inkblot

I Don't Care.

 信じるということは難しい。

 この間、前々からこよなく聴いていたバンドの醜聞が囁かれた。突拍子もないが、否定もできない。醜聞としてはありがちな類のものだった。そもそも、ミュージシャンというのはアーティストといっても、芸能人であるし、醜聞がついてまわる宿命といってもいい気はしていた。

 だが私は困った。自分は基本的には何でもかんでも信じていたい人間だ。しかし、何といっても小心者だから、自分の想像と実像との間に決定的な溝があったりなんてしたら、自分はこのバンドをあっさり見捨てるかもしれないなと懼れた。何度もライブに足を運んだあのバンドを。そしてあれほど聴いていたあの曲達を。もう、醜聞自体はどうでもよかった。

 数日を懼れ、考え続けて過ごした。自分は彼らをそんなことをしない人間だと思っていた。だから、安心して信じられたのだ。自分は彼らを『汚れた』と感じるか。自分は『汚れた』彼らを信じられないのか。そうであれば、本当に汚いのはどちらだろう? そんなことを考えながら、彼らの曲はつらくて聴けなかった。

 それからしばらくして、ボーッと音楽チャンネルを見ていたら、不意にそのバンドのPVがかかった。憂鬱だったのは最初のうちだった。自分の耳まで届いたその曲は、それでも輝きを失ってはいなかった。今まで通りの彩りと、熱を持って自分に届いていた。

 醜聞にまみれたバンド、その曲に対する自分の気持ちは変わっていなかったのだ。自分はこの曲が好きだ。この気持ちさえ揺らがなければ、他はどうだっていいじゃないか。

 そう思うと同時に、バンド自体も気にかからなくなった。ある作品が世に放たれた時、その瞬間から作品は完全に作り手から独立してしまう。曲達がバンドの付加価値なのではなく、バンドは曲達の付加価値なのだ。

 信じるということは難しい。何故なら、疑うことが生物の本能だからだ。

 目の前のエサを怪しいと思わなかったら、魚は釣り上げられてしまうし、目の前の生き物を敵だと疑わなければ、次の瞬間には食われているかもしれない。

 だから、信じるということは大切なのだ。疑うことは動物の本能である。信じることは人間の本能だ。

 そう考えると、何だか安心してしまった。何も難しいことはなかったのだ。


さあて、絶叫仮面でも買いに行きますか。

  1. 2009/09/12(土) 23:28:19|
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