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火の鳥を殺す その1

 シャイア馬が日の落ちた荒野を驅ける。体高二メートルを超す頑丈な大型馬で、この大陸では主にカウボーイたちが彼らの持つ膨大な機材や生活用品、食糧などを日常的に運ぶために使っているイメージが強い。今、この馬が引く馬車に乗って、暗い荒野を真っ直ぐに見据えているのもまた、一人のカウボーイだった。

 まず、この世界について説明する必要があるだろう。

 二〇〇年前、海を渡る術を手にした西方の人々は、辿り着いた大陸で未知の民族と邂逅を果たした。一神教を信じる航海者(ニュー・カマー)に対して、原住民は世界そのものが神であり、自分たちもまた神の一部であるという考えを持っていた。いや、むしろ原民の神を「神」と呼ぶのは適切ではないかもしれない。彼らの「神」に人格はなく、もっと純粋な力そのものを指しているらしかった。

 どちらにしろ、侵略者の思想と相容れるものではない。最初のうち、異民族の信仰を妄言や未開人の迷信として拒絶していた入植者たちだったが、次第にそれが決して絵空事ではなく、むしろそれこそが大陸を支配する法則なのだということが自らの実体験で分かって来ると、大多数がそれを積極的に受け入れた。新参者たちの大半は信仰のためにはるばる海を渡って来た訳ではない。彼らは生き残るための合理的精神だけを携えてここまでやって来たという訳だ。

 広大な土地に対して、原住民の人口は少なかった。押し寄せた入植者の方が数は遥かに多く、両者は友好的な関係を築いていったものの、共生することを選んだ原住民は入植者に吸収される形になった。つまり、この新しい社会の中で原住民は祭祀を司る特権階級としての地位を得たということである。その結果、大陸の生活様式は西方化されたものの、思想面は原民信仰が支配しているという特異な文化が生まれた。

 古く新しいこの大陸は果てしなく、原住民はまわりのものに余計な手を加えずにきたので、依然として荒々しい自然が残されている。新しい社会も、やはり自然に畏敬の念を抱いてあまり手を加えようとはしていない。荒野や砂漠を越え、街から街へ牛を追う男たちの中に、最初のカウボーイは見出された。

 最初の男は原住民族の血を純粋に引いていた。彼は牛を思うように進ませるのに、縄も鞭も必要としなかった。彼が使ったのは口笛だけだった。

 他の仲間が不思議がると、彼は笑いながら、昔から一部の人々が持っていた力だと答えた。男はその後、偉大なシャーマンになったらしい。彼らは音楽でしばしば奇跡に近いことをやってのける。開かれた目の民は言う。世界の全てのものは「神」からできており、「神」の一部である。「神」の一部であり、なおかつ他のものよりも少しだけより「神」に近い彼らは、だからこそ超常的な力を使うことができる。その「神」の力で、事物の「神」としての本質の部分を刺激しているのだ、と。

 奇跡を起こす方法は他にもいくつかあったが、最も強く明らかな手段は何故か音楽だった。最初の一人の後、音楽家は続々と新しい社会に現れた。彼らは牛飼い(ガウチョ)と袂を分かち、カウボーイという呼び名は彼らだけに使われるようになった。

 聖地アッシュビルの白い山に宿る原住民の古い神――古い神の名は、チカトだとかサカだとか色々あったが、どれも同じ意味である。――に認められた者がカウボーイとなる。彼らは基本的に定住しない。街から街へ渡り歩いていく。カウボーイ達は政治的権限こそ持たないものの一種の特権階級で、具体的には行く先々での生活と、レコードの録音・発売が保障されている。その代わりに滞在する街のホールでのライブが義務付けられているが、売上が黒字の場合は経費を差し引いた額が収入として与えられる仕組みになっている。その金を機材やささやかな趣味につぎ込むものもいれば、酒や博打に費やす者もいた。カウボーイ達も彼らを彼らたらしめているある特異な一点を除けば、普通の人間なのである。まあその一点がほぼすべてでもあるのだが。

 話を戻そう。今、夜の荒野を行く若いカウボーイも、やはりそういった一人だった。痩せて猫背で、テンガロンハットから流れ出した黒髪の中から、鮮やかな緑色の鋭い双眸が覗いている。入植者の血とも原住民の血ともどこか違うような、風変わりな容貌だった。傍らに楽団(バンド)の仲間(メンバー)の姿はなく、独りである。馬車のホロの下にはマーシャル社やバッドキャット社のギター増幅器(アンプ)、ボス社のオーバードライブといったエフェクターが納められたエフェクターボード、ギブソン社やフェンダー社のギター、マンドリンやシーケンサーなどの機材が所狭しと積まれ、それに比べると僅かな生活用品や食糧がその隙間を埋めていた。

 手にはおもちゃのブルースハープを持ち、さっきからずっと不思議な童謡を吹いている。カウボーイの名はハルシオンと言う。幼い時には「星の屑(スター・リーヴィング)」と呼ばれて蔑まれたりもした。星(天才)は星(天才)でも、その残りかすという訳だ。だがそれは彼の持つ才能(もの)に対するおそれの裏返しに他ならない。人は彼を否定しようとしたが、その得がたき才能(スターダスト)は否定できなかったのである。彼は一三歳でカウボーイになった。とうに故郷は失っていて、もう何年も旅の空だった。

 今、ハルシオンがいるのは果てしれぬ荒野で、一番近い街まで辿り着くのに、馬で行って数日かかるような場所である。根無し草のハルシオンに取り立てて急ぐ必要はない。多めに水と食糧を積み込み、ゆっくりと旅程を進める。幸い、馬も主人も小食だった。

 ハルシオンはカウボーイの中でも珍しいほど、四六時中何か歌ったり奏でたりしている男で、もうほとんどそれは呼吸のついでという風に見えた。最早癖だから、よほど意識をしないと止められない。物や人のあふれた都会では、しばしば思わぬ力を発揮してしまうことがあった。歌いながら歩いていたら雨雲を引き寄せてしまい、移動サーカスを水びたしにしてしまったことがあった。また、街で買い出しをしながらブルースハープを吹いていたところ、子どもたちの心を惹きつけてしまい、気が付いた時には背後に子どもの列が出来ていた。人攫いと間違われて大変だった。ハルシオンは子どもたちの親に平謝りした。それから当分の間、あちこちでハーメルンと呼ばれたのは言うまでもない。

 そういった騒動になる可能性が少ない分、人気のない土地を行くのは気楽だった。もう少し進んだら、今日は野宿するつもりである。荒野の夜は底冷えがした。ハルシオンはカウボーイにしては珍しく下戸だったから、体をあたためるのもアルコールではなく歌だった。さっきから吹いている唄は、ほのかな焚き火のような唄である。その温もりの中に、不意に炎のような震えが混じったのを感じ取り、ハルシオンは咄嗟に手を止めた。


  1. 2013/12/24(火) 15:00:28|
  2. 短編
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