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超新星 あの超新星 寂しいのは分かるけど

 アンディモリが解散する。まったくバカヤロウである。6月26日に最後の新譜を出し、9月に武道館で解散ライブをやって、サヨナラだ。公式サイトのあんなコメントだけでは何も分からない。でもなんなんだろうな。とりあえず、コメントには次の予定が決まっている人が、軽くひとつ前のプロジェクトに触れたような空気を感じた。あのPVはあざといな。もともとアンディモリは作られた人工的なバンドだ。一人の服屋がピストルズを作ったように、一人のカメラマンがアンディモリを作った。だから多分彼らはアンディモリという枠にそれほどこだわらないのかもしれない。

 言われるまでもなく、音楽をやめそうな人間がいるようには見えないが、「音楽を辞める」以外のバンドを解散しなければならない理由には何があるだろう。ぱっと思い浮かぶのは不仲だな。。最近の小山田はどう見てもおかしいので、メンバー間の衝突は十分考えられるんじゃないか。岡山は穏やかだがちょっと繊細そうだから、もしかしたら合わなかったのかもしれない。最悪岡山が駄目でも、小山田には次もヒロシと一緒にやってほしい。でもこの3人が好きだったんだけどな。

 あるいはアンディモリは短期的なプロジェクトに過ぎなかったとかな。滅びの美学じゃないが、名を残したバンドの大半は流れ星のように一瞬だけ光って姿を消すものが多い。アンディモリをそういったバンドとして志向する人間がいたり、彼ら自身がそういったバンドに憧れていたとしても不思議ではないよな。でもバンドを取っかえ引っかえするようなミュージシャンは好きじゃない。ずっとやり続けているバンドはいくらでもいるしな。そしてその方がずっとかっこいいぜ。

 あと思いつくのはあれだ。バンドが解体する時というのは大きなエネルギーが生まれる。それが目的だったとしたらどうだろう。あの超新星のような、死に際のまばゆい光は確かに色んなことをどうにかしてくれる。だけどそれは切り札中の切り札なので、一度使ってしまったらまた次もと思うかもしれない。これに依存してしまったら終わりである。いや、どちらかというと依存しそうなのはミュージシャンではなくスタッフだな。バンドのセールス面での賞味期限は、一般的に非常に短い、かといって解散商法みたいなことをやっていくようになったら終わりだ。まあアンディではないと思うが。

 いやしかし、ここまで書くのも本当に嫌になるくらい無意味な文章だな、これは。。。まったく情報がない状態で書いた憶測に何の意味があるっていうんだよな。たぶん半分以上たわごとだ。間違って読んでも真に受けないでほしい。

 それにしても小山田、あんたはアンディモリという長い長いトリップを終わらせてしまって本当にいいのか。きっと死にたくなるくらいの虚しさが跳ね返って来るよ。ああ、知っている。どうせ途切れ目を作らないように、新しいトリップのためのドラッグはもう手に入れてあるんだろ。「ありがとう、アンディモリ」みたいな綺麗事は死んでも言ってやらねえよ。
  1. 2013/05/27(月) 23:49:51|
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2013524

 容赦ない日差しから逃れるように「赤黄色の金木犀」ばかり聴いている。あの曲に流れる冷えた空気を感じたかったのだ。射るような日の光に細められた目にも、じき陽炎が見えるだろう。

 19日のNHKホール、フジファブリックのライブは凄まじかった。ただ単純にいい新譜を出したいいバンドに対する期待感だけがあったはずなんだが、結果的にそれだけで観ることができなかった。志村の書いた曲を歌う山内の声に、うるさいほど志村の声が被さって来る。3人だけで作った曲にはその先にいる志村を意識してしまう。タオルを買っていて本当によかった。汚い顔を更に汚くしていたので、客電もずっとつかなければいいと思っていた。

 まったく、しゃべれるかさぶたともし会ったら必ずボッコボコにしてやろうと思う。何が「ここは任せとけ」だ。全然治ってないじゃないか。おまえはちっとも小さくならないし、それどころか時々勝手にずる剥けて血が出る。おまけにケンカの相手とは未だに仲直りできない。志村の死という喧嘩相手と。

 4年かけてまだできないとなると、向こう10年か20年は覚悟しないといけない。もしかしたら一生無理かもしれない。こればっかりはわかんねえな。誰か教えてくれたらいいのにな。

 小生は折に触れて或る詩を思い浮べる。口ずさむ。この詩に書こうと思っていることをほとんど書かれてしまったのでいつも困っている。詩人がこの詩だけ、こっそり隠しに仕舞い込んで素知らぬ顔をしてくれればよかった。そうしたら小生にも書けることがもう少しあった。


  疲れやつれた美しい顔よ、
  私はおまへを愛す。
  さうあるべきがよかつたかもしれない多くの顔たちの中に、
  私は容易におまへを見付ける。


 小生は詩人と同じように、多くの顔の中に彼と同じ苦しみや寂しさが刹那よぎるのを見出す。それは同じように寂しいことなのだろうか? 
  1. 2013/05/24(金) 23:30:30|
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生還


 いやもう全くチケットが取れなかったので、当日は何も考えないようにして、先輩と某大に潜入したり先輩を見詰めたり先輩と熱く語り合ったりと充実した一日を送った。ライブには行けなかったが非常に楽しかった。そして家に帰ってそそくさと五十嵐隆のソロライブについて調べ始めた訳である。

 PCの画面を追う目が次第に見開かれていく。これは! ボーカル・ギターは五十嵐隆、サポートには中畑大樹のドラム、ベースはキタダマキ。「Reborn」で始まり、「翌日」で終わったという。これは――これはsyrup16gじゃないか! 期待するなっていう方が無理だ! 箱が開けられ、音楽が飛び出して行った後には最早希望しか残っていない。

 そして会場に贈られた花は唯一、親戚一同と書かれたものだけ。ライブの主催はビンテージロックだったな。つまり、レコード会社や事務所はこのライブに一切関わっていない。五十嵐は、至近距離でバンドを蝕み続けたものと長い時間をかけて決別し、ようやく戻って来たのだ。これは幻ではない。今、くたびれた負け犬はその首に長年食い込んでいた枷から解き放たれた。5月8日、このように福音はもたらされたのである。

 依然として、五十嵐隆が進む道は灼け付くような過酷なものではあるのだろう。彼が今後すぐに活発に動き出すというのも難しいに違いない。彼はおそらく、とても大きなものを敵に回したのだ。けれども、これから彼のライブを観ること、彼の新譜を手にすることができる日が来るのだという夢は一気に現実味を増した。最早それは絵空事ではない。次は、きっと、ある。

 今際の際にそっと寄り添ってくれるような優しく、この世のものとは思えないほど美しいあの音楽を直に耳にする日のために祈りを捧げよう。ありがとう。




  1. 2013/05/16(木) 01:09:27|
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20130423メレンゲ その1

 いやはやまったく、最初の一音から目を見開いてしまった。一曲目は「声」、前にだって聴いたことはあるけども、こんなに声が張り詰めていたのは初めてだった。クボは真剣な表情である。緊張はさほどしていない。自然に意図して歌っているのが分かった。声がこれ以上ない鋭さを持っている。そのままの勢いで「カメレオン」が始まった時はどうしようかと思った。音源ではいくらか内に籠ったような歌い方だが、今日のこの歌は白刃が降り注ぐようだった。至近距離だ、もうとっくに切り刻まれている。曲が終わるとアイパッドの歌詞をめくる一瞬だけ残して「絵本」。ドラムだとか楽器はもう暴れる機会しか窺っていない。抑えてはいるが、こんなポップな曲の底で蠢いている。この曲のサビはいつもなんだか歌いづらそうな苦しそうな感じがあったが、喉の詰まったようなところはどこにもない。

 ここで何かMCがあったんだがあんまり覚えていない。

クボ:東京に戻って来ました・・・! 特になんかリリースした訳でもないのにツアーやってるんですけど。。。今回は曲をリクエストしてもらって。・・・聴きたい曲を、僕らも聴きたい。

タケシタ:えっ? どういうこと?笑 

クボ:・・・みんなの聴きたい曲が、何か聴きたい。笑 

みたいなことは言っていたかもしれない。とにかくMCは平常運転である。アコギに持ち替えて静かな弾き語りから次の曲に入る。「タイムマシーンについて」だ。鋭い。大サビの「ホントにそうだ! ボクは弱い人だ」というところは音源のように強く歌うのが個人的には好きだが、ふっと弱く歌っていた。だがそれもいい。ステージの上の彼らは、その日観た誰よりもはっきりと鮮やかに観えた。ぱっとイメージを変えていく照明の色彩が映えていた。

 続いてゴツい音でポップなイントロが導き出される。「魔法」だ。薄いナイフのような声で歌うから、こんなポップソングでも物凄いロックチューンになる。最後のワンフレーズはぱっと弾き語りになり、「もっと近づけるように」というところで伸ばして溜めた後、うまくいかなかったのか、カーディガンの袖で汗をぬぐい妙な照れ笑いをして、「君を好きでいたいな」と歌い終える。

 次の曲は「ルゥリィ」だった。ギターソロのところでクボが噛みながら「達身!」と声を上げる。しかし良い。良過ぎる。まるで自分の好みを全て見透かされているんじゃないかと錯覚しかけた。今日のライブは良い意味でおかしい。クボンゲを観る。クボは胸の痛そうな顔をして歌っている。まあでもタケシタのあの服装は望んじゃいないな。うん。ちげえ。なんかちげえ。

 このあたりでもちょっとMCがあったような気がするんだがやっぱりあんまりよく覚えていない。まあ息切れしたクボが汗を拭いて水を飲んだりギターを持ちかえたりしてチューニングを合わせる合間に、フリーズしながら何かを言ってタケシタに突っ込まれたりしていたんだろう。平常運転である。

 蒼いテレキャスに持ち替えてアルペジオから始まったのは「君に春を思う」だ。いや、なんかもう頭の中が「July」でいっぱいで一瞬「July」か?と思ってドキドキしたりなんか決してしていない。してないぞ! しかし高音が実に綺麗に出ていて素晴らしかった。次の曲は「アオバ」。かなり久しぶりである。1年ぶりくらいか。その後が「8月、落雷のストーリー」だったので、2011年3月5日のリキッドを思い出した。あっちは「8月、落雷のストーリー」の方が先だったっけか。思い出深いライブである。「8月、落雷のストーリー」のグリッサンドがなくて寂しかった。

 クボがギターを持ち替える。明転してMCをするんだなと分かる。

クボ:聴きたい曲、聴けました?笑 

タケシタ:めっちゃ首振ってる人がいるね。。苦笑 

クボ:もう帰ろうか。ウソウソ。

それから「これから盛り上げていくんで」みたいなことは言っていたかもしれない。

 ギターやシンセの音が緊張した空気と共にひたひたとハコを満たし、世界を作り上げていく。イルカの鳴き声のような音が深海のような藍色の空間を泳いでいく。「きらめく世界」だ。中盤、「胸の奥で響き合う 胸の奥同士のグラデーション」というところでディレイマシンを使うのだが、そこが非常によかった。あの空気の響き方。今まで聴いた中で最高の「きらめく世界」だったかもしれない。その勢いのまま「忘れ物」に入る。油断なんかしていないのに懐に入られているような気持ちだ。殺されそうである。もうこの頃にはドラムなんかタガが外れていて、楽器は猛獣のように猛り狂って物凄い音圧をぶちまけていたが、ボーカルはそれに全く負けていなかった。いつももうちょっと食われてたと思うんだけどな。

 クボがギターを持ったままシンセの前に移動する。左手でボコーダーのスイッチを入れる。同期音が響き渡る。「ミュージックシーン」だ。ボコーダーがかなり強くかかっている。一番を歌い終わると、クボは再び中央に戻ってギターを弾き始めた。一気に加速していく。音源の突っ張ったような歌い方とは違う。ライブ後半ともなれば尚更だが、サビはいつもつっかえたようだったが、この日は本当によく出ていた。いつもこうなら最高だよな。これからずっとこうだったらいいよな。


  1. 2013/05/04(土) 21:16:24|
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