inkblot

2013.11.23 フジファブリック FAB STEP TOUR final at ZEPP TOKYO その1

 冬のゼップはいろいろ思いだしてしまう。あの12月のゼップ、あの3月のゼップ。ステージの奥には針のような照明が微かに琥珀色の光を放っている。でたらめに突き出した結晶のように見えた。

 抑えた曲調のSEに被さって別のSEがかかり、次第に音量を増していく。客電が消え、手拍子が起こる。蒼い光の中、下手からメンバーが出て来る。微かなシンセの音が立ち上る。「フラッシュダンス」だ。一番奥の鍵盤を弾いてこっちを向く金澤先生の動きがあざとい。山内総一郎の顔には照明が当たらない。どんな顔をしているのかはほとんど分からなかった。曲調は静かだが、BPMは速い。それが蒼い緊迫感を生む。

 シンセから二曲目が立ち上がっていく。「Hello」だ。七色のレーザーが放射される。山内は静かに歌っている。いつもより声が太くないか。いい声だ。照明が明るくなったので顔が見えた。にこやかである。金沢で観た、あの初日のプレッシャーに押しつぶされているようなやつれた顔ではない。心の痛みがひとつも表われていない、綺麗な顔である。山内は全部顔に出るからな。素直というか無防備な人なんだろう。肉体的な疲労や精神的な憔悴がモロに出たあのひどい顔を観るたびに、傷んだ水蜜桃を思い浮べる。その水蜜桃は上等で、そこにあるだけで素晴らしく心が満たされるような色味や匂いや形を備えているが、一箇所だけ、その繊細な肉が傷付いて黒い痣になっている。水蜜桃は守られて命を終えるべきものなのに、どこで誰がこんな痣を作る隙を許したのか。そんなものを観るような痛ましい気持ちになる。だがよかった。今日は大丈夫だ。まばゆい照明を見上げて、楽しそうに笑っている。

 三曲目は「Mystery Tour」だ。細い微かなスポットライトがマイクスタンドだけをキラキラと浮かび上がらせている。Daft Punkの「Get Lucky」を思い出す。あんなにピカピカはしていないが、暗闇に微かに輪郭だけが蒼白く浮かんでいるようなイメージがこの曲にはある。怪しい曲である。声がよく出てるな。間奏がまたなんかすごくなっていた。白いスポットライトが幾重にもかとをさんに当たって、山内がめっちゃ笑っていたのはこの時だっけか。割と音源では暗闇で蠢いているようなイメージが強かったが、ゼップでは明るく響いた。

 暗転し、山内が暗闇でギターを持ち替えている。明転すると、山内は白いエレクトリック・シタールを持っている。山内が身じろぎして、そのつややかな丸みを光が撫でる。

「どうも~こんばんは~フジファブリックで~す!」

 笑顔でダブルピースを強調する。ゆるい。ダブルピースが耳を立てないキツネみたいな動きに変わる。オーディエンスもまねをする。山内は楽しそうに爆笑している。最初、昔の藤原みたいに手のひらを折りたたんでぱたぱたさせる、あの変な手の振り方をしているのかと思った。そういや、もう藤原もあんな手の振り方はしないな。ちょっと寂しい。

 ドラムが始まり、ぷよぷよした鍵盤がそこに乗っかる。音源にはないイントロで始まったのは「パッション・フルーツ」である。パッションフルーツのように、視界も赤く染まる。エレクトリック・シタールが軽やかにステップを踏んで行く。なんだよ、くそカッコいいな。

 エレクトリック・シタールを持ったまま、「しかたがないね」。イントロのリフがびよびよしながらも伸びやかでやはりカッコいい。あのふわふわしたやつがこんな豊かに楽器を鳴らすというのがとても不思議だ。ライブだとBメロからサビまでのボーカルがなんだか音を外し気味に聴こえるんだが、それも一生懸命さが出ていていい。

 ギターを持ち替えて「Upside Down」。この曲は個人的に赤とそれから青のイメージがあるが、照明は青緑だった。面白い。間奏前の転調で訳が分からないが圧倒される。山内のソロ、金沢先生のソロもぐちゃぐちゃに絡まっている。

 ここでまたMCがあったように思う。



  1. 2013/12/31(火) 23:52:34|
  2. 音楽
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

20131231

 もう一年が終わるんだな。まあ卒論が終わってない小生には新しい年は来ないので関係ないのだが。。。書きたいことはたくさんあるのにちっとも書けなかった。悔いのない一年を終えることなんか一生ないだろうが、それにしたってどうしようもない。まあ卒論もそんな状況だけどな。書きたいことだらけなのに書けない。ジーザス。。。

 音楽のことも本のことも万年筆のことも来年は書きたいっすね。あとふつうに小説も書きたい。全然関係ない話を。最近自分の書いたものをみていると、どうも「失われたもの」自体というよりもむしろ、「大事なものを失った人」に感情移入というか自己投影しすぎである。まあ要は、一度決別しなければならないのを理解しているができないということだな。だがそればっかりだと遠ざかってしまうので、やはり「失われたもの」それ自体を語り直す必要がある。

 中世日本の琵琶法師が、あるいは古代ギリシアの杖持つ語り部たちがそうであったように、語ることは魂鎮めの行為である。同じように小生もまつろわぬ魂、疎外された魂を慰撫する語り手でありたい。世界とは物語だ。今失われようとしている物語、失われた物語を語り直し、語り継ぐことはできないか。いやまあできると思ってるから言うんだけどね。そして物語は語られた瞬間からフィクショナルなものとしてそこに存在する。でも他の物語が取りこぼしているものを、別のリアルを切り取ることはできるんじゃないか。いやはやしかし、これはやりだしたらライフワークになるな。

 なんかもう来年の抱負がなんとなく決まったような気がするな。嘘だけどな。とりあえず卒論終わってねえから年越せねえ。。年が明けてもしばらくはここも更新できるか怪しいが、生存確認として落書きでも上げとくようにしよう。。あとライブの覚書、途中までだがいくつか断片があるのでそれを上げよう。尻切れトンボだが。。試しにこの後フジのをあげておく。

 こんなところを見ている人がはたしてどれほどいるのか分からないが、とりあえず今年一年でここを見てくれた人、ありがとう。まあよかったら来年も。


  1. 2013/12/31(火) 23:47:05|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

火の鳥を殺す その6

 すぐには本の中から戻って来れず、疲れた目をしばたいているとチェスターがパンとスープを持ってやって来る。何か言いたそうだったが、結局黙ってそれを差し出す。ハルシオンは本を置いてそれを受け取る。

「ありがとう」

 チェスターは視線を逸らしながら曖昧に頷く。二人は静かに夕食を取った。スープは溶け残りがあったが、他はまあまあだ。焚き火の爆ぜる音が主役のようである。チェスターは今までになく穏やかに見えた。何か覚悟をしたようだった。そして待っている。

 食事が終わると、どちらからともなく後片付けを始めた。星影はない。闇夜である。焚き火の数を増やして照明にし、ギターを手に取る。チェスターはだらしなく丸めた背を伸ばした。絆創膏だらけの手を、ゆっくりと握って開く。

「死にぞこなったオレの時間なんか凍りついてしまえばいい。そうすれば生きていないのと同じだから。……でもそれは無理なんだろう。オレは歌うことにするよ。大事なものを手放すことになるんだろう。でもオレは望んで歌を選ぶことにするよ」

 サンバーストのテレキャスにピックが振り下ろされる。シンセのストリングスが鳴く。レスポールスペシャルのリフが転がる。リズムマシーンが小さな体で精一杯どっしりした音をひねり出す。ベースラインは鉄の塊のようだ。チェスターが歌い出す。抑えてはいるが、序盤で既に声が張り詰めている。全ての音が一体になって、次第に重力から解放されていく。サビで声が解き放たれた。声は真っ直ぐに飛び、突き抜けていく。

 何もない黒い空から、何か蒼いものが舞い降りた。小鳥に見えたが、しかしもう一度目をやった時には小鳥の姿はなく、代わりに一人の男が立っていた。彼の親友だ。

 チェスターとマックス・デミアンは向かい合った。デミアンは同じサンバーストのテレキャスを持っている。元々、彼がチェスターに譲ったギターだった。デミアンがはにかんで口を開く。

「やあ、どうも」

 チェスターは鼻をこすった。音楽は止まっていない。

「久しぶり……」

 それを聴いて、デミアンは苦笑する。

「ずっといたよ。……しかしまたこうして話ができるとは思わなかったな。またこうして話をすることができない日が来るとも思ってなかったけど。きみに何かものすごく言いたいことがあったような気がしてたんだけど、面と向かっているとなんだか敢えて言うことはあまりない気がするね。ただ忘れないでね。ぼくはずっといるからな」

 チェスターも笑った。

「忘れられるかよ。分かってる。……ごめんな」

 チェスターは左手に握った拳銃をデミアンに向けた。気付けばデミアンも右手の銃口をチェスターに向けている。

「きみは何も悪くない。ぼくがきみでもそうしたさ。ぼくこそ迷惑をかけて悪かった。でもきみが親友でよかった」

 笑顔だった。

「オレもだ。ありがとう。――ありがとう」

 引き鉄が引かれる。乾いた音が響く。リボルバーに込められた一発きりの銀の弾丸が、過たずにデミアンの体を貫き、チェスターの体を貫いた。デミアンの体が意志を失って地に斃れる。チェスターの体も同じように倒れた。ハルシオンが駆け寄る。

「おい!」

 上体を抱えると、チェスターは目を開けた。

「まだ死んじゃいないよ…… オレはまだ死ねないらしいからな……」

 胸に空いた赤黒い穴から血が流れ出している。口腔からも血があふれ出す。チェスターは焦点の定まらない目で、寂しげな微笑を浮かべた。

「歌にせずにはいられないくらい大きな出来事なのに、それをそのまま歌うことはどうしてもできなかった…… だから殺すしかなかった。オレはあいつを殺してしまった」

 涙が頬を濡らす。口からあふれた血のあぶくが顎を伝っていく。だが音楽は止まっていない。

「あいつを二度も死なせてしまった…… だけど青い鳥は……死んで……火の鳥になる……」

 ハルシオンはチェスターの視線の先を見た。デミアンの体が炎へと変わっていた。刹那ごとに色を変えながら、炎は翼を広げ、飛び立つ。

「火の鳥は死んでも生まれ変わるんだ…… もう滅びることはない……」

 美しい鳥はどんどん空の高みへ飛んで行き、遠くで星のようになった。それとともに音楽も遠ざかっていく。しかしどちらもいつまで経っても消えなかった。

「分かった。もうあんまりしゃべるな」

 チェスターは火の鳥から目を離さずに頷く。

「色々とありがとう…… 厄介事に巻き込んで悪かった」
「なに、お互いさまだ」
「新譜…… 出来たら送らせてくれよ……」

 ハルシオンはニヤッと笑った。

「楽しみにしてるぜ」

 チェスターも微かに笑って目を閉じる。何やら騒がしい。すぐ近くで蹄の音がした。二フィートもない所まで馬がやって来て、二人の男が駆け寄って来る。

「チェスター!」

 チェスターは心なしかきまりの悪そうな不機嫌顔になる。

「なんだ…… お前らか……」

 メンバーたちはチェスターを見て青くなった後、その言葉で頭に血を上らせたが、なんとか自制する。

「お前はそうやっていつも勝手なことばかりして、おれたちから距離を取ろうとする! おれたちはお前に必要以上に干渉したい訳じゃない。おれたちはお前の歌が好きだからバンドを組んでるんだぜ? ナメるんじゃねえ。おれたちはお前がどんなにロクでなしでも、歌がある限りついて行くし、歌のためだったら何でもする覚悟はできてる。……ここ数日、目の前にいるのに何もできずに指くわえて待ってるのは惨めだったぜ」

 チェスターは目を伏せた。

「悪いとは思ってる…… 感謝してない訳じゃない……」

 メンバーの一人が顔をくしゃくしゃにしてチェスターの頭を指ではじいた。チェスターはちょっとむっとした顔になるが、放っておいて三人は傷口を縛りあげて応急処置を施し、馬に乗せる。

「うちのバカが世話になったな」
 メンバーがハルシオンに礼を言った。

「礼もしないで悪いが、おれたちはこれから医者を叩き起こしに行かなきゃならないんでな」
「気にしないでくれ。しかしあの様子だと、治ったらおたくも忙しくなるぜ」

 ハルシオンがにやにやして言うと、メンバーは愉快そうに声を上げて笑った。

「だろうな。だが望むところさ。ありがとよ」

 楽団は去って行った。

 焚き火は燃え尽きて、最初の焚き火だけになっていた。急に静寂に返った荒野で、ハルシオンは空を見上げる。相変わらず星はないが、火の鳥は変わらずにそこにあった。





 
  1. 2013/12/24(火) 20:00:31|
  2. 短編
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

火の鳥を殺す その5

 まだ日の昇らないうちから起きて、ハルシオンは湯を沸かしコーヒーを淹れながら、ぼんやりとサボテンに降りた夜露を眺めていた。さっきから視界に痛みを伴って、微かな閃光が瞬いている。どうやら自分の目で見ているものではないらしい。自分ではないとすれば、残りはチェスターしかいない。動物たちとは感じが違う。ハルシオンはコーヒー片手にチェスターがうずくまるようにして寝ている所まで歩いて行き、しゃがみ込んだ。頭まで寝袋をかぶっていて、顔は見えない。ハルシオンはそっと寝袋をめくった。顕わになった顔は蒼白である。目は堅く閉じていて、唇がきつく結ばれている。

「なるほど。頭痛持ちか」

 ハルシオンは呟くと、コーヒーを置いてチェスターの荷物から抜いてあった薬入れを取り出す。カウボーイで体のどこも悪くない人間はむしろ珍しかった。ハルシオンも勿論その手の知識は多少ある。中身の半分近くは不健康な薬物だったが、目当ての薬もちゃんとあった。特殊な頭痛薬である。胃の薬もつけてチェスターに渡す。チェスターは薄目を開けて受け取ると口に押し込み、コーヒーで流し込んでまた目をつぶった。後は放っておいていいだろう。ハルシオンはチェスターのそばを離れた。

 無理やり食料を腹に詰めた後は、機材のチェックをする。移動中は埃っぽいので精密で繊細な機材はしっかり荷造りがしてあって、解くことはできないが、メインのギター何本かはいくらでもいじくれる。ハルシオンはシングルカッタウェイ(高フレットを弾き易くするため、ボディーに施されたカット処理。レスポールは一般的に高音弦側のみに施す)のレスポールスペシャルを、計八本所有していた。一見すると大した違いはないように見えるが、内部の配線や部品がカスタマイズされていたり、ヴィンテージのオリジナルモデルであったりとそれぞれが全く違う一本だった。流石にすべてのスペシャルを四六時中持ち歩く訳にはいかず、半分ほどはアッシュビルに持っている倉庫に保管してあった。

 ハルシオンはここ数日使っているメインのスペシャルを手に取った。この荒野で何日も酷使しているので、汚れもかなりある。弦は張り替えたばかりなのでそんなに酷くは傷んでいないが、ナット(ヘッドと指板の間にある、弦を食い込ませて張り詰めさせている部材)がかなり摩耗してきていた。この間、アッシュビルで馴染みのギター職人(スミス)に交換してもらったばかりなのだが。まだいくらかは持ちこたえるだろうが、今後の使用度合いによっては早めにどこかの街のギタースミスにみてもらった方がいいかもしれない。

 ボディーを磨いたり、一通りの手入れを済ませると、チューニング(調弦。音程を合わせること。チューナーを用いることが多い)し、ポロポロと弾き始める。これだけのことで時間はいくらあっても足りない。淀むことなくアルペジオとリフのうねりが流れていく。ハルシオンは頭を垂れて、その中に没頭した。

 我に返った時には頭痛の波長はほとんど消えていて、鋭い響きが耳を貫いた。ハルシオンはギターを弾く手を止め、チェスターの方へ歩いて行く。

 チェスターは起き上がっていて、寝袋の上に腰を下ろしていた。少し腫れた両手で顔を覆って泣いている。正面まで来て、ギターを抱えながらしゃがみ込んだハルシオンを、指の間からギラギラした目が捉える。

「またそうやって近づいて来る…… 放っておいてくれよ…… オレと同じになるのはやめてくれ。あんたはオレじゃない! 出てけよ…… なんで居るんだ…… 独りになりたいんだよ…… 泣いてる時くらい放っといてくれよ……」

 チェスターの震えた声が凄まじい切れ味で所構わず突き刺さる。

「悪いな。だがここはあんたの響きが強すぎて、自分からは出て行けないんだ。どうやら、入りたくても入れないやつもいるみたいだが……」

 ハルシオンはちょっと緑色の目で遠くを見て言った。

「でも俺を入れたのは関係ないやつならいいと思ったからだろう? どこかで独りでいたくないと思ったからじゃないのか。泣いたっていいんだぜ。俺も少しは支えてやるから、したいようにすればいい」

 チェスターは口をへの字に曲げて、子どもみたいにポロポロ涙をこぼしながら、頭をかきむしった。

「ホントは意地張ってるだけなんだ。分かってても感謝できないんだ。そういやバンドのメンバーにもいつも悪態ついてばっかりだ…… 悪いな。こんなクズ野郎のお守りさせて悪いと思ってる…… 皮肉を言ってるんじゃないぜ…… これはホントだ……」

 チェスターはうつむいた。

「分からないんだ。考えるよりも先に涙が勝手に出る。何も分かってないのに。考えても考えてもちっとも分からない。だんだん意味もなく怖くなってくる。これだけ考えてるのに、全く分からないんだ、体ばっかり大きくなっても全然心は大人になれなかった、そのツケが今来てるんだ、あいつの方がずっと大人だった! どうしよう、何もできないんだ、何も!」

「それは違うな」
「えっ?」

 ハルシオンの穏やかな声に、チェスターは虚を突かれたような顔になる。

「そんなのは誰が考えたって絶対に分からない問題(こと)だ。あんたはそれについて考え込むことで思考停止して逃げているだけじゃないのか。考えるべきことは他にあるだろう。あんたに出来ることはあるはずだ」

 言っていることは厳しいが、声の響きは柔らかいままだった。チェスターはその言葉を聴いて、険しい顔で考え込む。ハルシオンは無言でチェスターの手を診ると、食べ物をいくつか置いてそばを離れた。

「飯は食えよ。食わなかったら何もできないからな」
「しつこ――…… 分かったよ」

 チェスターは顔をしかめながら、嫌そうにもそもそとパンを口に運ぶ。ハルシオンはそれを見て、真面目くさった顔でしかつめらしく頷いた。チェスターは腹にものを詰めながら、思考にもぐっているようである。ハルシオンは構わずに、前の街で買った漫画(コミック)の、派手な色で刷られた粗悪な紙をめくり始める。何気なく読み出したはずが、いつの間にか引き込まれている。ハルシオンは無意識に正座した。一緒に買ったほかのコミックやペーパーバックも、どれも彼は大変面白く読んだ。大抵の人なら暇潰しに読み飛ばしてあくびでもするようなものだったが、ハルシオンは丁寧にじっくりと読む。そのうちに文字が判読しづらくなってくる。変に思って顔を上げると夜だった。日の光はもう西の端に残っているだけで、焚き火が赤々と燃えていた。


  1. 2013/12/24(火) 19:00:02|
  2. 短編
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

火の鳥を殺す その4

 翌日も日は高く昇った。朝食もそこそこにギターが鳴り響く。地平線から幻のように線路が伸びてくる。車輪に削られ、冷たく光っている鋼の色を肌で感じた。次第に遠くから重い鉄の塊が疾駆する、鈍い地響きが伝わってくる。汽笛が鳴る。機関車が姿を現した。長大な車体を半ば、絶え間なく吐き出している真っ黒な煙に溶け込ませている。機関車自体も煤のように黒い。その中ほどにマックス・デミアンの姿が見えた。窓から身を乗り出している。列車は間の空間をすっ飛ばすように距離を縮めていく。もう元のかたちを失ったカウボーイが、失ったかたちを取り戻して近付いて来る。真剣な顔だ。何か言っている。その声を轟音が掻き消す。同じはっとした顔で、生き残ったカウボーイと生きられなかったカウボーイがすれ違う。悔しさのにじんだ泣き出しそうな顔で、去っていく列車から身を乗り出して死んだカウボーイが強い視線をこちらに向ける。あっという間に汽車は地平線の先へ消えていった。歌も終わった。チェスターは呆然と立ち尽くした。

「オレは……」

 チェスターはうつろな目で頭を抱えていたが、ぽつりと言葉をこぼした。

「オレはあいつが死んだというのがどうしてもよく分からない。それなのに…… それなのに、超えられない決定的な違いをどこかではっきり理解してるんだ!」

 声が次第に怒気をはらんでいく。

「これは一体何のための歌だ! 死者を呼び戻すこともできない! ましてや死者を慰めるものでもない! 感情に負けて、歌い切ることもできない! こんなものは歌じゃない! 歌う力しかくれなかったくせに、歌すら奪うのか? ふざけるな!」

 チェスターは黒いストラトのネック(ギターの棹に当たる部分)を掴み、地面に振り下ろした。ネックに大きなひびが入り、ボディーが割れる。ありったけの力で何度も叩きつける。ブリッジ(ボディーで弦を留めている駒)は歪み、ピックアップ(振動を電気信号に変換する装置。ボディーに埋め込まれている)は飛び出し、つまみが弾けて頬をかすめる。ネックは無残に折れ、ボディーは凹み、裂けて、かろうじて弦だけで繋がっている。チェスターは弦を引き千切ろうとボディーを押さえ、ネックを思い切り引っ張ったが無理だった。怒りにまかせて、ネックも地面に叩き捨てる。ハットを撥ねのけ、頭を掻きむしりながら狂ったように泣き出す。ギターの破片で傷ついた両手は血に塗(まみ)れていた。空もかき曇る。寂寞とした大地には、気休めの慰めも何もなかった。

 ハルシオンは座ってただそれを感じていた。彼は何もするつもりもなかった。ただ石ころのようにそこにいた。何時間かすると、チェスターは――少なくとも行動の上では――いくらか落ち着きを取り戻し、今は表情の抜け落ちた顔で煙草を吸っている。今度は自分の肺を痛めつけることにしたようだった。燃え尽きた灰がポトポト落ちる。蒼白い肌の中で、目のまわりと鼻の頭だけが赤くなっている。寒そうな顔だった。瞳は濁っていた。太陽もあれから一向に顔を出さない。たまに素っ気ない風が吹いた。煙草の吸い殻だけが、汚く荒れ地の上に残っていく。

 そのうちに日が暮れた。ハルシオンがゆっくりと動き出して、一日を終える支度をする。だがそれも星の動きや風の動きのように気配がなく、チェスターの気を引くようなことはなかった。支度を済ませると、それぞれ焚き火のそばでぼんやりした。チェスターは吸い殻の山をもうひと山作った。ハルシオンは焚き火の世話をし終わると、横になった。やはり夢は見なかったが、見なかったことそのものが夢のようでもあった。



  1. 2013/12/24(火) 18:00:23|
  2. 短編
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ