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His Kingdom

 オレはある日こんな夢を見たんだ。

 なんだかしらないけど、へんな森を歩いてる。だけど、その森がほんとにへんだった。なにもかも全部が氷でできていたんだ。木も草もぜんぶ透きとおっていて、アートだったらよろこぶかもしれないけど、着てるのはパジャマだけで靴なんかはいてないし、足がつめてーのでオレははやくここからぬけたいとしか思わなかった。

 ふしぎと音はしない。サクサクと草をふんであるいているのにだ。ただ、耳にくいつくような嫌なかんじの無音じゃなかったから、オレはあんまり気にしないことにした。
 
 そういえば吐く息も白くないけど、夢だからべつにいいよな。そうおもいながらまっすぐ歩いていると、ふいにひらけたところに出た。たくさんの氷の動物たちが誰かが寝ているベッドを、身じろぎもせずに取り囲んでいる。

「あ」

 目をこらして見てみると、ベッドにねているのはアートだった。オレは動物たちをよけながらアートのところへ向かった。なかには見たこともないようなへんな動物もいたりして、よくできてるよなとおもいながら、ためしにちょっと鹿のつのにとまっている小鳥をつついてみたら、それは一瞬でこなごなに砕けた。オレはかたまった。しばらくして、ドキドキしながら、鹿のほうにもさわってみた。やっぱりこっちも、さわった瞬間に跡形もなくこわれて消えた。オレはまたちょっとかたまった。
 
 キレーだけど、なんかおかしーんじゃねーかな? くびをふりながら氷のベッドにたどりつくと、オレはベッドに包まれるように寝ているアートをそっとゆりおこした。

「アート、おきろよ。どっかちがうトコいこうぜ」

 アートは目をさまさなかった。かわりにベッドのそばにはえている花がゆれた。

「やだよ、ニコ」

 声はねむりつづけているアートのかたわらの花からきこえていた。また花がゆれる。

「ずっとここにいてもいいじゃないか」

「ダメだよ。ここ、すげーへんじゃん。なんでもすぐこわれちゃうし、うごかねーし、色ねーし。オレやだよ。アーサー、はやくあそびにいこーぜ」

 ベッドの中のアートが寝苦しそうに少しまゆをひそめたように見えた。

「なんでさ。ここには失われていくもののかなしみと美しさがあるよ。僕はここにいたいんだ」

「でもダメだよ」

「でもいやだよ」

 そうこうしているうちに色のない空から白いものがふってきた。雪だ。まったく、へどがでるよ。

 オレはそばの花をにぎりつぶした。その瞬間、アートはぱっと目をさました。そのままベッドからひきずりおろすと、アートの手をつかんでオレはふりかえりもせずにはしった。
 
 氷の森は音もなく崩れはじめていた。アートはびっくりしたように大きな声で泣き出した。

「おまえ、ここにはかなしみと美しさがあるっていっただろ? でも、ここにはそれしかないんだよ。おかしいぜ。ほんとの世界はもっといろんなものがあるじゃないか。こんなトコにずっといちゃいけないんだよ」

 でも、この世界の出口にむかって走りながら、崩れていく世界にかなしげに響いているアートの泣き声をきいて、オレは自分がしているのはただのおせっかいなんじゃないかとちょっとにがにがしい気持ちになったんだ。




                                                                                                                     end
  1. 2009/05/29(金) 23:18:34|
  2. etude
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桃黍貴賤

 ある時、孔子は哀公の傍に控えて座っていた。そこに哀公は黍(きび)と桃をお与えになった。

「どうか召し上がれ」

 孔子はまず黍を食べ、その後桃を食べた。有り得ない行為である。何故有り得ないかは後に述べる。とにかく、それを見た公の側近たちは「あんな有名な人が!」と多少困惑しつつも、やっぱりおかしかったので口を覆って忍び笑いした。もちろん、哀公にはそんな余裕はなく、慌てて孔子に言われた。

「黍は桃をこすって皮を落とすためのものですよ。食べるためのものではありません」

 当時はそれが当たり前の習慣だったのである。かの有名な孔子がそんなことも知らないとは。今で言えば、フィンガーボールの水を誤って飲んでしまうようなことをあろうことか宮中でされれば、このような人々の反応は至極もっともである。それに対して孔子は答えた。

「丘(きゅう)は存じております。しかれども、黍は五穀の長(おさ)であり、祭事や先祖のみたまやに供える最上の供物であります。それに対して、桃は六つの果実の最下に位置付けられており、祭祀や天地、祖先を祭る儀式にも用いられません。

 丘は有徳者は賤(いや)しいもので貴いものを拭うと聞いています。ですが、貴いもので賎しいものを拭うというのは聞いたことが御座いません。最前のように貴い黍で以って賎しい桃を拭うということは、上位のもので下位のものを拭うということです。

 そのようなことは丘めが唱えております教え(儒教)の妨げとなり、道理に害をなすと私めは思うのです。それ故、進んでしなかったのです」

 それを聞いた哀公は一言、

「良いことを言うなあ」

 と言われた。






* 孔子…名は丘、字は仲尼(ちゅうじ)。丘という名は、生まれた時頭がでこぼこしていたところから来ているのだという。実に適当な親である。

* 哀公…魯の第二十五代君主。孔子の晩年の君主である。

* 「そのようなことは丘めが唱えております……」 儒学は上下の秩序を重んじる学問であったため、この時孔子は若干キレ気味だったという。


                                                                                      
(出典: 『孔子家語』<巻第五 子路>)
  1. 2009/05/22(金) 23:14:36|
  2. 古典漢籍
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Crème Caramel

 僕がいくらミヒャエル・エンデについて話しても、彼は足をブラブラさせて、生返事を繰り返すだけだ。
多分今、彼の頭はライプニッツやスピノザのことで一杯なんだろう。

「今から僕が言うものが何か、当てられる?」

 僕の話があらかた終わると、おもむろに彼はそう言った。

「さあ。とりあえず言ってみて」

 僕は肩をすくめて答えた。彼はいつも唐突だ。

「そうだね。まず……」

 一体何だろう? 抽象的なものだったら、あんまり自信がないな。

「まず、それを嫌いな人はそういないだろうな。みんなに愛されているんだ」

 彼はニコニコして言った。ふむ。それだけじゃまだ難しいな。

「それで?」

「それで、それはとても繊細なんだけど絶対に誰かを裏切ったりはしない。不思議な感覚だよ。まるで、ひとつの世界のように完璧で、完結している。もっとも、崩れなきゃの話だけど」

 楽しそうに誇らしげに話すところからすると、多分食べものだろうな。
彼は哲学と同じくらい食べものが好きなんだ。

「なるほど」

「ついでに言うと、あれを大きく作るのは無粋だね。あれの良いところが消えちゃうからさ。あるべき大きさが一番いいよ。もちろん、何だってそうだけどあれは特にね」

 満足そうに、彼はそう言い終えた。彼の方からはそれで終わりのようだった。
彼とナゾナゾをやるのはこれが初めてじゃない。コツはなんとなくつかめている。たぶん、あれだ。

「分かったよ。プリンだろ?」

 彼は甘いなあと言いたげな顔をして僕を見た。


「クレーム・キャラメルだよ」

                                                                              end

  1. 2009/05/18(月) 01:27:31|
  2. etude
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The land that without a gun or sword


「まるごしの国を知ってる?」


「いいや。なんだよそれ」


 春になりかけたあたたかい日、木陰で小ぶりのリンゴをかじっている時に、ニコデモはアートからそんな話をきいた。


「世界のはずれの方の海に浮かぶ、ちいさな緑色の島さ」


 早くもアートが目を輝かせているので、またいつものが始まったとおもいつつ、ニコデモはリンゴをかじりながらだまって先を促した。


「彼らはほんとにまるごしなんだ。彼らは武器をまったく持たない。憲法も政治家もあって当たり前の便利な機械も、財産もない。つまり、他国との交流もまったくといっていいほどないってこと。

 何しろ自分にとってまったくメリットが生まれないから、自分のものにしようと考える国がないんだ。昔、あの国とそのまわりの海に利用価値のある資源があるかどうか、大国がこぞって調べたことがあったけど、笑っちゃうくらい何もなかったよ。あの国でとれる穀物もけものもくだものも魚も、みんなあの国がやっていけるぴったりの量しかないんだ。そこに住んでいる人たちは小柄でずんぐりしていて、物事には動じない。いちど、彼らのつくるシンプルで美しい織物に世界が注目したことがあったけど、そんな時もかおいろひとつ変えなかった。嵐は一瞬で過ぎ去るってことをちゃんと知ってたんだ。

 あの国はそこらじゅう山と草原でね。じゅうたんみたいにふかふかした草っぱらに寝っころがって、流れる雲をぼうっと眺めるようにのんびりと暮らしている。

 あの国の言葉をしゃべれる人は世界じゃそんな多くはないけれど、聞くところによると、語彙の豊富な美しい言葉らしい。それで物語をいっぱいつくる。数学も、戦争だとか工業だとかにはそうそう役に立たない、独自に発展させた高度なものがあるらしいね。あの国には金も銀も宝石もない。だけどたしかにあの国は美しい。

 その国は、役立たずの国とも呼ばれている」


  うっとりとそう言うアートを見ながら、そんな国がほんとうにあるのかどうか、ニコデモは懐疑的だった。



                                                                        END
  1. 2009/05/10(日) 23:48:28|
  2. etude
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Welcome Stranger

Welcome StrangerWelcome Stranger
(2009/02/18)
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 最近、よく聴いているアルバム。洗練された美メロポップ・エレクトロ。男性アーティストながら、曲によっては女声っぽく聴こえたりするのも面白い。寝る前に聴くのにちょうど好い心地良さがあるのに、どこかサッドなサウンドが不思議。

  1. 2009/05/06(水) 23:47:35|
  2. 音楽
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