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密室ではない室内でのマクガフィン二個の消失

いきなりですが、弟が中二の時に文化祭の出し物用に書いてやった台本です。なので中二っぽいつまらなさが満載。

2本書かなきゃいけなかったので、ふたりで〆切前夜に遅くまで並んで書いてました。書き終わった後、弟がいつまで立っても書き終わらず、やつが終わるまで眠らせてくれなかったこともいい思い出です。

文化祭を見に行った時、役名を間違えて呼んでたこともいい思い出です。これ、上杉氏の分家本家から取ってるんですけどね、役名。分かる人が誰一人いないのがせつないす。

後は劇部の弟が、ぶっちゃけ素人の子より下手だったのもいい思い出です。







密室ではない室内でのマクガフィン二個の消失


概略
タイトルの通り、密室ではない部屋で、五人がテレビを観ている間にマクガフィンが消える。その間、トイレに行っていた一人が簡単に犯人を当てる。しかし、『探偵』はテレビ観たさになかなか根拠を説明しようとしない。

配役
・探偵(上杉)…ずっと頭かいてる。空気読めない。
・犯人1(山内(やまのうち))…指をこする。不敵。
・犯人2(扇谷(おうぎがやつ))…口元をさわる。特に何も考えてない。
・A(加々爪(かがつめ))…足をぶらぶらさせる。何も考えてない。
・B(勧修寺(かじゅうじ))…メガネを気にする。委員長。

舞台・道具
 勧修寺君の部屋。中央に円形のテーブル、その奥にテレビがある設定。テーブルの上は最低皿一枚を置いてちょ。コップやなんかは自由。そこだけ押さえとけば他はなんでもいいっす。テレビ、リモコンはどちらかといえばマイム推奨。マクガフィンを入れる小箱(紙製)はマストで。
注意点
・役者は特に指示されていない時も、各々の役の癖を意識的に(飽く迄も)さりげなく、全編を通して定期的に繰り返すこと。
わざとらしいとちょっと困るんで夜露死苦。
・扇谷と加々爪はバカなので、自分達の台詞がない時(主に勧修寺と山内が会話している時)はつまんなくなっちゃって、二人でふざけてる。
・なんかやりにくい箇所があったらケンカ売りに来てください。買います。じゃなくて、変えます。当方、臨機応変に対処致す所存です。




本編
 四人、真剣な表情で中央に立っている。沈黙。やがて、一人が口を開く。

扇: 問題は、(さりげなく口元を触る)誰がやったかってことだ。

 三人、うなずく。

加: (さりげなく足を動かしながら)フーダニット!

勧修寺(はしぶい性格)、つっこむ。

勧: 別に英訳しなくていいよ(メガネを押し上げる)

山: けど、この中から犯人を探し出すのは不可能だろ(さりげなく指をこする)。

勧: そうなんだよなあ(メガネ)。

 三人、腕を組む。そこにちょうど上杉がハンカチ片手に頭をかきながら(マジでかゆそう)下手から入ってくる。

上: やっぱこの時期に生牡蠣はヤバかったかー。おー、どうしたの、みんなで面白いかおしちゃって。
 
 四人、とっさに変顔。

山: いやあのね、お前がトイレに行ってる間にさ、この中の誰かが食っちゃったんだよ、マクガフィン(さりげなく指をこすりながら)
 
 上杉、頭をかきつつ、客席に背を向けながら舞台中央にあぐらをかいて座る。

上: ああ、わかったわかった。山内と扇谷だろ? 道理でなー。(一人で頷く)そうだと思ったんだわー。

 ほかの四人、呆然としている。しばらくして、加々爪・勧修寺の視線がゆっくりと山内・扇谷に向けられていく。

勧: おい上杉、お前が言ったことは本当なのか!?(メガネ)

 上杉、テレビのリモコンをいじりながら(頭かいてる)

上: んー? そうだよー。

 山内・扇谷、急に土下座。

犯人: すいませんでした!

加・勧: えーっ!?

 扇谷、顔を上げる。

扇: だって食べたかったんだもん!

 山内、特に許しもらってないのに勝手に立ち上がる。

山: 持ってきたのお前だろ。自分ちで食えよ。

勧: (若干キレ気味に)お前も食ったくせに何言ってんだよ。

山: (当たり前の顔で)俺は全てに於いてナンバー・ワンの男だからな。

勧: 生徒指導の数がか。

 山内、ちょっと得意げに頷く。

山: そうそう、指導が……はっ!(ショックを受ける)

 勧修寺、山内は無視して上杉に向き直る。扇谷もいつの間にか立ち上がっている。

勧: それにしても、上杉お前、何で分かった!?

 上杉はテレビを見ていてそれどころではない。

上: (爆笑しながら)おいおい、のぞきかよ!

 沈黙。冷たい空気が流れる。一拍おいて、

勧: もういい(メガネ)。

 場の流れとかいかにもどうでもよさそうに、扇谷は加々爪に謝る。というか、基本こいつらは犯人探しとかそんなに興味ない。

扇: ごめんな、ほんと。

加: (ちょっと照れくさそうに)別にいいよ、気にすんなよ。

扇: うん(ちょっと嬉しそうに)、ありがとな。

 山内・勧修寺、バカ二人を無視。

山: ちょっと整理しなおそうぜ。

勧: おまっ(食った張本人に仕切られて、ちょっとカチンと来るが抑える)、いい。それもそうだな。整理しよう。俺たちは今日、俺の家で『バック・トゥー・ザ・フューチャー』全三作大鑑賞会を予定していた。

山: (後を継いで)そう。そこへ扇谷が土産にマクガフィンを持ってきたのが、事の始まりだった。

 バカ二人はそれまで楽しそうに語り合っていたが、

扇: マクガフィンって結構高いのな。ゴデバよか全然高かったぜ!

加: (残念そうに)そうなんだよ、だから楽しみにしてたんだけどな。というか、そもそもの問題は扇谷が持ってきたマクガフィンが二個しかなかったって事なんだよな。

勧: (頷いて)進めるぞ。まず、今日の鑑賞会は全員の精神統一から始まった。その後、このテーブルを挟むようにして座って、映画を見始めたんだったな。すぐにウチの親がジュースとお菓子とマクガフィンをもってきた。ちょうど深夜の駐車場で銃撃戦が始まるシーンだった。

山:  勧修寺のお母さんとほとんど入れ替わりで上杉がトイレに行った。それからちょうどマーティーがデロリアンでタイムスリップし終わったところで、いったん映画とめて、さあ菓子食おうと思ってテーブル見たわけだ。

加: (指差して)お前が食ったくせに! よく言うぜ!

勧: とにかく、その時にはもう、皿の上のマクガフィンは跡形もなかったんだ。

 一同、考え込む。

山: やつに訊いた方がいいんじゃないか?

 一同、上杉をじっと見る。上杉は相変わらずバカ笑い。

上: カ、カルバン・クライン!

 笑いすぎで息できなくなってる上杉から目を離して四人、向かい合う。

加: あいつこすいから、交換条件持ち出すと、言うこときくよ。

扇: (頷いて)それしかないと思うね。

勧: (しぶしぶ)背に腹は代えられないな。

 上杉の方に向き直る。

勧: 上杉。

 上杉、すごくウザそうに振り向く。

上: なんだよ。

勧: (いらっとするが我慢)なんでわかったのか教えてくれないか。

 上杉、こっちに体ごと向き直る。何か腹黒いことを考えている顔つき。

上: お前もなんか教えてくれたらいいよ。そうだな、ためになる呪文がいい。

 勧修寺、「こいつマジ意味わかんねえ」という顔をする。

勧: (戸惑いながら)じゃあ、こんなのはどうだ?

 勧修寺、客席の方を向く。

勧: 『いくやまいまい  おおやいかさかさ  かやおおてはたかやき  かわった はわい』

上: おおっ!(マジ喜んでる)それ、どういう効果があんの?

 一同、驚く。

勧: (ちょっと困りながら)あ、ああ、日本の歴代の首相の覚え方なんだ。『い』が伊藤博文で、『く』が黒田清隆って感じで。頭文字を繋げたやつなんだけど、お前は理系だから、あんまり関係なかったかも――

上: おおっ! すげー! ためになった! あのね、こんなの見りゃ分かることじゃん。

 一同、ついていけない。上杉、また映画に戻る。

上: おおー! すげー!

 山内、上杉の襟首をつかんでこっちに向かせる。

山: 意味がわからん。俺のどこを見て、わかったんだ。

上: (ぶーたれて)モロ出しだろ。だってお前、さっきからずっと指気にしてるじゃん。(またテレビに戻る)

 加々爪、無言で襟首をつかんでこっちに向かせる。上杉、なぜかちょっとビビる。

上: (アイソ笑い。山内に向かって)……あー、ほら、マクガフィンて粉っぽいだろ? だから、それを気にしてるんじゃねえかと。お前って意外とそういうの気にすんのな。

 急に無表情になってまたテレビを見始める。

上: ちょ、ちょっとヤバいってそれ!

 一同、驚嘆の表情。

加: あいつ、意外と洞察力あるんだなー。

扇: (頷いて)バカにもひとつくらいは特技があってもいいよ。

山: あーなんか自分がバレた理由が分かったから、後どうでもよくなってきたな。

勧: いやいや、まだ扇谷のがわかってないだろ。(上杉に向かって)おい、扇谷のも教えてくれ。

上: (振り向きもしないで)呪文呪文。

 勧修寺、ちょっと考え込む。

勧: あ、これはどうだ。(正面を向く)『あおいふろ』!

 上杉、目を輝かせながらこっちを向く。

上: それの効果を教えてくれ!

勧: (ちょっと得意げに)安政の五ヶ国条約の相手国だ。アメリカ、オランダ、イギリス、フランス、ロシア。

 上杉、興味を失ってテレビの方に戻ってしまう。

上: それだけじゃあ、ちょっと教えられねえな。

 勧修寺、がっかり。しかし、すぐにまた何かを思いついたのか、気を取り直して上杉に話しかける。

勧: じゃあ、これはどうだ。『ほえしどにい』!

 上杉、目を輝かせて今度は体ごと向き直る。

上: おお、それはなんだ!?

勧: (ちょっと緊張の面持ちで)鎌倉新仏教の開祖の名前だ。法然、栄西、親鸞、道元、一遍。しかも、年代順!

上: おおっ! すげー! ためになった! あのね、扇谷はしょっちゅう口さわってたじゃん。マクガフィンってちょっと油っぽいだろ? だからそれ気にしてたんじゃねえかと。マクガフィンって口どけなめらかだから、食った形跡ってそれくらしか残らねえんだよなー。

 一同、気の抜けた顔。

勧: たったそれだけのことで……(一番ショックそう)

扇: んー、ま、でもこんなもんなんじゃねえの?

山: 正直、謎解きしてるやつを始めてみたけど、やっぱ目の付け所がちげえんだな。

加: ま、いい前座だったわー。

扇:(頷いて)早く大鑑賞会、再開しようぜ。

勧: そうだな。

上: (振り向いて親しげに)おう、早く座れよ。

 和やかな雰囲気。四人、いそいそとテーブルを囲んで座る。

上: よーし、これからほんとのぶっ続け鑑賞会だ!

 四人、和気藹々と頷く。

上: そうだ、俺が持ってきた菓子も食おうぜ!

勧: (苦笑しながら)今頃かよ! で、何持ってきたんだよ?

上:(いたずらっぽい顔でポケットから小箱を取り出しながら)なんだと思う?

加: さあ。(「お前分かる?」という顔で扇谷を見る。扇谷も首を振る)

上:(とびきりの笑顔になる)じゃーん!(箱を開けて中を見せる)マクガフィン五個!

他: (いい加減にしろという感じで叫ぶ)はじめに出せよ!!

 上杉、きょとんとした顔。暗転。
  1. 2010/09/16(木) 22:50:30|
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ぶっちゃけクローズド・サークルものは好きじゃない


最近、引っ張り出して読み返してみたら、意外と悪くないかもしれないと思ったので。

先輩が「米澤さん意識してるね!」とやたら言ってくるんだが、米澤要素はありませんて。

まあ、『インシテミル』記念にもともとあった話をリライトした気はする。

でも、後輩に読んでもらったら、最初は笑ってたのに後半黙りこんでしまったというのが一番の思い出ですよ。






「結末」




 川恭太郎は小説家である。もっと正確に言えば、新進気鋭の推理小説家である。センスの良い文体と豊かな学殖を以ってして、巧みな伏線使い、トリックに定評がある。決して衒学的(ペダンティック)にはならず、それでありながらディレッタントであることも特徴である。実は異なった筆名で全く方面の違う小説も数多く世に送り出していたのだが、本人の意向もあいま相俟って、それはあまり知られていないことであった。

 何しろ、大学時代からペンの収入があったため、一度も就職はしたことがない。三十路も半ばに達したが、同年代のサラリーマンと比べると随分と良い暮らしぶりである。妻は大学時代の恋人で、小柄ながら笑顔のかわいらしい色白の美人である。子どもはない。北川自身も顔立ちはあまり目立つほうではないが、文武にかかわらず多才で、カリスマ性に富み、背が高くまたスタイルの良さもあって、学生時代は周囲から高嶺のカップルと目されていた。ペットは愛猫が一匹いる。おとなしい、灰色がかった毛色のラグドール種である。

 職業柄、あまり家から出ることがないように思えるが、案外、資料探しや編集者との打ち合わせ、趣味の音楽鑑賞や観劇、友人付き合いや、十数年来の習慣であるジム通いなどで、家を空けることも結構多い。

 そして交友関係も広い。もともと人付き合いにはそつがないし、むしろ彼に惹かれて人は集まってくるものだった。覆面作家である北川名義の付き合いはほぼ皆無といってよかったが、学生時代から使っている筆名の方では公然と顔も出しているので、作家やその他のクリエーターの間でも顔は広かった。



 その日、彼を訪ねてきたのは脚本家の南野という男だった。もともとは役者をしていたのだが、現在では自身が手がける映画や舞台、ドラマなどで、脚本・演出・出演を兼ねることも多い。北川とは美大時代からの友人で、北川は版画科、南野は彫刻科の学生で、いつも奇怪な彫像を作っては良くも悪くも賛否両論を巻き起こしていたのを、よく記憶している。北川が制作した卒業制作の端正なリトグラフの風景画をこっそりオール・ドドメ色で刷ったことすらあった。あの時は本当に本当に大変であった。北川は一生あの時のことを忘れないであろう。やることにしろ、その髪型にしろ、とにかく異彩を放っていた。若い頃は桃色のアフロの中に巣を設けてカナリアを飼っていたが、愛鳥の死を期にドレッドヘアを編んで頭頂でカゴ状にし、ロイド眼鏡をかけるようになった。

「いつも思うんだけどさ……その頭って一体どうやって洗ってんだよ?」

 玄関に現れた南野の頭上のカゴを見て、北川は腕を組んだ。そもそも、単なるドレッドヘアにしても手入れの方法がちょっと不明であるし、それだけでも十分に手間と時間がたっぷりとかかりそうである。物好きもここまで来ると、尊敬に値する。

「いや、普通にほどいて。おいおい、これでも毎日ちゃんと洗ってるんだぞ?」

 ロイド眼鏡の奥の目をパチパチと瞬かせながら、南野は不思議そうに答えた。あまりに簡潔な回答に北川は更に悩みそうになったが、無意味な会話の早期収拾を図るため、この話題は終わらせることにした。しかし何なのであろう、このひょっとこ柄のシャツは。この間の大乱歩の肖像画がプリントされたものもかなりのインパクトがあったが。どうやら、最近の傾向から鑑みるに、南野のこの頃のお気に入りはどうやら、『お面シリーズ』と『肖像画シリーズ』らしい。         

 それにしても、この閑静な住宅街をよくここまで無事に歩いてこられたものである。前に訪ねてきた時はたしか職務質問が長引いて、朝来るはずが北川邸に到着したのは既に夜だった。大方、今日は運悪く巡回の巡査も風邪でも引いていたのであろう。全く、不敵も良い所である。

「まあいいや。上がれよ」

 北川は南野を応接間に通した。過度な装飾はなく質素ではあるが、雰囲気の良い部屋である。生憎、愛妻と愛猫はそろって友人宅へ出かけていた。自ら紅茶などを淹れて、南野をもてなす。そして、大して中身のない(しかしある意味有意義ともいえる)世間話にしばらく時間を費やした。

「で、仕事の方はどうなんだよ? ペンは進んでるか?」

 アールグレイに致死量に達する量の砂糖を投下しながら、屈託のなさそうな風で南野が訊いた。溶け残った大量の砂糖を、こいつは一体どうするつもりなのだろうか? というか、これってむしろ紅茶風味の砂糖ではないだろうか? 分からない。北川はそれとなくカップを注視した。南野が紅茶にブチ込む砂糖の量は特にいつもと変わらない。変わらないが、この男は同じことであっても毎回毎回リアクションが異なるので、ある意味目が離せないやつとも言えたのであった。

「今書いてるのはあとちょっとかな。ミステリ書きは副業だからね。本業の方も連載があるし、本もそろそろ出さないと。まあ貴君、作家たる者、締め切りだけが人生だよ」

 幾分か芝居がかった口調で答えながら、北川は目下処理してしまわねばならぬ仕事の数々を思い出して内心、武者震いした。如何に天才と雖も、作家たる者、一番怖ろしいものはやはり締め切りである。

「ふうん。さすが天才。いつも思うけど、お前ってほんとペンが速いよな。俺の方は自分じゃ作家より随分楽な仕事だと思ってるけどさ、やっぱそんなポンポンって訳にはいかないからな。あ、もうすぐ新しいドラマと、彫刻の方の個展が始まるんだ。観る暇あったら、俺の仕事に貢献してくれよ」

 南野のどこか白亜紀の地球を闊歩していたであろう太古の爬虫類めいた、それでいながらなんだか素直そうな顔を見ながら、北川は物思いにふけった。確かやつが今回脚本を書き上げたドラマの方はピュアなラブストーリーとか言っていた気がする。どの面下げてそんなものを書いたのかを想像すると、吐き気がするので北川はきっとそれを見ないだろう。そして個展の方は例の如く、現代美術の十キロ先をひた走ったようなモノどもが蠢いているのであろう。こっちの方も、見ると創作意欲に陰りが出そうなので、きっと北川は行かないだろう。しかし、このギャップもなんだかエキセントリックである。北川がこの変わり者と一緒にいるのは、別にこいつが特に好きだからとか、そんな理由ではない。この男といれば、自然と自分の影が薄くなることを計算してのことであった。人に注目されるというのは、心地よいものである。しかし、常に人から注目され続けるというのはなかなかに鬱陶しいものである。他人の目に嫌気が差した時、南野はいつもおあつらえ向きの隠れ蓑であった。

「前にお前の個展に行ったことがバレて、真っ当な読者をいくらか失ったんだけどな。佐東のやつ、勝手にブログに書きやがって。はっはっは。ばっちり、写真まで撮られてたもんなあ。ま、ドラマの方は見ておくよ」

 北川がプライベートを暴露した同業者に一抹の怨念を込めながらそう答えると、南野は少し笑って礼を言った。彼は北川のことを信じているのだろう。実のところ、本来の南野という男がそれほど陽気でもないことや、見た目ほど極端に捻じ曲がった人格を持ち合わせている訳でもないことも、北川は見抜いていた。


 おもむろに、南野が口を開いた。

「なあ。ちょっと、そこに立ってくれよ」

 また何やら訳の分からぬことを言い始めた。昔はこういった場合、こちらからも更に訳の分からぬリアクションをとって、即興コントのようなやり取りをしていたが、それは暇で心に余裕がある学生の特権である。特に、根を詰めて書いていた推理ものがやっと書き上がるという時にはそれも無駄なエネルギーの浪費となる。北川は然したる反論もせず、南野に従った。

「こうか」

「そう、そんな感じ。そしたら」

 南野は立ち上がって、北川の前に来た。そして、穏やかな表情を変えることなく、ポケットから取り出したものを北川目掛けて振り下ろした。

「あっ!」

 北川は南野に押されて、床に倒れこんだ。まだそれを握り締めていた南野も一緒であった。南野がゆっくりと手を離す。北川は震える息を吐き出した。

「ちくしょう、お前……これはないだろう!」

 北川の左胸にはナイフが突き立てられ、まわりのシャツの生地が赤く滲んでいた。


「驚いたか?」

「驚くも何も……呆れるな。何なんだよ、このタイミング。一体、どういうつもりだ?」


 北川は苦しそうではあったが、驚くほど冷静であった。口調も先ほどとなんら変わりがなかった。

「いや、人って死ぬ間際、どういうリアクションするのかなって思って。いや違うな。お前をあっと言わせて見たかったんだな。うん。お前がどういう反応するのか見たかったんだ。天才のお前ならさ、どういう風に人生にケジメつけんのかと思ってさ」

 南野は遠くを見ながら、感傷的に言った。その思考回路、やはりエキセントリックであった。北川は幾分か醒めた目で南野を見る。

「まあ人生にケジメつけるって言われても、こんな急だとつけようがないけどな。まあいいや。お前らしいよ。でもおい、事後処理とか大丈夫なんだろうな? こんなカゴ頭にや殺られたなんて知られたら、死んでも死にきれねーよ。深雪もお前のこと、蜂の巣にするかもな。あれで昔はクレー射撃やってたんだ」

「心配するな。その点なら抜かりない。それにお前のかわいい奥さんは、俺がちゃんと慰めてやるから」

 北川は普段表に出すことはあまりないが、実は相当な負けず嫌いである。さすがにしばらく悔しそうだったが、結局仕方なさそうに少し笑った。

「息は出来るはずなのに、やっぱり苦しいな。血が足んなくて、意識もなんだか朦朧としてきた気がする。ああ、そうだ。今書いてる推理ものが一本、殆ど出来上がってるんだ。読んでいけよ。深雪も今日は遅いしな。ゲラが上がってきてるから。書斎にあるよ。ま、なんだかんだ言って、お前といて楽しかったよ。じゃあな」

 北川恭太郎は目を閉じて、頭を垂れた。








 証拠隠滅、その他の細工を済ませた南野は、北川の言った通りに彼の書斎へ向かった。白を基調とした、シンプルで実用重視の清潔感あふれる一室である。四方を本棚で囲まれた部屋を見渡すと、果たして机の上に分厚い封筒が載っている。早速、椅子に座り込み、南野は北川の遺作のゲラを出して読み始めた。                                  


内容は北川が言ったように推理小説である。もっと細かく言うとすれば、クローズド・サークルものとなる。いわゆる、『嵐の孤島』系である。つまり、何らかの事情で外界との往来が断たれた状況、あるいはそうした状況下で事件が起こるタイプの作品だ。この手のものは、新本格派作家たち――綾辻行人の『館シリーズ』や有栖川有栖の諸作品などで、もう既にマンネリ化して久しい。だからこそ、書き手の度量が試される訳で、若手の作家の中では米澤穂信の『インシテミル』など、敢えて王道に挑む者もあるが……

「恭太郎……やっぱりあいつは天才だ! 何なんだ、この文章に引き込まれる感じ……ミステリ嫌いの俺がここまで……!」

 米澤とは違い、閉鎖された館という王道のガジェットは使わず、斬新かつ極めて自然な状況設定を用いている。無駄がなく、スピード感のある文体。さりげなく張られた伏線の数々が織り成されて、ひとつ残らず驚愕の展開へと収束されていく。もともと、南野は速読家だったが、息をもつかせぬ展開にどっぷりとのめりこみ、自然とページを捲る手は速まった。           


 とうとう、全ての殺人が終わった。一堂に会す生き残った人々。そして、探偵は語り始める。ある被害者のついた小さな嘘。手間のかかる殺人法。そこにあるはずのないもの。ある人物がとった不可解な行動。探偵は注意深く、細心の注意を払って犯人の犯した微細なミスを拾い上げ、徐々に徐々に、犯人を緻密に張られた網の中へ追い込んでいく。ついに、探偵は犯人を指し示した。

犯人は誰だ。南野は次のページを捲った。

「えっ?」

 南野は言葉を失った。白紙だった。次のページを捲る。白紙である。肝心の犯人を明示する前に、物語は途切れていた。南野は完全に物語に心を奪われていた。何としてでも、結末を知らずにはおれない。

「誰なんだ、犯人は!……いや、待て。大丈夫だ。あわてる必要は無い。俺が今いるのは書斎だろ? あいつはよくメモをとる人間だったからな。どこかに犯人を示すメモなりなんなりが必ず残ってるはずだ……」

 南野は綺麗に整頓された机の上のファイルを探した。あった。この小説の資料やメモをまとめたファイルである。中身をぶちまけて、犯人を示唆するようなものを捜す。ない。それどころか、この後探偵が指摘するであろう複線についての資料も一緒にごっそりと消えている。探偵の今までの超人的な推理から犯人を導き出すのは、南野には不可能だった。犯人は誰だ? ふと、南野の血走った目が机下の白い屑籠に留まった。何故か、大量の灰が捨てられている。



 次の瞬間、南野は全てを悟って絶叫した。北川恭太郎はその霊魂と共に小説の結末を闇に葬り去ってしまったのである。勝敗は小説家の勝ちであった。





閉幕(カーテン・フォール)。





  1. 2010/05/17(月) 16:23:01|
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昔書いた消しゴム販促小説



「タックン」

 公園でブランコにのっていると、アッシュが話しかけてきた。アッシュは俺より二コ下で、末っ子の俺にとっては弟みたいな友だちだ。アッシュっていうのはあだ名で、小さい頃自分の名前が言えなくてそう言っていたからだ。俺達は毎日毎日それこそアホみたいに一緒にいる。小さい時から、ずっとそうだった。

「俺の消しゴムね、ジョニーっていうんだ」

 何ぃっ!? 消しゴムという至極地味で個性の無い至って真面目な物体がジョニーなんていうパンチのきいた名前ですか!ヤーッ! 今、アックンが握っているMОNОの消しゴムはジョニーだったんだ! 

「あとね、タックンの消しゴムの名前も考えたんだよ」

 ブランコをこぐのをやめてしまった俺の隣で、アッシュはニコニコしながらしゃべっている。

「白いやつがジャックで、青いやつがジェーンで、緑のがジャッキーで、茶色いねり消しがジョリアンヌだよ!」

 目をキラキラさせながら言うアッシュを見ると、もう明日から消しゴムを消しゴムとは呼べなかった。その日から、俺は必死でアッシュが見境なくつけていく消しゴムたちの名前を覚えたんだ。



  2

「なあ、アッシュ。俺のジャックさあ、最近ちょっと小さくなっちゃってさあ……」

 放課後、学校の背の高い鉄棒にぶら下がりながら、俺はアッシュに話しかけた。ここ数日、アッシュはなんだか元気がない。こんなに元気がないアッシュを見るのは、『節岡浩探検隊』が最終回を迎えて以来だ。正直、心配だ。

「タックン……」

 隣の少し低い鉄棒に座りながら、アッシュが口を開いた。

「僕、今度の日曜日に引っ越すことになったんだ……」

 アッシュは顔を伏せたまま、言った。

 俺には、アッシュが何を言っているのか分からなかった。父ちゃんのつまんねーやたら絡みづらいギャグの一万倍もつまんねー上にやたら絡みづらいギャグのようにも聞こえなくもなかったが、アッシュはそんなギャグは言わない。言うとしたら、確かに絡みづらいけどもっと意味不明で度肝を抜かれるようなギャグだ。ん? だったら、ギャグかもしれねー。そこから先は地面に頭から激突したので、よくはおぼえていないが、その日はわけがわからないまま、病院で一夜を過ごした。


  3

 日曜日はアホみたいに天気がよかった。申し分のない青空で、日差しもきつくないし、風が吹いていて、ちょうどピクニックなんかに行くにはぴったりの日和だ。そう、神様なんてやつがほんとにいるとしたら、思いっきりぶん殴ってやりたいようないい天気だった。

 白い家の前、アイボリーの車のそばで、アッシュはうつむいている。俺もアッシュの目は見られなかった。

どこか遠くから自転車のベルの音が聞こえてくる。

もう二度とこの家の窓からアッシュが落ちそうなほど身を乗り出しているのを見ることはない。

アッシュが行ってしまう距離と比べたら、三千九百万光年離れたおとめ座のソンブレロ銀河とかいうなんかスパニッシュな名前の聞きおぼえのない銀河の方が全然近いと本気で思った。

「タックン……」

 小さな声だったから、聞き逃さないように俺は少しアッシュに近づいた。

「これ、あげるよ」

 握っていた手のひらを開いてアッシュが差し出したのは、ジョニーだった。

「おいお前、これ……」

 勉強もしないくせになぜかアホみたいにたくさん消しゴムを持っている俺と違って、ちゃんと勉強している真面目なアッシュの相棒はジョニーだけだ。

「いいんだよ、持っててほしいんだ。僕たち、きっともう……」

 アッシュは泣いていた。アッシュは本当によく泣く。前なんか、『フランダースの犬』を観た後、顔が腫れてすごいことになっていたくらいだ。でも、今日のはいつもと違うことぐらい分かってる。

「何言ってんだよ、必ずまた会えるよ。絶対、絶対死んでも会いに行ってやるよ。だからお前、そんなこと言うなYO!! それにアックンお前、泣かないって約束したじゃんか! そうだろ? 頼むから泣くなよ……」

 アッシュは黙って俺の手にジョニーを握らせた。不意に、視界がインクで描いた絵に水を落としたように一気に滲んだ。顔をグチャグチャにして堪えようとしたが、拭いても拭いても涙はあふれてくる。自分で言っといて何なんだ。ポタポタと雫が手の中のジョニーに落ちた。

 前の晩、絶対に笑って見送ってやろうと思って、夜遅くまでアホみたいに笑えるジョークを考え、何度も何度も頭の中でシミュレーションしたにも関わらず、このザマだった。

 昨日考えたジョークを言おうとしてみる。喉が震えていて、声すら出なかった。
情けなかった。親に急かされてアッシュが車に乗り込んでしまう。

 もう行っちまうんだ。あいつの母親がすまなそうな顔で何か言っている。なんにも出来なかった。車のエンジンがかかって、ゆっくりとアスファルトの上を滑り出した。

 俺は走り出した。車の窓の隣で、アホみたいに必死に走った。顔をひんまげて走りながら、車の窓をずっと見ていた。まるでテレパシーでもしてるみたいに、窓の中のアッシュを見ていた。アホみたいに走ったけど、俺の体は窓からゆっくりと、でも確実に離れていく。窓が見えなくなる一瞬手前、アッシュがぱっと顔を上げて口を動かしたのが見えた。窓が見えなくなると、車は急に速度をあげたみたいにどんどん遠ざかっていった。俺は諦めて立ち止まった。立ち止まって車をずっと見ていた。突然、車の窓が開いて、アッシュが身を乗り出して何か叫んだ。アッシュのバカ野郎。その頃には車はずい分と離れていたから、お前の声は聴こえたけど聞こえなかったんだ。




  4

 それから、俺の生活の中心はアッシュの代わりにジョニーが占めるようになった。

 ジョニーを見ると、アッシュを思い出さずにはいられない。朝起きてベッドの枕元のジョニーを見ると、俺は今日も元気かとジョニーに話しかける。それから窓の外を見て、きょうみたいな雨の日は、アッシュはなぜかニコニコしていたっけ、あいつは雨は嫌いなくせに、雨の音は好きだったんだ、なんて思い出していると泣きそうになる。でも、ジョニーの前では泣かねーと心に固く誓ったので、うーとかうがーっ! とか言いながら頑張ってこらえる。気合だぜ。そんなのが日課になった。ジョニーはどこに行くのにも一緒で、ポケットにつっこんだジョニーはいつも俺の味方だ。誰に裏切られても、ジョニーだけは絶対に俺を裏切らない。朝昼晩ずっとジョニーのことばっか考えているので、時々疲れている時に無意識にぶつぶつジョニーに話しかけているところを見られて、「あいつ、キッツキツだよな!」と言われたりもした。それくらいだったら腹は立たないけど、ジョニーのことをバカにするやつは許さねー、アーッ!

 などと前にも増してやんちゃもして過ごしたが、こうして思い返してみると、アッシュは本当にすごいやつで、本当に大事な弟みたいな友だちだったんだよなとつくづく思う。あいつはいつも笑っていた。考えてみると、よく泣いてもいたはずなのにそんな印象はあまりなくて、たまに頭突きして泣かせちゃったり、ポケモン観て大泣きした時以外はほとんどいつも笑っていたような気がする。後になってから思ったことだけど、きっとつらい時もいっぱい笑ってたんだろうなと思う。あいつは俺なんかよりずっと強いやつだ。なんだかんだ言って、俺はずっとあいつに頼っていたのかもしれない。
強くなりたいと思った。またいつかあいつに会った時、あいつに頼られるような強いやつになりたいと思った。俺はアホみたいにそれしか考えていなかった。


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「あーっ! 無理無理! 新製品の開発なんてハナから無理なんだよもう! てか、お前なんでそんなに消しゴムにこだわるんだよ? 消しゴムなんて、お前の持ってるMОNОの消しゴムで十分だろ! パッケージ変えたり、形を変えて奇をてらってみたりするくらいが関の山だ! あんなモンに改善の余地なんかないんだよ!」

「何だとおっ! お前、俺の、ジョニーを、俺のジョニーを、バカにしたな? 地獄見したるわ!」

 と言ったあたりまでは覚えていたんだけれど、ちょっと記憶が飛んで気づいたら、血走った目で同僚の大木の関節をバッチリキメていた。       

やっぱダメだなー俺。やんちゃするのは高校時代で卒業し、バカはバカなりに勉強してちゃんと大学行って、一日中消しゴムのことだけ考えていられるように某大手文房具メーカーに就職した。それなのに、何やってるんだろーなー俺。ダメじゃんか、なー?

「だから、ジョニーの悪口言うなっつったろー?」

 俺の技から解放された大木はビビった顔をしつつ、ちょっとずつ俺から離れている。

「お前、やっぱちょっと休んだ方がいいよ。正直、今めちゃくちゃヤバい顔になってる」

 う? そんなことを言われても、自分の顔は自分じゃ見れないから、全然気にならないぞ俺は。

「目が死んでる、目が死んでる! もう昼だから、お前ちょっと休んで来い! あ、ちゃんと足つけて戻ってこいよ! じゃあな!」

 部屋から俺を押し出しながら、大木が真面目な顔で言う。いや、別にそれ全然真剣に言うことじゃねーぞ。

 とりあえず、追い出されてしまったので会社を出る。ほんとにダメだよなー俺。消しゴムのことばっか考えてきたのに、なんでこんなところでつまづいてるんだろうな。こんなんじゃ、全然ダメだ。あれから十五年。俺が作りたいのはボールペンでもシャーペンでも修正液でもない。やっと、消しゴムの開発に取りかかったところだってのにこのザマだ。あいつが喜んで使ってくれるような消しゴムが作りたかった。いい消しゴムを作れば、あいつが笑ってくれるかもしれない。少なくとも、いいモンを作ればあいつが笑ってくれるかもしれないと想像することぐらいは許されるんじゃねーかと思ってた。でも現状は袋小路のまま。そんなの夢のまた夢だ。晴れている空を見てもこれから曇って雨が降り出すんじゃないかと思っちまうくらい、なんだか悲しくなってきた。俺は本当にダメ人間だ。

 どこに行くでもなく歩きながら、俺はポケットからジョニーを取り出した。十五年前と比べると、スリーブはひどくボロボロになっていて、本体は少し磨り減ってあの新品の病的なまでの白さより、若干穏やかな白になっている。こいつを見ると、いつも安心する、安心するのがいいことがどうかは分からないけど。何をやってもダメな時はあるけど、今回はいつもと違ってなんだか本当にエンジンがかからない。エンストってやつか? もう本当に心の中が空っぽで、呼吸するのがやっとな気がした。何もかも使い果たした感じだった。

 不意に誰かと、正面から思いっきりぶつかった。下ばっかり向いて前は全然見ていなかったんだから、当然といえば当然だ。後で気づいたことだけれど、俺はぶつかった拍子にジョニーを落としてしまっていて、必死で探したにも関わらずジョニーはとうとう見つからなかった。でもその時俺はそのことに気づいていなかったので、慌ててぶつかった相手に謝ろうと身を起こした。相手の男は黒縁のメガネをかけた、子どもみたいなほおの少しふくれたやつだった。そのせいで少しぽっちゃりしているように見えるが、実際はそんなことはない。男のまわりには書類が派手に散らばっている。昔と大して変わってないな。そいつはきょとんとした顔で俺を見ている。

「タックン?」

 俺は心の中が満タンになるのを感じた。俺は嬉しい時は何も我慢しないことに決めている。

「アックン、お前全然変わってないねー!」

 俺もボロボロ泣いてたけど、その時にはあいつの方が断然すごいありさまになってたんだ。






                        END
  1. 2010/02/20(土) 00:27:56|
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