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『ミュージックシーン』 ディスクレビュー

 今日は五十嵐の誕生日でフジのツアー初日だな。五十嵐生きててくれてありがとう。フジは未だに悔しいので考えないようにしている。ロフト、行きたかった。

 ちゃんと書こうと思ったのだが、思ったことを9割ぶっ込んで書こうと思うとどうしてもこういう文章になってしまう。まあプロモーションの助けになるようなものでは到底ない。自分でも重々承知だが、小生はかなり強烈にメレンゲをフジファブリックに引き寄せて聴いてしまうのでそれも駄目だ。しかし今のメレンゲにおいてフジ志村の存在というのは非常に大きなものであるから、それをまるっきり無視するのもまた駄目だ。そこら辺のバランスが難しい。若干自重したつもりだが結果として何も自重にはなっていない。しかし小生はメレンゲの曲が素晴らしいと誰に言いたいんだろうな。志村にでも教えてやりたいな。。。






DISC REVIEW

 メレンゲは音楽性がそれほど似ている訳ではないのに、フジファブリックとは双子の兄弟のように奇妙な似方をしている。その前者の、インディーズデビューからちょうど10周年の日にリリースされたフルアルバムとしては3枚目、アルバムとしては8枚目の新作である。

 「物持ち」と「うつし絵」以外の曲はおそらく全て『アポリア』以降に完成したものだろう。「バンドワゴン」は2011年8月ごろ、「まぶしい朝」は10月ごろと大体推測できる。「フィナーレ」も5月から10月までの間でほぼ合っているだろう。一番新しい曲は歌詞に苦戦したと語っていた「ビスケット」と「hole」だな。『アポリア』と同時期の曲である「エース」は明るい曲調なので今回は入ると思っていたが入らなかった。どうも他にも漏れた曲はあるらしい。メレンゲは常に数曲は未発表曲を抱えているようだ。

 何と言っても驚くのは、今までメレンゲで耳にすることのなかったサウンドワークじゃないか。これまでよりスケールひとつデカい。メレンゲは昔からシンセのストリングスが好きでよく使うが、このアルバムではそれも大分洗練されて来た。持ち味であったつややかな質感は更に深化し、90年代の香りのするギターポップからダンスチューンまで物にしている。コンポーザーであるクボケンジの頭の中にある、見たことのない色や質感や形や広さをたぐり寄せるアレンジの繊細な美しさは素晴らしい。

 全作『アポリア』から、メレンゲは音楽性の振り幅を徐々におそらく意識的に広げてきている。その念頭にはかつて七変化バンドと呼ばれたあのバンドがあるように思う。一度は脱ぎ捨てた七色の服を、今度は覚悟をもってもう一度まとおうというのだろう。

 クボは生きるうちに溜まっていく痛みをひとつの箱に詰め込んで、積み上げずにぎゅっと抱きしめて途方に暮れているような人間だった。あの時、彼はそれを一生手放さないと決めたんだな。多分彼はそこに詰まっているのが痛みだけじゃないことを、あの唄の主人公と違って知っていたのだ。

 メレンゲは言葉の選び方が子どもっぽかったり、ボーカルが幾らか舌足らずであったり声質が細く、コーラスを重ねるとふわっと不思議な浮遊感が出るのでどうも幼く感じられる部分もある。だが『ミュージックシーン』の歌詞には、素通りすることなく重ねて来た年月と大人の覚悟が確かに刻まれている。「幼いまま歳をとったなぁ」、そうかもしれない。だが舐めてかかると軽く一蹴される。

 それにしてもやはりヴォーカルがむちゃくちゃいい。あの独特の響きが心を刺し貫く。どの曲も言えない思いを叩きつけるような毛の芯の太るようなものだが、中でも「hole」は凄まじい。「手を触ってよ」というフレーズをこれだけ強くさびしく歌えるボーカリストがいるだろうか。病んで擦り切れた魂を絞り尽くすような歌い方だ。対して「まぶしい朝」はまるで心のどこかを枯らしたようだ。敢えて弱く歌ってもこれだけエモーショナルなんだから凄い。音程を正確に取ることはちっとも巧くないくせに本当にクボは歌が上手いよな。よく知っていることなのに、こうやってまたそのことについて延々と考えさせられている。

 しかしやはり「うつし絵」だけ歌い方が少し違う。華やかなストリングスアレンジの中でヴォーカルが艶やかに伸びている。美しさで言えば「うつし絵」は水際立っているだろう。でもクボは敢えてそれを幾分か捨てて今の歌い方を選んだのだ。彼の声の中に生き続けている誰かの声が耳を捕えて放さない。『初恋サンセット』のような感情のぶちまけ方と誰かの少しいなたい声が混じり合っているのはとても不思議だ。

 世界観の話もしよう。元々メレンゲに夜っぽさはあったと思うが、このアルバムは全体を夜が縁取っている。というか、どれも深い夜に独りで作っているような物語なんだな。夜は日が照らす間逃げ回って来たその業が突きつけられる刻だから。

 「まぶしい朝」は朝の清らかな白い光を強く夢想しているが、現実には救いのない夜の黒さが全てを呑み込んでいる。黒い夜にまぶしい朝を歌うからより光を強く感じるし、強い光を歌うからより闇の深さを感じる。

 「hole」はBOCの「太陽」みたいな曲だ。「太陽」の部屋は本当に狭い下の方からどろっとした闇に溶かされていくような空間だが、「hole」の部屋は目を潰す暗闇だけどももっと透明で、何も遮るもののない壁も天井もないただ地面だけの空間だ。もちろん壊れかけのドアノブすら与えられない。曲を聴き終えた後に「hole」というタイトルを見るとデスキャブフォーキューティーの「I Will Follow You into the Dark」のPVを思い出す。きっとそういう場所なんだろう。足を踏み外したり誰かに突き落とされて落ちたような感じだ。「太陽」と違って他者がいないから傷つけることの出来る対象は自分しかいない。

 「ビスケット」はギターソロやリズムが『TEENAGER』のあたりのフジファブリックを彷彿とさせるなと思っていたが、クボがセルフライナーで「フジを意識した」と語っているのを読んでその素直さに驚いた。確かに金澤が使いそうな鍵盤の音色である。個人的にプレイリストを作って聴き比べていたが、この歌詞でそういったことを書くのはあまりに引き付け過ぎているから正直書かないつもりだった。しかし「フジらしさ」はこの曲だけでなく、細かなフレーズで他の曲の中にも隠れているように思う。

 どうでもいいが「物持ち」の主人公はなんだかんだ言って全く片づけていないよな。この後絶対コンビニに電池を買いに行ったに違いない。

 クボが折に触れて「今回は明るい」と自信満々に言うのでどれくらい明るいのかと思っていたが、実際は暗い曲ばかりじゃないか。これから先もメレンゲがはじけることは金輪際ないということがよく分かったので安心である。

 そもそもなぜメレンゲがこれだけポップかというとクボがあり得ないほどひねくれているからである。普通は「ポップなんかクソだ」とひねくれて訳の分からんロックをやるもんだが、あの男はさらにひねくれてポップに行ったのだから面倒くさい。まあそこでも巧い所で絶妙に外した曲を作っているんだからひねくれるのも大概にしろという話である。

 メレンゲは曲の抑揚の付け方が本当に巧い。アレンジや音の作り方も職人技である。メレンゲは作って来る曲に関しては全く心配が要らないが、常に非常に危ういバランスで成り立っていて油断するとそのうち自然消滅するんじゃないか、いやするだろうと自然と思わされるある意味かなり怖ろしいバンドだった。しかし「必要とされなくなるまで辞めない」と言ったからな。確かに言質は取ったぞ。これで日本の音楽シーンは救われた。大げさでなく。




  1. 2012/06/01(金) 23:51:17|
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