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『百瀬、こっちを向いて。』


百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)
(2010/08/31)
中田 永一

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 乙一の別名義である中田永一の一作目。二作目は『吉祥寺の朝比奈くん』だ。私はこちらを先に読んだ。米澤さんも住んでいる街、吉祥寺。きっとうまいカレー屋がたくさんあるんでしょう。それだけで絶対に住みたくない。ちなみに乙一はいくつか名義を使っていて、他に怪談専門誌『幽』で連載していた山白朝子というのも彼である。安達寛高は本名だ。

 山白朝子は『幽』で連載していただけにちょっと大人びて不思議な余韻を残す作風である。安達寛高は映像方面で使っている名義だ。『ホッタラケの島』の脚本や自分で短編映画を撮っている。中田永一は主に高校生が登場する恋愛小説の短編を書く。

 ぶっちゃけ小生は「恋愛もの」が大嫌いだ。だってなあ! 恋愛とは小生にとって、未経験な現象ということもあるが、なおかつ経験則や知識を動員しても理解不可能なものである。人とまともに意思の疎通ができない人間に惚れた腫れたなどという高度な関係性が作れるか! そもそも「君が好き」「会いたい」などと安易な言葉を垂れ流されると寒気がする。恥ずかしいだろ。俺はラブソングが大嫌い! 

 ただ、ラッドウィンプスは理解できるのである。なぜなら、ラッドは「恋愛版バンプ」とでも言うべきで非常に理論的なラブソングだからだ。しかし、それは「恋愛」というものの表出されたものに対するものであって「恋愛」という本質に迫るものではない。だから分からん。メレンゲもラブソングが多いにも関わらず聴けるが、あれはラブソングだと思って聴いていないから聴けるのだ。「口惜しき人」は最早ラブストーリーから転落しているだろう。

 話を戻す。「恋愛もの」が嫌いな小生が何故中田永一を読めるのかというと、まず文体が非常に淡々としているので読んでいて恥ずかしくない。第二に、この人は単純に発想力や構成力がすごい。さり気なく複線を張り、終盤でミステリ的などんでん返しをするのが好きなんだが、そりゃ面白いに決まっている。第三に、この人の書く主人公は自分みたいなやつが多い。

 「人間レベル」という言葉が出てくるが、基本的に主人公クラスの登場人物は人間レベルの低いやつである。何一つ取り柄がなく、ださださで異性に近づくことすらできない。間違いなく学校というカーストの中において、最低辺の人種である。そこまでは分かるが、必要以上に卑屈になるのはよくないよな。人間レベルの高いやつはすごいと思うが、バカにされたら駄目だよな。怒る時は怒らなくてはいけない。

 こういった冴えないキャラクターは安達さんの自己投影のようにも見える。しかしここでよく考えてみてほしい。安達さんはリア充である。三歳年下の押井守の娘を妻として、最近子どもも生まれた。人生の絶頂期ではないか。もう一度言う。安達さんはリア充である。こういう爽やかな物語が書けるところが分かれ目なのだろうか。同い年の米澤さん(32歳、独身)と比べると切なくなってくる。米澤さんは『ボトルネック』みたいなしょうもない話ばかり書いているからいけないのだ。いつもいつもカレーばっか食っているからいけないのだ。いつもいつも食いものの話ばかりしてぷくぷくしているからいけないのだ。道尾さんや桜庭さんといった悪友たち(ともだち)がドキドキしながら見守っているなか、「友達はいません」などと薄情なことを言うからいけないのだ。米澤さんは安達さんを見習った方がいい。

 しかし、真面目な話をすれば満たされてなお優れた作品を作るというのは非常に難しいと思う。米澤さんははっきり言ってマスターピースが生み出せるのなら、平気で悪魔にだって魂売れる人である。人としての幸福なんて既にあっさり捨て去っているのかもしれない。ともかく、安達さんの今後が楽しみである。



  1. 2011/06/07(火) 23:16:18|
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