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『おちくぼ姫』

おちくぼ姫 (角川文庫)おちくぼ姫 (角川文庫)
(1990/05)
田辺 聖子

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 前に読んでもいないのに勝手に想像で書いたけれど、ちゃんと田辺聖子のやつを読んでみることにしました。

 小生は図書館で借りたので、30年前に平凡社から出た単行本(廃刊)で読んだのだが、表紙のおちくぼ姫が上の角川の表紙よりも綺麗なのに、目だけ狐狸妖怪の如き糸目だったのでちょっと怖かった。

 話型はシンデレラタイプで、継母にいじめられて落ち窪んだ部屋に住まわせられていた美しい姫君が、カッコいい左近の少将と結婚する話である。洋物のシンデレラはそこでめでたしとなるが、日本の住吉系だと、そのあとに貴公子が自分のかわいいお姫様をいじめた継母に復讐を開始する。それで最後は和解してハッピーエンド。

 まだ最初の方しか読んでないが、小生は大いに楽しんでいる。おちくぼ姫が健気だ。勝手におっちょこちょいだとか、天然だとか、ネーミング・センスがないだとか妄想して申し訳なかった。

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  1. 2009/07/24(金) 23:56:27|
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おちくぼの姫君


 今夜は月のたいそう綺麗な夜です。
それだけに、冷え込みも一段と厳しいのですが、わたくしの口からこぼれる息までも、綿のようにふわふわと浮かんでは消えていくのが美しくて、つい見とれてしまいます。

 でもいけません。母上がお言いつけになられた縫い物のおしごとがまだ終わっていないのです。
母上は明日までとおっしゃっていたので、ここはひとふんばりです。
指先もかじかんで、なんだかうまく動かないのですが、ちょっとでもしくじったら大変なことです。
ここは他より一段ひくくおちくぼんでいるから、余計さむいのかしら? 
そう思いながら、わたくしは針をちょっと置いて、指先をこすりました。

 母上はたぶん、わたくしのことを何か誤解してらっしゃるのだと思います。
わたくしはどうしたら母上に気に入っていただけるのでしょう? 
お裁縫はなんとかできるけれど、ぼうっとしたところがいけないのかしら? 
どうか、そのうち母上に気に入っていただけますように。なむなむ。わたくしはお月様にむかって手をあわせました。

 見上げた月がやっぱりとても綺麗だったのでふと楽を奏でたくなって、わたくしはおろろまろを手元に引き寄せました。
おろろまろというのは琴のなまえです。わたくしがつけました。
わたしくはちいさいころ、『お琴』がうまく言えず、『おろろ』と言っていたのです。
阿漕はいつも、『お姫様はかわいらしくて、優しくて、おっとりとお上品で、何でもお出来になるほんとうに素敵な方ですけれど、名づけだけはいけません。あと、ちょっと鈍感なのも』といいます。
阿漕というのはわたくしの乳母子です。ちゃきちゃきしているけれど、わたくしのことをいつも心配してくれている、とてもやさしい子です。
あの子のいうことはいつももっともだと思うけれど、ものになまえをつけるのだけはやめられません。
わたくしの数少ない趣味のひとつなのです。

 見た目こそこんな有り様ですが、こえでもわたくしは結構たのしくすごしています。
縫い物はもともと好きでしたし、おろろまろも弾けますし、いろんなことを考える時間もたくさんあります。
阿漕はみながわたくしのことを『おちくぼの姫君』と呼ぶのを聞くといつもぷんぷんしますが、わたくしはあんまり気になりません。『おちくぼ』という語感が嫌いではないからです。

 あとすこし弾いたら、がんばって縫い物をしあげることにいたしましょう。
わたくしはおろろまろをつま弾きながら、ふんっと気をひきしめました。

  1. 2009/07/18(土) 21:48:12|
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桃黍貴賤

 ある時、孔子は哀公の傍に控えて座っていた。そこに哀公は黍(きび)と桃をお与えになった。

「どうか召し上がれ」

 孔子はまず黍を食べ、その後桃を食べた。有り得ない行為である。何故有り得ないかは後に述べる。とにかく、それを見た公の側近たちは「あんな有名な人が!」と多少困惑しつつも、やっぱりおかしかったので口を覆って忍び笑いした。もちろん、哀公にはそんな余裕はなく、慌てて孔子に言われた。

「黍は桃をこすって皮を落とすためのものですよ。食べるためのものではありません」

 当時はそれが当たり前の習慣だったのである。かの有名な孔子がそんなことも知らないとは。今で言えば、フィンガーボールの水を誤って飲んでしまうようなことをあろうことか宮中でされれば、このような人々の反応は至極もっともである。それに対して孔子は答えた。

「丘(きゅう)は存じております。しかれども、黍は五穀の長(おさ)であり、祭事や先祖のみたまやに供える最上の供物であります。それに対して、桃は六つの果実の最下に位置付けられており、祭祀や天地、祖先を祭る儀式にも用いられません。

 丘は有徳者は賤(いや)しいもので貴いものを拭うと聞いています。ですが、貴いもので賎しいものを拭うというのは聞いたことが御座いません。最前のように貴い黍で以って賎しい桃を拭うということは、上位のもので下位のものを拭うということです。

 そのようなことは丘めが唱えております教え(儒教)の妨げとなり、道理に害をなすと私めは思うのです。それ故、進んでしなかったのです」

 それを聞いた哀公は一言、

「良いことを言うなあ」

 と言われた。






* 孔子…名は丘、字は仲尼(ちゅうじ)。丘という名は、生まれた時頭がでこぼこしていたところから来ているのだという。実に適当な親である。

* 哀公…魯の第二十五代君主。孔子の晩年の君主である。

* 「そのようなことは丘めが唱えております……」 儒学は上下の秩序を重んじる学問であったため、この時孔子は若干キレ気味だったという。


                                                                                      
(出典: 『孔子家語』<巻第五 子路>)
  1. 2009/05/22(金) 23:14:36|
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