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OPY 4




 僕らの篭城生活は地味に六日を迎えていた。黒い男たちの襲撃には今のところ持ちこたえていたし、いつの間にか黒瓜先輩も戻ってきていた。やっぱり何だかんだ言って、寂しかったらしい。

 しかし、いい加減野郎だけの篭城生活でストレスがたまりつつあるのが現状だ。なんで女子がいねえんだよ! もう俺嫌だよ! ……いや、まだ大丈夫だ。

 僕らが不本意な共同生活を送っているこの第四九学習棟は、普段は誰にも見向きもされない建物だが、それは単に我がOPYの根城になっているからであって、施設の老朽化といった面からではない。それどころか、出所不明な部費を使って部長は夏期合宿(という怖ろしい行事が存在するらしい)や諸々のために、この建物を内装から設備から心地よい居住空間とするために改築しまくっているので、何も問題はなかった。ぶっちゃけ僕は我が家の方が居心地がよかったけど。第一、家と比べたら大分狭いし。でも、食糧や生活必需品のストックさえ充分なら何の問題もなかった。食糧や生活必需品さえそろっていれば。


「あ、トイレットペーパー切らしちっち」

「水秋、お前……」

 空のトイレットペーパーの芯の山を抱えながら出てきた部長に、斎部先輩が青筋を立てた。が、今までの疲労のせいかふらっとうずくまった。

「だってさ、おなかが痛いんだよ……? 弘晴はかわいそうな病人をいじめるワケ? 君ってそういう冷たい人だったの?」

 部長はどこ吹く顔でそう嘯(うそぶ)いている。貧血を起こした斎部先輩を抱え上げて椅子に座らせながら、僕も口を開いた。

「でもトイレットペーパーを切らしたとなると、リアルに困りますね……どうします?」

 言外にもう篭城は無理じゃないかという僕の気持ちを嗅ぎ取ったのだろう、堀田先輩は急に必死な顔になった。

「まだまだいけますって! トイレットペーパーなんかなくったって! 斎部先輩もそう思ってるはずっすよ! ねえ、先輩!」

 だが、斎部先輩は青い顔で首を振った。

「使いに出す式は飛ばせない。それほどの余裕はない」

 堀田先輩は魂が抜けそうな顔で膝を落とした。実際、黒い男たちの襲撃は毎日続いていたし、それほどのものを返り討ちにするような結界を維持しているのだから、大変なものだ。ましてや、同時進行で黒い男たちの総本山にも凡人には到底わからないような術を仕掛けてフィルムの情報隠滅を図っているのだからなおさらだ。

「ん? 弘晴は何をボケかましてるんだい? こういう時のために我がOPY・期待のホープがいるんだろう?」

「うむ……そういえば忘れていたな。そうか。その手があったか……」

 その場の全視線が僕に集中する。高2の先輩ふたり以外は、みんなよく状況が飲み込めていないようだった。もちろん、僕もだ。

「毛利君、君が買い出しに行って来てくれないか?」

 斎部先輩が僕の肩に手を置いて、目を覗き込んだ。僕はちらちらと自分のカバンの辺りを見た。

「いやでも、危ないじゃないですかー!」

 斎部先輩は僕にしか聞こえない声で言った。

「もちろんあれは携帯してかまわない。緊急事態だからな」

「あ、じゃあ問題ないです。しかしどうしてそのことを――……」

 僕が睨みつけると、斎部先輩は部長をあごでしゃくった。

「出所(ソース)が知りたいのなら、幸徳井に訊け。聞き出せるもんならな」

 斎部先輩は表情を変えずにそう返した。僕は不覚にも気圧された。

「わかりました。どこまで行けばいいですか?」

 僕は仕方なく、苦々しい気持ちで訊き返した。

「敷地内の売店でかまわない。あそこには大抵のものがそろっているからな。場所は言わなくてももう分かるだろう?」

「はい」

 交渉がひと段落したと分かって、なぜか堀田先輩が挙手した。

「あの、僕、お菓子切らしちゃいました」

 堀田先輩に注がれる視線の温度が急激に下がった。

「君は」「お前は」「貴様は」「先輩は――」

 その場に居た全員の声が自然と揃う。

『しばらく断食した方がいい』

「そんな……!」

 堀田先輩は泣きそうな顔になった。

「……毛利君。何か少しお菓子も買って来てやってくれないか?」

 斎部先輩が僕にこっそりと耳打ちした。

「先輩、甘やかしすぎですよ」

 僕はカバンのそばに置いてあった刀を手に取りながら言った。

「だからあんなにぶくぶく太るんだ。堀田ごときがこの僕を使うなんてね!」

 僕の発言を耳ざとく聞きとがめて、堀田が何やら言い返す。

「まあ、家格から言えば確かにそうだけども。てか毛利君、キャラ変わってるっす!」

「いや。まだまだこの程度なら、かわいいもんだ」

 斎部先輩が呟く。

「あの妖刀。名前も知らないのに、よく使えるもんだ……」

「えっ? 何を言って――」

 僕は貧乏公家その他凡下を尻目に、黙って抜刀すると結界の外に飛び出した。早速現れた黒い男たちを切り捨てながら、売店までの最短距離を導き出す。ここからだと、校舎をいくつか通り抜けることになるが、黒い男の死体がいくつか転がることになっても特に問題はないよな。だってこいつら、人間じゃねえし。つか、人間でもあんま気になんねえし。校舎をすり抜けながら思う。そもそも、俺がこいつらを殺る以前に、こいつらが校舎をウロウロしてることを気にするべきじゃないか?

 入り口の自動ドアのガラスを蹴り破って、売店のレジに詰め寄る。

「トイレットペーパーと、そこらへんの菓子全部」

 凍りついているおばちゃんを、刀を振って促す。あわてて品物をかき集めるおばちゃんを待つ間に、部室を出る時の最初の試し切りで緑色の液体まみれになった刀を拭いた。

「は、はい。どうぞ……」

 おばちゃんの手から風呂敷包み(星明学園は風呂敷の普及キャンペーンを行っている)をひったくると、さっき割ったガラスを踏んで部室まで走り抜ける。脇の用水池に黒い男を何人か払い落としながら、ここの水って何かに使うんだっけか、ちょっと謎の体液混入しても問題ないよな、といったことを考えているうちに部室にたどり着く。もちろん、息なんか乱れてはいない。毛利をなめるなよ?

「毛利君、ご苦労。それは預からせてもらう」

 上から降ってきた声とともに、細い風が吹いて刀を巻き取られてしまった。

「おい! ちくしょ――あ、斎部先輩。ただ今戻りました。ていうかそれ、緑色の血糊がべっとりついちゃってるんですけど……」

「俺がやっておくから大丈夫だ。君は部屋へ行って少し休むといい」

 先輩は刀を眺めながら呟いた。

「ふむ……ほとんど斬らずにただ叩き砕いてるだけなんだから、大したもんだ…・・・」

「え? なんか言いました?」

「いや、なんでもない」

「どっちかって言うと、先輩の方が少し休んだ方がいい顔してますよ……」

 斎部先輩は、急に乾いた目になった。

「すいません。なんでもないです。ちょっと休んできます」

 確かにちょっと疲れた気はしなくもないけど……でももう少し体を動かしたい気分だなあと思いつつ、割り当てられた部屋へ行こうと廊下を歩いていると、何やら第十三学習室が騒がしかった。頼まれた買出しの品物も渡さなければならなかったので、もともと顔を出そうと思っていたが、何だろう?

「いやー、毛利君すごかったっすねー!」

「しかし、あの太刀は異様だ……」

「俺もあれが欲しい……」

「だろう。僕の人を見る目は確かだろう? だって部長だからな!」

「いやー、部長の人間性は確かじゃないですけどねー!」

「死ね! 豚野郎!」

 その瞬間、何かがぷつっと頭の中で切れた。

「……は?」

 その場の人間がゆっくりとこちらを向いた。

「は? お前ら何やってんの?」

 先輩たちは妙にもぞもぞとうごめいて、密かに責任をなすりつけ合っている。結局、渋々といった顔で部長が口
を開く。

「だからー……僕の監視用に作った式神を君につけてぇ、君の勇姿をアツく見守ってただけ……」

 部長の女子高生口調の弁解に、青筋がさらに膨らむ。

「は? 何ひとのことストーキングして盛り上がってんの? そして何でこの篭城生活でそんな緊張感なしでいられるわけ?」

「だって、もう大体の暇つぶしはやり尽くしたっていうかぁ……本のストックもなくなっちゃったし……」

 黙って壁に拳を叩きつける。拳は少しだけ壁にめり込んだ。

「……ごめん」

 僕は荷物を置くと、静かに自室へ向かった。





つづく


  1. 2011/01/23(日) 09:56:44|
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