inkblot

Qu’est-ce que c’est?



 こんな夢を見た。

 私は酸の海のほとりに立つてゐる。
辺りは蒸発した酸が霧となつて漂つてゐるので随分と目を遣られた。
仕方無いので私はゴオグルを掛けて酸の海を眺めた。

 酸は鮭の如く赤みがかつた鮮やかな桃色をしてをり、其処に一〇〇平米もあるやうな白い布が浮かんでゐる。

 ハテ、何故あんな所に布が?

「へえ、手前どもはああして布を作つてをりますんで」

 慌てて隣を見れば、何時の間にか酷く醜いせむし傴僂の男が私を見上げてゐる。

「其れは一体如何いふ意味?」

 傴僂はいやに明るい鳶色の目でニタニタし乍ら私を見た。

「埋められたばかりの、まだ白い経帷子がシヤンとした仏を機械に掛けると汁が出来ます。其奴をソウツとあの酸の海に流し込んでやると、汁が酸と何ヤラ化学反応を起こして固まるんで。手前どもの布は中でも物が良いから好く売れます」

 さう云つて慇懃に一礼すると、又ニヤニヤした。
傴僂からは何だか不快な印象を受けたが、私は成程然うかと思つた。

 私はもう一度酸の海に目を向けた。水面から立ち上る蒸気は宛ら湯気のやうである。

 然う云へば、私はこのやうなソツプを前に食したことがあつたものだ。あれは確か此処より少おし南へ行つた所の島であつたなあ。ちやうど此れのやうに鮭みたく赤みがかつた鮮やかな桃色をしてゐた。朦朦と湯気が出るホド熱々で、味は甘辛くて猶且つ酸つぱい。具は何も入つてはいなかつた。植物のやうな動物のやうな味。摩訶不思議だが、大変美味であつた!

 私は酸の海のほとりでそんなことを考へてゐた。







                                     了
  1. 2009/09/28(月) 23:51:53|
  2. Strange Javas
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

I Don't Care.

 信じるということは難しい。

 この間、前々からこよなく聴いていたバンドの醜聞が囁かれた。突拍子もないが、否定もできない。醜聞としてはありがちな類のものだった。そもそも、ミュージシャンというのはアーティストといっても、芸能人であるし、醜聞がついてまわる宿命といってもいい気はしていた。

 だが私は困った。自分は基本的には何でもかんでも信じていたい人間だ。しかし、何といっても小心者だから、自分の想像と実像との間に決定的な溝があったりなんてしたら、自分はこのバンドをあっさり見捨てるかもしれないなと懼れた。何度もライブに足を運んだあのバンドを。そしてあれほど聴いていたあの曲達を。もう、醜聞自体はどうでもよかった。

 数日を懼れ、考え続けて過ごした。自分は彼らをそんなことをしない人間だと思っていた。だから、安心して信じられたのだ。自分は彼らを『汚れた』と感じるか。自分は『汚れた』彼らを信じられないのか。そうであれば、本当に汚いのはどちらだろう? そんなことを考えながら、彼らの曲はつらくて聴けなかった。

 それからしばらくして、ボーッと音楽チャンネルを見ていたら、不意にそのバンドのPVがかかった。憂鬱だったのは最初のうちだった。自分の耳まで届いたその曲は、それでも輝きを失ってはいなかった。今まで通りの彩りと、熱を持って自分に届いていた。

 醜聞にまみれたバンド、その曲に対する自分の気持ちは変わっていなかったのだ。自分はこの曲が好きだ。この気持ちさえ揺らがなければ、他はどうだっていいじゃないか。

 そう思うと同時に、バンド自体も気にかからなくなった。ある作品が世に放たれた時、その瞬間から作品は完全に作り手から独立してしまう。曲達がバンドの付加価値なのではなく、バンドは曲達の付加価値なのだ。

 信じるということは難しい。何故なら、疑うことが生物の本能だからだ。

 目の前のエサを怪しいと思わなかったら、魚は釣り上げられてしまうし、目の前の生き物を敵だと疑わなければ、次の瞬間には食われているかもしれない。

 だから、信じるということは大切なのだ。疑うことは動物の本能である。信じることは人間の本能だ。

 そう考えると、何だか安心してしまった。何も難しいことはなかったのだ。


さあて、絶叫仮面でも買いに行きますか。

  1. 2009/09/12(土) 23:28:19|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

大人の科学


学研が憎い。大人の科学! あれはれっきとした不良品である。


 どんな書店を覗いても、それは必ず隅に積み上げられている。何故かあれを目にすると、燃えずにはいられないのだ! 視覚面において何か特殊な細工が施されているにちがいない。おそらく、客の購買意欲を飛躍的に上げる、サブリミナル効果を応用したものであると私は推測する。

 ここで仮に、学研が悪用した科学の力に惑わされて、ほくほく顔で「ベルリナー式円盤蓄音機」なんぞを大事に抱えて家に帰ったとする。あなたは箱の内容物を見て、希望が崩れ去っていく音を聴くことになるだろう。

 見ると、台座は確かに金属製のどっしりしたものである。しかし一体何であろう、この紙コップとちっちゃいどん兵衛のカップみたいな発泡スチロールのきれはしは? それでも気を取り直してなんとか組み立ててみよう。もし、組み立てる際に部品を破砕してしまう危険のある人は、大事をとってそのあたりに居る手先だけは器用な隣人を捕まえて作らせてみよう。

 とりあえず完成したベルリナー式円盤蓄音機を見て、あなたは感慨もひとしおだろう。説明書によれば、同梱されていたぺらいプラスチックのシートをセットして、好きな音を録音し、再生することができるらしい。あなたは輝かしい第一号をどんな音にするか考えあぐね、2時間ほど浪費した挙句、飼い犬の無駄吠えで試してみることにする。スイッチを入れた途端、シートは力強く回転する。そしてその上を針が音を刻み込んでいく。

           ・・・

 それから大体1時間もしないうちに、ベルリナー式円盤蓄音機らしきものはゴミ箱に叩き込まれていることだろう。たしかに「ベルリナー式円盤蓄音機らしきもの」は「ベルリナー式円盤蓄音機」としては機能しなかったかもしれない。だが、これまで彼はあなたに感動と興奮と少年時のようなわくわくを与えてくれた。それだけでも十分ではないだろうか? まあ、問題はそれが6000円だか7000円の「感動と興奮と少年時のようなわくわく」だということなのだが。

 学研許すまじ! 大人の科学など二度と買うものかと、「ベルリナー式円盤蓄音機」にいたく傷付いた私は、傷心を癒すべく店頭で見かけた新たな商品を購入した。


 大人の科学マガジンである。


 大人の科学マガジンの良い所は、安価であることである。安価ゆえに、「付録」のピンホール・カメラやらプラネタリウムやらテルミンやらは、構造がシンプルに設計されており、組み立てられないということはまずない。安心である。今度こそ、失敗はない。

           ・・・

 おのれ学研、許すまじ!!! プラネタリウムは結局電気スタンドになった。テルミンは善意の手助けを得て、組み立てまでは完成したが、チューニングが合わせられず、しょうがないので何かの祭りでお化け屋敷をやった時に効果音として活用した。ならば組み立て不要であれば問題なかろうと「探偵スパイセット」購入した。あれはなんと言うか、それ以前の問題であった。


 もう二度と学研の商品を買ったりはしない。もう「科学」にはこりごりだ。更なる癒しを求めて、今はホウネンエビの飼育キットの購入を検討している。

  1. 2009/09/01(火) 23:11:52|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0