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OPY 2


  3


 ドカッ!

 僕はどこかの教室に放り込まれた衝撃で気がついた。例のでかい手の気配はすぐに消えたが、慣性の法則の働きが強すぎてそのままスライディング、いくつかの机にブチ当たった。

「うごっ! じへ……し、死ぬ………ッ!」

 ここまでどんな運び方をされてきたのか、視界がぐるぐるする。ふっと(多分)前を見ると、誰かが立っていた。

「おい、幸徳井(かでい)。ちゃんと連れて来たんだから手を放せ」

 ぼさぼさ頭の、どっか体が悪そうな蒼い顔をした高校生が、何やら印を結んだまま棒立ちのかっこうで、背後から頸をつかんでいるキモいメガネ――たしか自称・部長――に言った。僕はさり気なく自分のメガネを外した。

「そうだな。まあいいか」

 部長(自称)が手を放すと、高校生はそそくさと近くの椅子に座り込んでがしっと机にしがみついた。

「やあ、新入ボーイ! 元気がいいなあ。こんなに机を倒すなんて」

「いやっていうか、あの手なんだったんですか式神ですか鬼ですか」

「はっはっは」

 どうやら、どんなに冷たい目で見てもなんとも思わないらしい。

「うっわ、こいつ慣れてるよ!」

「はは。なんか言ったかなあ?」

 部長が振り向いた。メガネがぎらりと光った。

「いえ、なんでもないです……」

「ならいいけど。おい、弘晴(ひろなり)。君も新入ボーイにあいさつしたまえよ」

 机に必死の形相でしがみついている高校生は部長に言われて、オバケみたいな前髪のあいだからこっちを見た。なんか、怖い人だ。

「初めまして。高2の斎部(いんべ)です……よろしく………」

 メガネがネクラ――斎部先輩の肩に手を置いた。

「そう。こいつは古代から続く代々朝廷の祭祀を司ってきた斎部氏の末裔だ。ちなみに、見鬼(けんき)の才がこの部一強い。専門は祓う方だけど、割とオール・マイティーね」

 斎部先輩はひどく嫌そうな顔をしている。かわいそうに。てかそれ以前にそんな不思議ちゃんな話を当たり前のようにすんなや。

「で、僕は同じく高2の幸(か)徳(で)井(い)水(みな)秋(あき)。幸徳井氏は平安時代の有名な陰陽師の家系、賀茂氏の末裔。ほら、安倍晴明(あべのせいめい)って陰陽師がいるじゃない。あれの師匠筋にあたる血筋さ。僕の専門は陰陽系、特に憑ける方ね。これからは、部長と呼んでくれたまえ」

 無駄にテンションの高いメガネと対照的に斎部先輩はひどく疲れた顔をしている。分かりますよ、先輩。

「ところで、さっきの鬼の手は……?」

「ああ。あれかい?」

 部長のメガネがきらりと光った。

「あれはね、玉のように清らかで愛らしかった幼少のみぎりに僕が斎部につけた式。式神の扱いは困ったことに僕より斎部の方がうまくてね。だから、弘晴に頼んで式使ってここまで君を連れてきてもらったってワケさ。もしも逃げられたりしたら――」

 ぎらり。

「困るからねぇ。まあ、万が一さ。君はそんなことしないだろうけどね」

「はははははやめてくださいよう僕そんなことするように見えますかあ」

 僕の乾いた笑い声だけが白々しく教室に響いた。と、次の瞬間、

 どばーん!

「たったたたたたたたたたたたた大変だ!」

 教室の扉が勢いよく開いて、身長低めポッチャリ系メガネが入ってきた。

「あれは、高1の蘭癖(らんぺき)。ユー・エフ・オー専門ね。こちらはかの毛利元就公のご嫡流、毛利元憲君だ」

「部長! 蘭癖って紹介せんで下さい! 僕は堀田(ほった)正義(まさよし)いいます。よろしく!」

 ゼェゼェ言いながら僕たちのところまで来ると、ポッチャリ先輩は手近な席に腰を下ろした。よく見ると意外に愛嬌のある顔立ちだった。女子に家畜扱いされてそうだ。ちなみに、この学校の女子はかなり強い。しかし堀田というからには、あの三河の田舎者の犬か――いや、なんでもないよ。

「で、蘭癖君。どうしたんだね?」

 部長のメガネが光っている。

「部長、実は……」

 マシマロ先輩は、ポケットから一個のフィルムを取り出した。その手ははっきりと目に見えて震えている。

「とうとう……やっちまいました……!」

「何ッ!」

 部長はポッチャリー先輩の言葉にさっと青ざめた。よく見ると、背後の斎部先輩のしがみつき方もより一層必死さを増している。

「ということは……」

 かろうじて余裕めいた表情を維持している部長の顎を、汗が一筋ゆっくりと伝った。

「やつらが来るのは時間の問題だな……」

 部長の言葉にポッチャリー氏(名前忘れた)は、さらに蒼い顔でゆっくりと頷いた。

「あのー、話が全然見えてこないんですけど、僕ってそういうの説明してもらう権利、認められてます?」

 挙手しつつ発言すると、ようやく面々はこちらを向いた。

「んー、ま、簡単に言うとだな……」

 部長はちらっとデブを見た。おほっ、すげー冷たい目。

「こいつのせいで、うちの部にMIBが来そうなんだ……」

 頭を抱える部長。顔が強張ってくるのが分かる。ヘイ、ガイズ! つっこんでもいいかい?

「何すかそのMIBって。IT用語みたいっすよ。何でも略しゃいいと思ってんじゃねーよ」

 と言いつつ、アホどもの方を見ると、蘭癖からフィルムを奪おうとしていた部長を押しのけて、いつの間にか斎部先輩が立っていた。間近で見ると、意外に整った顔立ちである。こんな部にいなきゃモテるだろうに。合掌。

「メン・イン・ブラックだ、毛利君」

 先輩は部長の顔を押しのけるというより押しつぶしながら、憂鬱そうに髪を掻き上げた。

「堀田君はUFOかなんかでも写真に撮ったんだろう。都市伝説であるんだよ、未確認飛行物体や宇宙人なんかを」

 この人、本当に嫌そうにそういう言葉を口にするね!

「目撃したり、撮影したなんていう人の所に現れる、黒尽くめの男たちのことさ。目撃したものを他言するなと脅迫してくるらしいが、日本の事例じゃ、目撃者はそのまま即失踪だ」

「最悪だ! 先輩助けてくださいよ! マジで俺、ヤバいっす!」

「助かりたいか」

 家畜さんはぶんぶんと必死で頷いた。

「なら、すべきことはひとつだ」

「ほ、本当ですか!」

 すがりつく堀田さんを先輩は冷たい目で見下ろした。

「捨てろ」

 その一言にショックを受けたのか、堀田さんはふらっとよろめいた。あ、こっちに倒れかからないでくださいね。

「そ、そんな……これを撮るのに今までどれほど血を吐くような努力をしてきたと思ってんですか!」

 先輩、その努力を体重削減の方面に向けることをオススメします!

「先輩のその無駄な鬼道(きどう)の才能はこんな時のためのもんでしょう!? 後生ですから、なんとかしてください?」

 意外としねこい。巨体(主に体積の面で)に力いっぱい揺さぶられ、斎部先輩は軽く昇天しかけている。先輩は最後の力を振り絞って堀田さんに待ったをかけると、肩で息をしながら要求を呑んだ。

「まあ、やってやれんことはないが……」

 ガッツポーズをしかけた堀田さんの豊満な二の腕に、手をかける。

「が、少なくとも一週間は身動きができないと思え。無論、部員全員がだ」





つづく




  1. 2011/01/21(金) 09:50:40|
  2. 短編
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