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怖い話について、少し

日は「ほんとうにあった怖い話」を観た。

 「恐怖体験」の再現ビデオがどれもこれも似たり寄ったりの笑える出来だったり、番組の大半が下ヨシ子の緊急浄霊で終わったりしても、やはりこの番組が年に一度の楽しみであることに変わりはない。ほん怖がレギュラー番組であったころは、毎週月曜日の夜7時、正座をしてフジテレビを観ていたものである(ウソ)。

 私は怖い話が好きである。怪異や幽霊や妖怪やUFOやUMA。。。。そんなものがいるのなら、この世界もそれほど悪くはないと思えた。私は小さいころからファンタジーが好きだった。成長するにしたがって、どうやら魔法使いやドラゴンやホビットたちは存在しないようだということには気づいた。だが、魑魅魍魎や超常現象ならまだ望みがあるんじゃないか。そういう訳で主に東洋のオカルト関係の書物を読みふけり、そういう地位を地味に気づいたりもした。まあ今はほとんど忘れたが。とにかく、怪談は私にとってファンタジーにおける最後の砦なのである。

 テレビであったら選り好みせず怪談特集はすべて見るが、本は譲れないこだわりがある。稲川淳二なんかは話を聞くより、あの顔がおかしくて笑いをこらえるのに忙しくなってしまう。そこらへんにあふれる怪談本はクオリティが低すぎて読む気がしない。私が怪談本で最も優れていると思うのは、「新耳袋」である。

 まず、99話からなる構成によって読者に百物語をさせてしまうというところが素晴らしい。もともとは100話で刊行したが、よくないことが重なって99話に編集し直し、出版社も変えて再刊行したという逸話も凄みがある。

 また、収められている全ての怪談が著者二人の取材によって得られたものであるということがもうすでに怖い。これは作り話ではない。そういった前置きに信憑性を持たせる、話の構成力。

 一冊の本にいくつもの仕掛けが濃密に詰め込まれている。これを読んでしまったら、他の怪談本は到底読めない。平山夢明はクサすぎるし、雑誌「幽」系の怪談作家たちも「新耳袋」の後塵を拝しているにすぎない。むしろ面白かったのは京極夏彦が実話系怪談として書いた「成人」という短編であった。巧い。

 その「新耳袋」の著者であるが、大学の同級生であった木原浩勝と中山市朗である。「新耳袋」全10夜が完結した後は別々に新シリーズを執筆しているが、木原に対して中山の方がだいぶ力量は劣る。木原はリアリティを失わない程度にインパクトの強い話を組み立てるのが非常に巧い。中山の本ではかなりそのバランスが崩れてしまっていて――


 などと怖い話について脈絡なく語ったが、私はこれほど怪談が好きにもかかわらず、自分では書けない。ここでこう山を持ってきてなどと、大体の構成は頭にあるのだが、からきし駄目だ。書いてみたこともあるが、我ながらひどい駄作であった。思うに、人の死に対して感傷的になりすぎるからだと思う。薄幸の霊魂にはやはり感情移入してしまう。だから「新耳袋」のような話は書けない。けれどもむしろ、感傷的に怪談を書きたい。案外、それでいいのかもしれないな。





  1. 2010/08/25(水) 00:09:38|
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