inkblot

Mille Feuille

「古生物学っていうのはいいな」

 僕は彼に話しかけた。彼は遠くを見つめたまま黙っている。

「ミルフィーユの皮を一枚一枚剥ぐように地層を切り崩した後に、失われたものの痕跡が現れるんだ。
素晴らしいよ……」

 彼の足元に転がっているツルハシのふちは青光りしていた。それを見て、僕はさらにわくわくする。

「もう秋だね。秋になると何故だか知らないけど、ミルフィーユが食べたくなるんだ。
いちょうの葉も黄金色になって舞い始めているし。やっぱり千枚の葉(mille feuille)だからかな?」

 実際、僕が喋っている間も、地層から浮かび上がった恐竜の骨格の上に、まるでそれを隠すかのようにいちょうが優しく積もっていく。

「恐竜が好きなのかい?」

 彼は遠くを見つめたまま、突然口を開いた。

「もちろん。あんな生き物が大昔、地上を歩いてたなんて、考えるだけでわくわくするよ!」

 彼が初めてこっちを見る。エメラルド色の瞳が光を受けて瞬く。
そして彼は被っていた焦茶色のソフト帽を片手で取り、僕の頭の上に載せた。

「確かに恐竜はいい。恐竜の骨は美しいよ。でも、結晶の世界に目を奪われてはいけないんだ。
結局、生身の人間より見る価値のあるものなんてないのさ」

「よく分かんないよ」

 僕は困惑してそう答えた。人より化石の方がめずらしくて面白いに決まってる。
僕がそう考えていることが伝わったのかもしれない、彼は柔らかく微笑んだ。彼みたいにかっこいい人がそんな笑い方をしたのは少し意外だった。けれどそれはとても素敵な微笑みだった。

「そうだろうな。でも、そのうち分かればいいんだ。とりあえず、今はおいしいミルフィーユでも食べに行くとしようか」

 そう言って彼は片目をつぶった。



                                                                                                                      End
  1. 2009/10/10(土) 02:39:36|
  2. etude
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