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OPY 3


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「ったく、ふざけたもの撮りやがって。次迷惑かけやがったら、実験台にしてやるからな」

 かわいそうなポッチャリー氏をボコボコにリンチした後、部長はケッと捨て台詞を吐いた。……本性現したな!
ちなみに、その横には中二の黒瓜(くろうり)という見るからに怪しい、スキンヘッドの先輩が黙って立っている。怪しい。とにかく怪しい。妙に整った顔立ち、とても中学生とは思えない屈強な体格もそうだし、そもそも制服を着ていないことからしてアウトだ。何だろう、あれ……――黒ローブか……?――まさにこれから黒魔術でも始めるつもりか! といった格好である。僕がこの先輩を見るのは初めてだったが、今までの様子を見ただけで充分どんなポジションなのかは把握できた。もちろん、部長の隣にいたということは彼もポッチャリー氏の私刑に参加していたのである。

 あれから全部員が招集され、部室である第十三学習室のある第四九学習棟が閉鎖されたのである。もともと、まったく使われない建物なので、少しも問題はない。これから一週間ここに立てこもることになるが、何せ部長が学園長の弱みを握っているので、生徒が集団で(というほど人数もいないが)授業をボイコットしようと、いくらでも圧力がかけられるので、悲しいことだがこれも問題ない。

 悲しいことといえば、OPYには女子部員が存在しない。今まで見てきた先輩方に加えて、中三に佐伯(さえき)先輩という、こちらはとても質実剛健なスキンヘッドの人がいるだけである。ていうかさりげなく制服の下に袈裟を着込まないでください。むっちゃもこもこしてますよ! しかし何だろう、この部活のこの坊主率の高さ。ちなみに、その佐伯先輩は今黙って堀田先輩を介抱しているところだ。

「幸徳井、佐伯。この二人がいなければ、建物ひとつに長期間結界を維持することはできなかったからな……ま
あ、黒瓜は邪念が多すぎて正直居ると邪魔なんだが。これで結界を張りつつ、組織の方に情報操作を仕掛ける」

 腕組みをして四人を眺めている斎部先輩の肩をとんとんと叩く。

「それって、僕はいなくてもよかったってことなんじゃないですか?」

 にっこりと笑みを浮かべた僕の顔を、先輩は静かに見た。

「いや、君の出番はこれからだ」

「別にほしくないんですけど……」

 がっくりと肩を落とした僕とは反対に、先輩は急に顔を上げた。

「来た……!」

 そして弾かれたように駆け出した。慌てて僕も先輩を追う。

「どうしたんです!」

「結界が……! 黒瓜のやつだ! 気づかなかったのが迂闊だった! わざと佐伯の張った結界を少し崩してあ
る! そこからやつらが来るぞ!」

 先輩がそう言い終わるか終わらないかのうちに、廊下の向こうから黒い男がふたり、こちらに飛び出してきた。と、背後からも何かが飛び出して黒い男に向かっていく。人間のような肢体、黒い骨張った翼、頭部に山羊のような角を持った獣……悪魔か?

「させるか!」

 斎部先輩はそう言い放って印を結んだ。突如、黒い男たちの真下、赤いビロード敷きの床から見覚えのある毛むくじゃらの鬼の手がせり上がるように現れて、男たちを握り潰した。そしてそのまま、床に沈み込むように消えた。屈強な大人の男二人を握り潰せるだけの大きさと膂力を持った式神を使役するんだから、斎部先輩の能力というのはそれが何であるとしても相当なものだ。そう思うとゾッとした。

「ちっ」

 見ると、背後に黒瓜先輩が立っていた。傍らの悪魔が煙を上げて姿を消す。あの悪魔を使役していたのは黒瓜先輩だったのだ。この部活の部員なら不思議じゃないが、黒瓜さんは本物の黒魔術師らしい。その黒瓜先輩を斎部先輩が睨みつける。

「まったく油断がならないやつだ。黒瓜。お前、黒い男が手駒に欲しかったんだろう? 秘密結社・A∴A∴(銀の星)、東方聖堂騎士団(OTO)の幹部のお前に、そんな危ないおもちゃはやれん。斎部(うち)を舐めるなよ。お前は自分が穴を開けた箇所から、出て行け。穴は俺が塞ぐ」

 厳しい口調の斎部先輩を、黒瓜先輩は鼻を鳴らして嘲笑った。
「黒い男など、貴様の言う通り我が教団にとっては玩具に過ぎん。手に入れようが入れまいが、そのようなことは些事に過ぎん。まあせいぜい、卑しいけちな豚野郎のお守りに精を出すがいい」

 そう言い捨てると、黒瓜先輩はローブの裾を翻し、廊下を曲がって姿を消した。てか、豚! 先輩のこと豚野郎とか言っちゃだめ!

「亜鈴(アレイ)君もアレで弘晴のことがダイスキなんだから、素直じゃないよねえ」

 ばっと振り向くと、いつの間にか部長が訳知り顔で腕を組みながらニヤニヤと独り言を言っている。

「水秋。居たのか。無駄口叩いてないで早く結界の修復を手伝ってくれ」

 憮然とした顔で斎部先輩はそう言うと足早に歩き出してしまう。

「おっけー」

 部長も軽薄そうな口調で答えると、先輩と並んで行ってしまう。

 黒瓜先輩に引き続いて二人が廊下の向こうに走り去ってしまったので、仕事の邪魔にならないように僕は堀田先輩たちのいる部屋まで戻った。あんな不思議ちゃんな能力はないからね。


「また黒瓜君が? そうかあ、君は入ったばっかだから何も知らんのかあ」

 僕が今までの経緯をかいつまんで話すと、包帯まみれの堀田先輩は人のよさそうな顔で頭を掻いた。

「彼の一族はもともと、黒住氏って言ってね、江戸末期から流行した黒住教を信仰してた人々だったんだなあ。それが何があったか、有名な黒魔術師のアレイスター・クロウリーの創設した秘密結社に一族揃って入団して黒瓜氏に改姓したんですわ。一族の長は代々それらの日本支部長を勤めていて、彼自身も若干十四歳にして最高位階に属してるらしいって噂もある。そんな悪いやつじゃないけど、筋金入りのオカルティストなんすわ。だから毛利君も気をつけた方がいいよ」

 いや、そんな悪いやつだと思う。半端なく悪いやつだと思う。

「アレイスター・クロウリーって、聞いたことはあります。なんかエロ魔術師ってことしか知らないけど……」

「残念ながら、その知識は大体あってるんよなあ。残念ながら」

 堀田先輩が苦笑しながら穏やかに言った。肯定しないでよ!

「黒瓜は必ず、拙僧(ぼく)が折伏(しゃくぶく)いたします……!」

 佐伯先輩が後をついで、静かに力を込めて言った。

「弘海(ひろみ)君と黒瓜は因縁の仲っすもんなあ。僕は特に何も手伝えんけど、応援してるよう」

 堀田先輩が緊張感のないエールを送ると、佐伯先輩は「はい」と拳に力を込めながらうなずいた。

「では拙僧(ぼく)は勤行(ごんぎょう)に」

「うん、ファイト!」

 堀田先輩はひらひらと手を振って佐伯先輩を送り出すと、僕に説明した。

「弘海君の家(うち)は真言宗、つまり東蜜の奥義を極めてそれを絶やさず一子相伝してるんよ。彼もあの歳で強い法力の持ち主だしね。信仰の厚い、高潔な少年ですわ。まあこの部活にいたら、それくらいじゃないともたないんだけども」

「ははは……」

 隣の部屋から朗々と聞こえてくる真言(マントラ)に若干引きながら、あんまりこの部活について深く考えないようにしようと硬く決心した。




つづく


  1. 2011/01/22(土) 09:53:03|
  2. 短編
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