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キャッチャー・イン・ザ・ライ


キャッチャー・イン・ザ・ライキャッチャー・イン・ザ・ライ
(2003/04/11)
J.D.サリンジャー

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 先日、ゼミで扱った。ベタである。一人だけハードカバーを使っていたので、肩身の狭い思いをした。ぶっちゃけ読む気がしなかったのでそれまで読まなかったのだが、そこそこ面白く読めた。だが、言っておくと小生はホールデンなんか大嫌いである。個人的に、この本が今でも大好きだなんて言う大人はそれこそphonyなんだと思う。

 アメリカ人はとにかく、ホールデン・コールフィールドとかハックルベリー・フィンが異様に好きだ。やつらの共通点とは何かと言えば、それは「イノセント」であるという点だ。

 19世紀、フランスの市民革命とほぼ同時期に独立を果たしたアメリカは「遅れた」国だった。そこでフランスの思想、たとえばルソーの「高貴なる野蛮人(noble savage)」なんかの考えを根拠に、「未熟であること、あるいは文明にけがれていないこと」をアイデンティティとして、それ以降ナショナリズムをも形成していくことになる。

 という訳で、ハックだのホールデンだのは、アメリカの象徴なのである。他人の国に乗り込んで戦争ばっかしてるくせに何がイノセントじゃボケと思うが、もうやつらには何を言っても無駄だ。「アメリカ人は世界中に好かれてると思っているが、実際は世界中がアメリカを我慢しているのである」ってよく聞くよな。

 いやまあそれはどうでもいいんだが、ゼミでは結構面白い話も聞いた。アリーの死んだ日とビキニ環礁の水爆実験の日付と非常に近いという話は面白かったな。あと、ホールデンは女の子の前で必ずあり得ないようなヘマをやらかすくせに頻繁にアタックする訳だが、あれはアメリカがホモソーシャルと強制異性愛が強く働いている社会だからである。どこか行くのに、女の子が一緒じゃないと行けないんだな。ホールデンのようなお坊ちゃんの属する階級では、どんなにロクでもなくても非リア充でいることは許されないということだ。

 小生は自分の発表では電話をかけるという描写についてやった。まあ、何番煎じだというなんだが。苦笑 読めば分かるが、ホールデンはやたらと電話をかけまくっている。


・p. 100 ジェーンやフィービーにかけようとするが、結局誰にもかけずに終わる。
・p. 106 フェイス・キャヴェンディッシュにかける。
・p. 175 サリーをデートに誘う。
・p. 193 ジェーンにかけるが、ジェーンの母が出てしまう。
・p. 225 ジェーンにかけるが繋がらず、ルースにかける。
・p. 248 酔っぱらってサリーにかける。
・pp. 287-288 ミスタ・アントリーニにかける。


ちなみにページ数は全て単行本だ。かけずに電話ボックスを出てしまうことも結構多い。面白いことに、ジェーン・ギャラガーには何度もかけようとするのだが、一度も話すことも会うこともない。なのに、好きでもないサリーにはあっさりと繋がってデートに行って散々な別れ方をする。それと、ホールデンのアドレスブックについての描写があるのだが、そこにはジェーンとミスタ・アントリーニと父親のオフィスの番号しか書かれていない。そもそも、むちゃくちゃ会いたがっているジェーンの番号をわざわざアドレスブックに書いているというのは、書いておかないと忘れてしまうほどあまりかけない番号のようで、変な感じだ。そこをつつこうと思っていたら、うちの先生の悪友が論文で書いていた。要はコールフィールドとギャラガーはともにアイルランド系の姓であり、そこには同族結婚の忌避が働いているということなんだが、これを読んでかなりやる気をなくした。そもそも、こんなに散々研究されているテキストは恥ずかしいからあんまりやりたくないんだよな。。。

 また、ホールデンは極端な過去志向で、彼は自分の兄弟たちだけの非常に閉じた世界を作っている。特に死んだ弟のアリーは死んでいるからこそ、インチキではない無垢な子どもとして極度に理想化されている。「生きている」フィービーはその次に来る。逆に年の離れた兄のDBは割と親身にホールデンの世話を焼いているにも関わらず、直接的には作中に登場せず、ハリウッドになんか行ったクソ野郎みたいな言われ方をされている。ちょっとかわいそうである。

 ホールデンは上流階級の恵まれた子弟であって、それを厳密な意味で「イノセント」と呼べるのかとか、従来の研究では異様にホールデンに肩入れしたものが多かったが、それは見直されるべきではないのかといったようなことを、先生は常々言っていた。いや、うちの先生は見かけによらず意外と熱いのである。まあ、何言っているのか大半の人にはよく分からないと思うが(内容ではなく話し方の問題)。

 いやしかし、家にあるはずの野崎訳が最後まで見つからなかったのが心残りである。ちなみに現在やっているのはボリス・ヴィアンの『日々の泡』だ。あんなもん、どうすりゃいいんだ。苦笑 







  1. 2011/07/18(月) 10:19:06|
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