inkblot

Chewing Gum

「このチクルの膜の内側にさ、ひとつの世界があるとしたら不思議で悲しいよね。そんな話をこの間読んだんだ」

 ガムの膜をつまらなそうにふくらませている彼を見ながら、僕は口を動かした。僕は上手く喋れるわけじゃないからほんとはあまり喋るのが好きじゃない。でも、彼はほとんど喋らないから、必然的に僕ばかりしゃべっていることになる。

「くだらないよ」

 ふくらんだガムを破裂させて、もぐもぐと彼は言った。

「一瞬のうちに生まれて、一瞬のうちに消える世界なんて存在しないのと同じさ。くだらないよ、そんなの。ガムの中の世界の何千倍も何万倍も存在していられる俺だって、己という現存在の意義を見出せないっていうのに……」

 彼はひどく厭世的な顔をして背中を丸めた。

「そんなことないよ。存在理由のないものなんて存在しないんだ。絶対にね。
風船ガムの世界だって空しくなんかないさ。万物は今この瞬間に物凄い輝度の光を放っている。
素晴らしいものなんだ。それに言っとくと、じつは僕はガムをふくらませるのが得意なんだよ。前なんか、一週間もふくらませ続けたことだってあるんだからね」

 そう言って僕は口の中のガムをふくらませた。本当はウソだけど、そんなことは構わない。ピンク色の樹脂の膜が大きくふくらんでいく。大きさに比例して膜も透明度を増す。とうとう視界いっぱいにふくらみきった時、ガムが突然破裂した。でもその後、必死になって顔中に張りついたガムをどうにかしようとしている僕の耳には彼のおかしそうに笑う楽しそうな声が響いていたんだ。

                                                         END
  1. 2009/04/24(金) 22:31:44|
  2. etude
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