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桃黍貴賤

 ある時、孔子は哀公の傍に控えて座っていた。そこに哀公は黍(きび)と桃をお与えになった。

「どうか召し上がれ」

 孔子はまず黍を食べ、その後桃を食べた。有り得ない行為である。何故有り得ないかは後に述べる。とにかく、それを見た公の側近たちは「あんな有名な人が!」と多少困惑しつつも、やっぱりおかしかったので口を覆って忍び笑いした。もちろん、哀公にはそんな余裕はなく、慌てて孔子に言われた。

「黍は桃をこすって皮を落とすためのものですよ。食べるためのものではありません」

 当時はそれが当たり前の習慣だったのである。かの有名な孔子がそんなことも知らないとは。今で言えば、フィンガーボールの水を誤って飲んでしまうようなことをあろうことか宮中でされれば、このような人々の反応は至極もっともである。それに対して孔子は答えた。

「丘(きゅう)は存じております。しかれども、黍は五穀の長(おさ)であり、祭事や先祖のみたまやに供える最上の供物であります。それに対して、桃は六つの果実の最下に位置付けられており、祭祀や天地、祖先を祭る儀式にも用いられません。

 丘は有徳者は賤(いや)しいもので貴いものを拭うと聞いています。ですが、貴いもので賎しいものを拭うというのは聞いたことが御座いません。最前のように貴い黍で以って賎しい桃を拭うということは、上位のもので下位のものを拭うということです。

 そのようなことは丘めが唱えております教え(儒教)の妨げとなり、道理に害をなすと私めは思うのです。それ故、進んでしなかったのです」

 それを聞いた哀公は一言、

「良いことを言うなあ」

 と言われた。






* 孔子…名は丘、字は仲尼(ちゅうじ)。丘という名は、生まれた時頭がでこぼこしていたところから来ているのだという。実に適当な親である。

* 哀公…魯の第二十五代君主。孔子の晩年の君主である。

* 「そのようなことは丘めが唱えております……」 儒学は上下の秩序を重んじる学問であったため、この時孔子は若干キレ気味だったという。


                                                                                      
(出典: 『孔子家語』<巻第五 子路>)
  1. 2009/05/22(金) 23:14:36|
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