inkblot

The Work


 こんな夢を見た。
私は冥い部屋に立つてゐた。さうして、隣の青年と共に床の中心に埋まつた、大(おほ)きなヴァルヴを視てゐる。其の内、青年はヴァルヴから眼を離して私に向き直つた。

「詰まり、斯ういふ訳です。貴方は此の、」

 其処で青年はもう一度ヴァルヴに眼を落とした。ヴァルヴの下から藍色の光が幾分か零れて、狭い部屋と我々の顔を照らしてゐる。

「ヴァルヴから光の差さぬブルーブラックの海へ潜つて、息継ぎもせずに果て知れずルビイの首飾りを探すのです。此奴(こいつ)が貴方の仕事です」

 青年は再び私に眼を向けた。へんに赤茶けた髪をした、色白の青年である。多分育ちが良ひのだらう、蒼い縦縞のシヤツをきちんを着てゐる。如何にも健康さうで好ましく見へた。若し明るい陽の下で出遭つてゐたなら、もつと好ましく見へたらう。

「其奴(そいつ)は随分と粗悪過ぎるシナリオぢやあないか」

 青年は笑つて、私から顔を背けて床のヴァルヴを撫でた。黝(あをぐろ)いヴァルヴの表面(へうめん)には伽藍鳥(ペリカン)の母子(おやこ)が浮彫になつてゐた。

「何、他のなんかも貴方のと然(さ)して変はりは有りませんよ」

「君は復(また)さういふことを云ふ。かう見へても海育ちだから泳げはするが、私は潜るのが苦手なんだ」

 青年は私を視て、憐れむやうに笑(ゑ)みを浮かべた。

「僕の仕事は何だと思ひますか?」

「さあ、ちつとも判らない」

 さう答へると、彼の眼は私の右手にじつと注がれた。

「其れを一寸(ちよつと)貸して呉れませんか」

 青年は私の手に有るものを指差して云つた。さうだつた。さう云へば、私は最前から手に花束を提げてゐたのだつた。
 兎も角、私は其れを青年に差し出した。彼は其れに手を伸ばした。彼が其れを掴んだ途端。其の途端、大輪の百合の花は粒子の縛(いまし)めを解かれて、真つ白な灰に為つて散つた。

「僕の仕事は斯ういふことですよ。花束を恋人に手渡す、たつた其れだけのことが何遍やつても出来ないのです」

 手のひらに僅かばかり残つた灰を弄びながら、青年は悲しげな微笑を湛へて其れに眼を遣つた。

「さあ、時間です。仕事を始めませう」

 さう云つた青年の手の先には、ヴァルヴの取り払はれた底知れぬ冥い海が有つた。





                                                                                                                     了
  1. 2009/04/11(土) 18:19:37|
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