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『子どもの王様』



子どもの王様 (ミステリーランド)子どもの王様 (ミステリーランド)
(2003/07/30)
殊能 将之

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 今ちょうど読み終わった。そこそこ楽しく読めたな。あらすじとしては『向日葵の咲かない夏』みたいな陰鬱な子どもの話なのだが、主人公の翔太がさっぱりしたやつなのでまったく憂鬱な気分にはならなかった。多田さんはあれ以降うんざりして読んでいないが、殊能さんのこの話は読後感が割と爽やかである。子どもを頭のたらない感じに書いた本はよくあるが、これはリアルだな。翔太がいくつなのかははっきりとは分からないが、小学校中学年くらいだろうか。子どもは物を考える力がないのではなくて、経験と実行するための力が足りないだけなのである。そこのところを大人は往々にして分かってくれない。それがもどかしかったな。。。。今はもう自分も大人だが、忘れないようにしないといけないな。。。

 そうそう、この話はワーグナーのパルジファルを念頭に置いて読まないとよく分からない。実際、ほとんど忘れかけていたので、読み終わった後で確認した。講談社のミステリーランドってベテランから新進気鋭のミステリ作家による子ども向けのシリーズなのだが、これはちょっと意地悪だよな。苦笑 そりゃあ、こんなの読むような暗い子どもなら知っていてもおかしくはないが。



 ネタバレになるが、ほぼラストのシーンで翔太が子どもの王様を間近で見て驚くのだが、あれがものすごく引っかかった。子どもの王様が智也の父親だというのは読者からすれば序盤で分かることだが、さては何か翔太の身近な人物でもあったのかと思った。まず真っ先にパルジファル役の俳優か? と考えたが、子どもの王様の件の後も何事もなかったかのように番組が放送されていることからしてあり得ない。そもそも、根元が黒くなった茶髪だったら、まず間違いなく人前に出るような仕事はできないよな。まあ百歩譲って仕事をしているとしたらの話だが。となると、他に作中に登場した同年代と考えられる男性は担任の先生と翔太の父親だけだが、そのどちらもそれだけ見慣れている人の顔を間近で見るまで気付かないということはあり得ないので、当然却下である。

 と、ここまで考えてああそうかと思い至った。翔太は、間近で子どもの王様の顔を見た時、そいつが智也の父親であるということに気づいてショックを受けたのだ。だからそれまででは「子どもの王様=智也の父親」という風に両者を積極的に結び付ける記述はないし、後日談ではそれでも智也は子どもの王様のことが大好きだったのだという記述が出てくる。なるほどな。

 しかし、割とやんちゃな子どもである翔太と大人しく不登校の智也が仲がいいというのがなんだかいいよな。話のモチーフとしては不気味な感じのものが多いくせに、全体像としてはそうでもないのはこういうところに因るのかもしれない。





  1. 2011/08/01(月) 14:52:38|
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