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20141024 LIFE LIFE LIFE


 一ヶ月前と違って、今日はなんかいい日だった。さて、久しぶりだけど書きたいことはいろいろあって書ききれないくらいだ。フジファブリックの新譜の話だってずっと書きたかった。ちょうどリリースラッシュだったので、キャパシティを超えていたけども、キャパシティを超えるくらいよかったのである。困るぜまったく! 

 いやしかし、山総がここまで成長するとは思わなかった。やっぱどこかで過小評価しているのかもしれないな。ヘンテコな曲を作るのは相当うまくなったが、こういう深化の仕方をしてくるとは恥ずかしながらどこかで期待していなかったのだ。いやいや、山内総一郎はそんな薄っぺらいミュージシャンではない。化け物をなめてかかるのは致命的だ。しかし全体を通してとても豊かな世界観の曲たちである。心の深いところへ降りて行って汲み上げたような透き通ったうた。山内はひとりで自分の心と向き合っていたんだな。しんどいことである。

 「Gum」とかめちゃめちゃ好きだな。「桜は寂しくなっちゃうから嫌いだ」とか「梅は梅ガムの匂いがするから好き」だとか、全然意味分からんところがもう志村にしか思えない。ぶっちゃけ山内がどういうつもりで作ったとかどうでもいい。まるで曲がり角曲がったら出くわしたってくらいの自然さで、生きてる志村に出くわせた、この曲の中で。なんかそれが嬉しいんだよ。映像も記録も、大体もう何回も何回も観ていて、もちろんその中で志村は生きてるんだがもう新しくは会えない。だから久しぶりに会えてよかった。そういう意味で「Gum」は特別だ。ホントさ、久しぶりだよな。ずっと会いたかったんだけどさ。

 「robologue」は胸が痛い。ロボットものは弱いんすよ。ホルモンの「糞ブレイキン脳ブレイキンリリィ」もそう。「efil」は謎のふてぶてしさ、あとアウトロがPigletっぽくて好きだ。「カタチ」はデスキャブの「Your Heart Is An Empty Room」のBPMをもったりさせたような雰囲気がある。でももっと高らか。「シャリー」はもうライブで最初の一音が空間をぐちゃぐちゃに裂いた瞬間から心奪われている。今さら何も言いたくないくらい無敵。「ブルー」はライブで初めて聴いた時は、間奏のギターリフが蒼い水面を揺らめく金色がかった煌めきに見えて強く印象に残っていたが、音源でかみしめるようにして聴くとじわじわ深い。

 ところでこのアルバムはなんか西のにおいがする。「祭りのまえ」はキセルだと思った。ちょっと「ベガ」を思い出したりもする。「sing」もキセルとかくるりっぽいところあるよな。もうレベルの低い印象批評でしかない上に、雑なカテゴライズに何の意味があるんだという話ではあるが。でも今のフジファブリックにかつてのフジファブリックには存在しなかったものがにじみ出しているのは多分事実だろう。ハード(=フジファブリックというコードの体現者)は違ってもソフト(フジファブリックというコード)は同じなのだ。だがソフトは同じでもハードが違うのだ。同じところもあるが違うところもある。当たり前だ。

 けど、やっぱり山内総一郎という男は観ていてはっとさせられる。演奏している時以外はアホの子としか言いようがないが、もうあの一切の屈託のない笑顔とか、まともに日本語になっていないレベルのたどたどしさで、でもオーディエンスに対して毎回生まじめに今回のツアーの意図や感謝をルーティーンではなく一対一で丁寧に語りかけるところに。もう守りたいとしか思わない。宝だな。。。宝だ。別に全然山内ファンとかではないが、これっばっかりは仕方ない。もう天然記念物にするしかない。小生が偉くなったら山総の保護区を作ろう。保護区では山総の遅刻をとがめたりすると逮捕される。密猟は獄門な。

 あとクボンゲの「努力という天才だけに許された権利」ということばについてまたぼんやり考えてたんだが、それって志村だよな。「志村はもともと天才だった訳じゃなくて、凄まじい努力の結果がフジファブリックである」って誰かが言っててその通りなのだ、志村の能力ってデコボコしてっからな。でもクボンゲの言説を適用すると、志村は天才だから努力できるのだということになる。まさかクボンゲのやつ、そこまで考えて・・・! というのは妄想である。でもみんなやっぱ志村のこと大好きすぎんだよな。全日本志村のことをもう少し冷静に考える会の設立が待たれる。会長はクボンゲにしとこう。適当 



  1. 2014/10/24(金) 23:24:13|
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