺す その3

 太陽が東の地平線から荒々しく昇り、乾いた土を灼く。ハルシオンは起きてからずっとギターを触っていたが、チェスターが物音を立てるとギターを置いて食べ物を抱え、起きぬけのチェスターの口に有無を言わせず詰め込む。チェスターは忌々しそうに食事をすると、テレキャスターを手に取り、ストラップを肩に掛けた。ハルシオンも持っていたものをぽいと投げ捨てて、ティーヴィー・イエローのレスポールスペシャルを手にする。

 チェスターは息を吸い込むと、歌い出した。昨日とは違い、歌っているのは親友の歌ではない。彼の歌だった。まだ完成してはおらず、手探りで曲のあるべきかたちを捉えようとしているところがあった。しかしその一方で迷いはない。揺らぐようなテレキャスと、太く歪んだレスポールがグラデーションを作る。そしてそのグル―ヴが、近くにある機材から求める音を強引に引きずり出していく。安っぽいリズムマシーンが命を吹き込まれたように精一杯鳴る。一本きりのベースが、ギターやボーカルと持ちあげるように支えた。低く這いずるような序盤から、サビでふわっと浮かび上がる。最早重力はない。歌は高度を増していく。視線が遠く目指すものを捉える。そこにいるのは、とりとめもなく世界に散らばったはずの男だ。向こうもこちらを見ている。真っ直ぐな眼差しが見えた。

 しかしその光景はさっと掻き消えた。チェスターが声を詰まらせている。歌おうとするが、声が出ない。あまりに感情が大きく膨れ上がり過ぎて身動きが取れないようだった。涙と嗚咽だけがあふれ出してくる。チェスターは膝をつき、両手で顔を覆い、声を上げて泣き出した。

 ハルシオンはチェスターの魂から自分を無理矢理引き剥がして我に返る。同じ気持ちで同じ顔をしていた。一瞬前まで彼だったから、慰める術が何もないことは分かっていた。止まらない涙を拭こうとして、指と弦が切れていることに気付く。ハルシオンは手の甲で顔を拭って、地面に座り込んだ。頭は親友の死を理解していないのに、胸が張り裂けそうだった。ギターを置き、途方に暮れた顔で膝を抱える。何もできなかった。歌うこと以外は。カウボーイは結局音楽にすがりつくことしかできない。音楽にしがみつかなければ生きられなかったから、カウボーイなのだ。歌わなければ。音楽を失えば笑ってしまうほど無力だった。人よりも足りないものが多かったから与えられたこのなけなしの力で、とにかく足掻く必要があった。だが真っ直ぐに全てを吐き出そうとすると、感情が喉を塞いでしまう。早く歌う方法を考えないと。

 ハルシオンは慌てて頭を振った。また魂がチェスターと一体化しかけている。ハルシオンは振り払うように唄い出す。揺さぶるような、魂を底から少しずつ奮い立たせるような唄だった。ボーカルに自然とディレイがかかっていき、魂に直に訴えかける響きを生み出す。唄は緩やかに続き、次第に歌詞はなくなっていく。波のようなリズムで、ハルシオンは歩き回りながら唄った。時折水を飲んで唄った。その間も響きは消えない。地べたに座り込み、切れた弦を張り替えながら唄う。張り替え終わって立ち上がると、チェスターもひどい顔でふらふらと立ち上がる。

 ハルシオンが水を投げて渡す。チェスターはそれを飲み干すと、息を吸った。その瞬間、顔が変わる。鋭い声が放たれた。テレキャスから手を離し、赤いノード・ステージ(ノードはコルグ社のシンセサイザーのシリーズ。ボディーが赤いのが特徴。)の上に指を叩きつける。ハルシオンの指も自分の曲では弾いたことのないコードを弾いていた。さっきとは違うやり方だが、向かっている所は同じだ。ざわめきが聴こえる。それはすぐに波音へと変わっていく。地平線の向こうから現れた高波に、二人はあっという間に呑まれる。水流に揉みくちゃにされるが、音楽は止まらない。感電もしない。海水の中を漂いながら、歌が求めているものをたぐり寄せる。波の流れに乗って、ハットが漂ってきた。それを追うようにして、一人のカウボーイが流れてくる。ティーヴィー・イエローのレスポールスペシャル。それをかきむしっていた手がさっとハットを掴む。ハットをかぶった顔がこちらを向いた。真剣な眼差しで大きな目が見ている。彼の親友だ。チェスターと親友が向かい合う。チェスターの鼻が赤くなる。チェスターはテレキャスにかかっていた手をだらりと垂れた。喉から無意味な音が途切れ途切れに漏れる。無理に笑顔を作った。

「デミアン…… どうしたんだよ。会いたかったんだぜ…… なんか言えよ……」

 マックス・デミアンは何かを言いたそうに口を開く。だが何も聴こえない。チェスターの表情が次第に絶望に変わっていき、流れが逆向きに変わる。流れて行った水が押し寄せて、上下の感覚がなくなった。デミアンは水に押し流されて消えてしまう。手を伸ばす暇もなかった。

 気づけばチェスターとハルシオンは乾いた大地に倒れていた。体を起こす。当然のことだが、音楽は止まっていた。取り残されたチェスターは自分に対する怒りに身を震わせた。拳を地面に叩きつける。張り詰めて憎しみに満ちた声が震え、泣き声に変わっていく。その声も歌になる。歌は重い雲を引き寄せて雨を降らせた。ハルシオンは猫背をさらに丸くする。

 雨は降り続く。随分経って、ハルシオンはくしゃみをした。体が冷え切っていた。そのことに気付くと、ハルシオンはレスポールスペシャルを引き寄せ、弾き始める。ギターのアルペジオ(分散和音。コードを一度で鳴らさず、分散させて弾くこと)が悲しい声の流れを徐々に変えていった。雨が途切れ、雲が散り散りになり、虹がかかる。ハルシオンは一転して力強いコードを弾(はじ)く。湿っていたはずの焚き火の跡に炎が宿る。

 そうこうしているうちに日が暮れてきた。投げた球が落ちるような速さで、太陽が世界の裏側へ消えていく。夜になった。

 二人は体を乾かした。ハルシオンは夕食の支度を始める。チェスターは疲れ切った顔で焚き火のそばに座り込む。

「いいか、飯は食えよ。食いたくなくてもだ」

 すぐに簡単なスープが出来て、食事になる。チェスターは食欲がなさそうに、のろのろと食事を口に運ぶ。ハルシオンは普段から小食なので、胃袋に気持ち良くおさめられるだけ食事を取った。

 食事が終わると、二人ともあっという間に眠りに落ちた。どちらも夢は見なかった。



  1. 2013/12/24(火) 17:00:36|
  2. 短編
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