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TEENAGE LAST 2

「ねえ、エコール。いいものを見つけたんだ!」

黒い瞳を輝かせて、声を弾ませていうキキに連れられて、ある休日にわたしは街外れのさびれた電器屋に居た。学校の外で会うのは、それが初めてだった。

「ほら、これさ!」

彼を指差す埃だらけのショー・ウィンドウの隅には、同然の古びたステレオとプロジェクター、そしてヴィデオ・デッキが転がっていた。

「この店、とうとう潰れるんだって」

わたしはショー・ウィンドウから目を離してキキを見た。

「どう思う?」

心なしか、緊張した顔でキキはわたしに訊いた。

「とっても素敵」

キキはほっとしたように笑った。わたしも一緒に笑った。

 それからわたしたちは途中の屋台で粗悪な新聞紙にくるまれた、あつあつのフィッシュ・アンド・チップスを買って、それをつまみながら、機械を抱えて学校に忍び込んだ。学校に忍び込むのは簡単だった。わたしたちは先生の手の届かない範囲を掌握していたから。

ふたりの小部屋で、機械のセッティングをしているキキの横で、わたしは鼻歌を歌いながら機械のほこりを払った。

「それ、『イッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーン』?」

キキが手を止めて、顔を上げた。

「タイトルは知らなかったけど、たぶんそうね。伯母さんがよく歌ってる歌なの。歌詞が素敵」

「そう。僕も好きなんだ。同じタイトルの映画があってさ。とても良いんだ。子どもの頃のテイタム・オニールが出てて……今度持って来るから、ここで観ようよ。エコール……」

わたしを呼ぶ彼の声が、わたしは好きだった。わたしの存在を確かめるように、手でそっと触れようとするように呼ぶ声。嘘みたいな本当の名前よりも、ずっとリアルな名前。彼がくれた名前。
 
 
わたしたちはそこで、たくさんの音楽を聴いて、たくさんの映画を観た。ほとんどすべて、キキがわたしに教えてくれた。映画はフィルム・ノワールやゴダール、キューブリック、バートン、カラックス、ノルシュテイン、ヤマムラ、ラーキンなど……ジャンルはぐちゃぐちゃだったけれど、美しい映画をたくさん観た。あとキキはゾンビ映画が好きで、よくふたりで古い映画を観たりした。

 音楽の方はUK・US・インディー・ロックを中心に、デス・キャブ・フォー・キューティー、ヤッピー・フルー、ロス・キャンペシーノス!、スクール・オブ・セブン・ベルズ、ニルヴァーナ、アイ・アム・ロボット・アンド・プラウド、カイトなどを……わたしはなかでもデスキャブの『アイ・ウィル・フォロー・ユー・イントウ・ザ・ダーク』という曲が好きで、キキとしなびたキャラメル・フレーバーのポップコーンを食べながら、何度も何度も繰り返し聴いた。
 
「In Catholic school as vicious as Roman rule
I got my knuckles bruised by a lady in black
And I held my tongue as she told me
"Son fear is the heart of love"
So I never went back……」
 
一本のアコースティック・ギターにベン・ギバートの素朴な声が乗っただけの、シンプルで美しい曲。デスキャブはよく、変わったプロモーション・ヴィデオを作っていて、この曲は一人の男と彼の住むアパートの床に開いた穴の話。いつの間にか開いていた小さな穴は、男が淡々と生活を続けていくうちにもどんどん日を追うごとに大きくなっていて、最後に男はその中に落ちてしまう。男はゆっくりとあたりを見回すと、その中へと去っていく。そして彼のアパートメントの一室には、何事もなかったかのようにまた淡々と日々が過ぎる。

「わたしも彼みたいにある日突然ひとりでを歩いて行かなくてはいけない時が来るんじゃないかとよく想像するの。そんな時は半分死んだような気分よ。だからわたしは大体いつも絶望してる。キキと居る時以外は、大体」

読みさしのペーパー・バックを読むでもなくもてあそんでいるわたしの手に、キキは彼の手を重ねた。

「『If there's no one beside you
When your soul embarks
Then I'll follow you into the dark
(もし君の魂が旅立つ時、そばに誰一人として居ないとしたら、
その時は僕がついて行くよ。暗闇の中へ)』……」

『アイ・ウィル・フォロー・ユー・イントウ・ザ・ダーク』の歌詞の一節だった。

「僕もだよ、エコール。でもその時でさえ、僕は君と居たいんだ……」

わたしは黙ってキキの手の上にもう片方の手を重ねた。わたしたちはしばらく何も言わなかった。ほの暗い蛍光灯の明かりに、影だけが淡くゆらめいていた。
 


 
  1. 2010/09/06(月) 11:23:39|
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