inkblot

MURDER SEA PARADISE


 ノートをパラパラとめくっていたら、書きかけの話の断片を見つけた。書き終わる気がしないんだが、そういや最初は明確な意図を持って書き始めたんだよな。それは「罰したい」という意図だった。本当はそういうのはいけないんだろうが。過去数年間念頭にあったテーマのひとつでもある。とにかく罰したいものを書いているので、読み返すと我ながら気色悪い。うーむ。いつか書けそうだったら続きを書きたい。





 ある朝目覚めたら、世界にはただ僕ひとりだけだった。夜の寂しさがインクのように世界に染みついてしまったみたいだ。刑務所の中は空っぽで冷え冷えとしていた。殺風景なコンクリートが孤独を吸って重く固まっている。僕はベッドから体をおこして外を覗いた……刑務所の中はさっきまで人がいたような様子だった。でも誰も居ない。もぬけの殻だ。鉄格子をそっと押してみる。扉はすんなりと開く。そうして人殺しは簡単に自由になった。

 僕は長い眠りから覚めた後のように伸びをひとつした。傍らにあった鏡に僕の姿が映っている。黒髪。色の白い肌。子犬のような目。いつまでも子どもみたいに幼い顔。見慣れた姿だ……でもそのどこへ行っても可愛がられる姿が何故か初めて見るもののように思えた。まるで生まれ変わったような清浄で素晴らしい気分だ……ふっと彼女のことを思い出した。ああ、イジス……彼女に会いたい……なぜ今まで忘れていたんだろう? 真っ直ぐでそして柔らかな彼女の唇を思い出した。彼女に会いに行こう……そう心に決めた。

 僕は刑務所を出て外を歩いた。相棒は刑務所から連れて来たクマのぬいぐるみだけ。思ったより持ち重りがするので、片腕だけ掴んで引きずって歩いている。早く囚人服を脱ぎたいな……店先のショーウインドウに移る褪めた色の服が気に入らなかった。店先を覗き込んで誰も居ない古着屋で服を物色した。オーセンティックのジーンズ。コンバースのありふれたスニーカー。カートの遺書がプリントされたTシャツ。黒い薄手のカーディガン。これで本当に刑務所から出たという気になった。格好が楽になると、今度は空腹を感じた。何かを食べたいと思ったのは、食欲を思い出したのは、本当に久しぶりのことだった。

 近くのハンバーガーショップを覗くと、そこもやはり抜け殻のようで、なんだか世紀末を感じる。プラスチックのテーブルの上で出来立てのハンバーガーが主役を忘れて湯気を立てていた。それと揚げたてのフライドポテト、熱いコーヒー。ちょうどよかったからそれを頂戴する。ハンバーガーを頬張っていると、向かいの椅子に座らせたクマが物欲しげにこちらを見ていた。少し惜しい思いをしながらクマにポテトを分けてやる。そしてハンバーガーの残りに没頭した。食事を終えて何も入れないコーヒーをすすりながらクマの方を見る。クマの前に置いたポテトが消えていた。自分の口と一緒にクマの口も拭いてやった。そうして店を後にする。

 イジスのもとまではまだ大分遠い。そうだ、レコードショップに寄ろう。もう長いことまともに音楽を聴いていなかった。それでも自分が生きているなんて信じがたいことだった。……まあ、いいや。久しぶりに聴きたい音楽は山ほどある……デス・キャブ・フォー・キューティー。フレイミング・リップス。ピンバック。カイト。ダイナソー・ジュニア。ロス・キャンペシーノス!。スマッシング・パンプキンズ。リバティーンズ。ヤッピー・フルー。ニルヴァーナ……音楽のことで頭をいっぱいにしながら線路の上を歩いていたら、都会の真ん中で天使が轢かれていた。

 こんな所に降りて来るからだ……僕は黙ってじっと見下ろした。無残にバラバラになって尚、それはひどく美しかった。そばに腰をおろす。天使の青い瞳は澄んでまだどこか一点を凝視していた。肌にそっと触れてみる。物体の冷たさだった。唇はこんなに美しい色を保っているのに、とても不思議だ……僕は綺麗な金色の髪を静かに撫でた。あたりには一滴の血も零れていない。しばらく眺めた後、僕はそれをクマの背中に詰めて持って行くことにした。天使だからか、ぬいぐるみは大して重くならなかった。僕は上機嫌になった。イジスのもとまでは遠い……気が遠くなるくらい遠い……何しろ海を渡らなくちゃならない。でもいい気晴らしが手に入った。

 しかし何しろ長い道のりだ。折角だから道々もう何年も会っていない友人たちも訪ねることにしよう。会いたい顔はいくつもある……彼らは今、どうしているのかな……歩きながら僕は色々と頭を巡らせた。とにかくまずは海を渡る計画を立てよう……レコードと食糧と衣服と本、それに海まで行くのに車が要る。イジス……眼球に焼き付いた彼女の姿が自然と目の前に浮かび上がった。



 港で乗り捨てた車のバックシートに詰め込んでいた荷物を小さなクルーザーに積んだ頃には夜になっていた。ミートパイをかじりながら、ハウツーDVDを再生して見よう見まねで操縦を始める。意外と簡単なもんだね……僕は珍しく気分が上がってレコードをかけながら操縦室を歩きまわった。フレイミング・リップスのドリーミーでグニャグニャしたサウンドが僕を酔っ払いみたいにしたんだ……こんなどうでもいい話を彼女にしたい……僕は赤ワインの渋いオリーヴ色の壜を出して来て、栓を抜いた。滑稽な音がして開いた壜の向こうのドアが開いて誰かが立っているのが、壜のガラス越しにぼんやり見えた。思わず目を細める。壜をおろすのと、そいつが口を開くのはほとんど同時だった。





  1. 2011/09/10(土) 10:00:22|
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手控01


百年神主(ももとせかんぬし)




 中世くらゐの東国(東北あたり)の或る村に、鞠古といふ家があつた。

農業はせず、養蚕で生計を立ててゐた。

着物は白い狩衣であつて、履物は履かぬ。

村人との交流は祭事・神事の時以外は持たず、作つた質の良い絹の反物を持つて町へ行くぐらゐしか抑抑(そもそも)目立つ遣り取りはなかつた。

米は買ふが、魚を獲つたり少しの菜くらゐなら作つてゐたと云ふ。


 鞠古の家と云ふのは元来余所(よそ)者の家系であつて、昔から村外れにあつて然したる神職の居ぬ其の村の神主をしてゐた。

鞠古の家の者は皆長身痩躯、白皙であつて長い手足を持つて居つて、言葉に独特の訛りがあつたと云ふ。






  1. 2010/04/09(金) 00:15:10|
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Snatches01

ラクタの街。ここはそれ以上でもそれ以下でもない場所だ。膨大な質と量の金属廃棄物の山の中に、石畳の道が、レンガ造りの古い街並みが埋もれていた。

 使い込まれた旧型の工業用ロボットから、ありきたりな量販モデルのアンドロイドのスクラップまで大体何でもある。

 そういった鉄のカタマリにわずかに紛れた有機物が、工業油の臭いに混ざって、何か酔わせるような臭気を醸していた。それがこの街のにおいだった。

 街のそこここにある廃品再生工場の煙突からは絶えず、ミルクティー色の濁った煙が吐き出されていて、街を上空で覆っていたもんだから、人々は皆顔をほとんど覆ってしまうようなマスクを手放すことが出来ない。
 
 ひどい街だと言う人もいたけど、僕はこの街が嫌いじゃない。ガラクタに埋もれているおかげで、街の人々(もちろん僕もだ)は仕事にありつけている訳だし、大分前の戦争でもずいぶん儲けたのだ。



 これが僕らの街だった。僕らはここで生まれ、そして多分ここで死ぬ。僕らもまた、それ以上でもそれ以下でもない存在だった。




  1. 2010/03/22(月) 15:30:44|
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Tower of Sorrow



「かなしみの塔」


 アートがひとこと呟いた。つられるようにしてニコデモも塔を見上げる。

 その古い塔は虫食いのようにところどころ崩れかけていて、重たい灰色雲を突き抜けて、空の上まで届いていそうなほど高くそびえ立っていた。

「ここにあったってことは知らなかったよ。もう随分と古い塔だから、言い伝えもほとんど忘れ去られてる。でも、塔のてっぺんには何かがあるらしい。登ってみようよ、ニコ」

  1. 2010/03/10(水) 20:54:10|
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