inkblot

Under the grace of Jupiter

木星の王

 夜、眠れずにランプをともして、あかがね色の表紙の本を読んでいた僕に、クローゼットから現れた男はそう名乗った。クローゼットから流れ出す埃っぽい褐色の大気のせいで、早くも僕の部屋の中は視界が悪くなっている。

「ほんとに木星から来たの?」

 僕はおそるおそる彼に話しかけた。砂色の外套をまとった丈高い彼の姿は、なるほど偉大に見えた。それを見て、今の質問はちょっと間抜けだったかもしれないなと僕は思った。

「ああ。三つの褐色の砂漠を越えて」

 砂だらけの黒い髪に紛れた細かい粒子が、ランプの明かりを受けて瞬いている。

「僕は知らなかったよ。学校では、あの巨大な惑星はほとんどが水素やヘリウム、メタンなんかのガスで出来てるんだって習ったから」

「木星は広大な砂漠の世界なんだ。少しずつ色の異なる重たい砂が常に対流を起こしていて、砂を舞い上げる強い風と赤褐色の厚い大気のせいで、四六時中視界は褐色に染まっている。そこを私は生まれた時から歩いているんだ。衝突して、半ば砂に埋もれかかった星を巡ったりもするよ」

「なんで、ずっと歩き続けてるの?」

「多分、私はあの星で、あの星は私だからさ。死ぬまでずっと、太陽の周りを歩き続けるよ。吹きつけてくる砂嵐のせいで、目も随分悪くなったけど、まだ変わっていく砂漠の色くらいはよく分かるからね」

 そう言う彼の蒼い目は澄んでいて、吸い込まれそうなほど美しかった。

「あと僕は本にこんなことが書いてあるのを読んだよ。木星は大昔に、この星に水を持った彗星をたくさん降らせてこの星を水で満たしたんだって。そして今は外から来た彗星がこの星に降り注ぐのを、その大きな体を盾にして防いでいるんだって。それはウソじゃないよね?」

 彼はじっと僕を見た。それは砂漠に恵みの雨が降るのによく似ていた。

「本当さ。私はいつも銀河の外縁から君達のことを考えているよ。だから今日は安心してお休み」

 彼がそう言い終わるか終わらないかのうちに、部屋の景色はだんだんと遠ざかっていくように感じた。



「アート、起きなさい! 朝食が冷めますよ」

 下の階から聞こえてくる母さんの声で目を覚ますと、僕はベッドの中にいた。ずいぶん前にわざわざ起こしに来てくれたのか、カーテンは開かれていて、顔に太陽の光が当たっていた。おかしいな。さっきまでのことはほんとに夢だったのだろうかと思いながら、ベッドから這い出ると、床には確かにうっすらと輝く砂が積もっていた。





                                                                         END
  1. 2009/04/12(日) 23:00:28|
  2. etude
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