inkblot

OPY 5





「……つまらん」

 部長がぽつりと呟いた。

「つまらん……」

 誰も答える人間はいない。斎部先輩は机に突っ伏したまま寝てしまい、何かものすごい悪夢を見ているらしく唸り声を上げている。佐伯先輩はというと、ここぞとばかりに仏道修行に励んでいて、部長をかまっている暇はなさそうである。黒瓜先輩は学習室の隅で床に魔法陣を描き、蝋燭を並べたところまで来ると急に動きが鈍くなり、無駄に蝋燭の配置を変えたり、魔法陣を綺麗に描き直したりしていた。要は手持ち無沙汰らしい。すべての元凶である堀田先輩は部長のサンドバッグとして、脇に表情のない顔で控えている。僕は何をしているかといえば、時々聞こえる部長の独り言を無視して、黙々と筋トレをこなしていた。もう今日はスクワットを一〇〇〇回もこなしてしまった。昨日は二〇〇〇回まで到達した。……分かっている。もういい加減、さすがにいい加減、みんな籠城生活に限界を感じているのだった。

 籠城生活は、実に二週間を超えていた。黒い男たちの猛攻は依然として止まない。そして、組織への情報操作はかなり難航していた。どうしてもあと一歩というところで上手くいかない。原因は色々とあり、それらは順次解消しているらしいが、困ったことに最大の要因が斎部先輩の自律神経失調症による力不足なのだそうだ。部の幹部たちは夜更けまで対策に頭をひねっているが、こればっかりは……ね……(生あたたかい笑み)。

 僕はたまに買い出しに行かされたが、他の面々は一歩も結界の外に出ていない。唯一の外界との繋がりであるインターネットにみんなで群がった時期もあるが、もともとそんなにネットが好きな人間はいなかったので、それもあっという間にぱたりと止(や)んだ。本は特にない。呪術書の類を除いて、ましてや娯楽小説を持っている人間は皆無に等しかった。他に部室に備えてある娯楽といえば、ウィジャ盤とかそういった怪しげなものだったので、結界への影響を考慮して斎部先輩に禁止令が出された。そもそも、本含め娯楽関連のものを僕の買い出し能力に求めるというのはかなり無理があったのだが。売店まで走っていると、テンションが上がって買うものを忘れてしまうんだ。……ほんとです! それに音楽を聴くような文化的な人間もあまりいなかったので、斎部先輩がたまに弾くヴァイオリンくらいがほぼ唯一の娯楽だった。でも最近は先輩も求められてもタルティーニの『悪魔のトリル』のような陰気な曲ばかり弾くので、それすらも娯楽と呼べなくなっていた。堀田先輩はストレスではち切れんばかりの部長に八つ当たりされて、生傷が絶えない。僕たちはどうにかなるだろうが、このままだと確実に遠からず堀田先輩と斎部先輩が死ぬと思う。

 もう、限界だろ。


「つまらん……」

 部長がまた呟いた。もう誰も反応しない。

「豚がふざけた写真撮りくさったせいで……」

 部長がふらっと立ち上がった。その場にいた全員がそれまでの動作を止めて、虚ろな目で部長を見た。また『ほったいむ』か……部長が堀田先輩をタコ殴りにする……その間だけは妙に空気がやわらぐので、『ほったいむ』とは確かに言い得て妙だった。

 しかし、部長はいつもの『ほったいむ』とは異なる動きを見せた。

「もう我慢ならん」

 部長がポケットから取り出したものを見て、堀田先輩が悲鳴を上げた。

「部長、何持っとるんですか!」

 フィルムだった。普段は一番奥まった部屋に更に結界を張った状態で安置されていたはずである。部長は奇妙に据わった目ですがりついてきた堀田先輩を蹴倒すと、窓に大股で近づいた。

「……!」

 皆が息を呑む。刹那、時間が止まったように思われた。

 部長が窓を開けた。そしてフィルムを投げ捨てる。誰も止めなかった。が、みんながばっと体を起こすと、信じられない速さで窓の下を覗き込んだ。

 落下していくフィルムはスローモーションのように見えた。そしてそのまま、下で待ち受けていた黒い男の手に受け止められる。フィルムを無事回収した黒い男たちは機械的に撤退を始める。その場にいた全員の口からため息が漏れた。


 なんともあっけない籠城の最後だった。




つづく


  1. 2011/01/25(火) 10:00:38|
  2. 短編
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<OPY 6 | ホーム | The Grassy Grave>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kirschrot.blog40.fc2.com/tb.php/223-7783b89f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)