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殊能センセーを詰る会

 いや、もうまったく全然知らなかったのだが去る2月11日に殊能将之先生が亡くなっていた。君は殊能センセーを知っているか。小生ごときが殊能センセーを語るのはなんというか、不相応な感じしかしないのだが簡単に説明させていただく。本名を田波正といい、早いうちからSF界隈では「神童」と呼ばれていた人で、名古屋大学理工学部を中退しその後東京で働いていたものの、体を壊し故郷の福井に戻ったりと姿を消していたが、1999年『ハサミ男』で第13回メフィスト賞を受賞し、作家としてデビューした。ちなみにペンネームは『楚辞』の一節からである。

 デビュー作の『ハサミ男』は鮮やかな××トリックで多くの読み手をあっと言わせた傑作である。文章からは書き手の教養の高さが窺われるが、それでいて非常に読みやすい。もう明らかに素人ではない。またイギリスのバンドXTCが印象深い登場の仕方をするが、小生はこれを読んでXTCが好きになった。そういや殊能センセーは『ママー』が嫌いなんだっけな。

 その後の作品は石動戯作(いするぎぎさく)という探偵が登場するシリーズになるが、とにかく「ミステリ」という枠組みをぶち壊すような問題作ばかりだった。『美濃牛』は横溝作品のマッシュアップ、『黒い仏』は実はクトゥルフといった具合である。「「ミステリ」という枠組みをぶち壊すような問題作」というと、麻耶雄嵩もいるじゃないかという話になってくると思うが、個人的に麻耶雄嵩はあまり好きではない。殊能センセーの独特のユーモアというか茶目っ気が好きなのだ。「まだ全然本気出してないけどねw」という感じがある。ミステリ読みが『黒い仏』で激怒したという話をよくきいたが、小生はエセミステリ読みなので愉快だった。

 『キマイラの新しい城』とその後に短編を一本発表してから、殊能センセーの新作に関する情報をきくことはなかった。しかしブログはまめに更新している。そのうちツイッターを始めてからはそっちばかりになったが。殊能センセーのブログはすごい。料理にめちゃめちゃ凝っていたかと思えば海外ミステリの話が出てきたりテレビの話をしていたりと引き出しが物凄い。個人的に一番好きなのは夢日記だ。頭がよくなければあんな夢は観れない。

 殊能センセーはまた体調を崩したり、精神病院に入ったりしていた。もうね、小説を書いてくれとは思っていなかった。生きていて毎朝「オイッス!」と呟いてくれればいいと思っていた。調子のいい時は「ももクロ観た」とか呟いてくれればいいと思っていた。だがそれさえも贅沢だったと云うのか。ふざけんな。殊能センセーのばかやろう。

 最後のツイートは













というものだった。これを読んだ時、不安を感じたのを覚えている。調子が悪いのは本当にパソコンなんだろうか
。殊能センセーはぱっと見おちゃらけたオタクのニートおじさんだが、その実本当は真っ当な頭の固い人らしい。身体を壊したといっても、精神の不調から来ているきらいがあった。それにしたってこれから3日後ってなんだよな。

 殊能センセーはお姉さんにがっつり監視されているようだったので安心しきっていた。バカだった。死因も公表されていないし、しばらく訃報自体が伏せられていたということはそうとしか思えない。あれこれ多趣味な人だが、どれにもさほど執着があるようには見えなかった。でもアンディ・パートリッジが新曲でも出せばどうなったか判らない。

 まったく本当なのか。タチの悪い冗談じゃないのか。殊能センセー好きそうだしな。だが冗談だろうと本当だろうと容赦はしない。小生はここに、殊能センセーを詰る会を立ち上げる。このクソがーッ! こっちに期待を持たせるようなツイート残しやがって! 戻って来るの待っちゃってただろうが! 死んじまえ! って死んどるやんけ! むなしいわ! 

 「己は宇宙という巨大な粘土の塊からちぎり取られた小片であり、己は宇宙であり、宇宙は己である。そして、死ぬということは巨大な粘土の塊に帰ることにすぎない」というブラフマニズムを採用するならば、今頃殊能センセーは宇宙全体を自分として知覚できている訳でさぞ楽しい毎日を送っていることであろう。もう読みたかった本とか読み放題である。むかつく。しかしまあ、そういう仮定が成り立つならば、この罵倒もしっかり殊能センセーに届くという訳である。というか、最早殊能センセーは小生なのである。何を言っているのかわからねーと思うが。。いやもうなんか自分でも泣きながら書いててよく判らねえ。

 しかし死ぬなんてだっせーよなあ。。。今手元にないやつも全部買い直して読み直そう。読もう読もうと思って読んでいないアヴラム・デイヴィットスンも読もう。今でも好きですよ、センセー。これから先どこかでばったり、殊能センセーの溶け込んだ世界が偶然殊能センセーの色の濃い雫をこぼしたように生まれた小説に出くわすのを、ずっと頭の片隅で期待している。



  1. 2013/04/27(土) 11:45:25|
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北山猛邦 『猫柳十一弦の失敗 探偵助手五箇条』 講談社 2013年


 読み終わった。続編がこんなに早く出るとは。。猫柳先生はそもそもシリーズものになると思ってなかったしな。でも同い年だったはずの猫柳ゼミの二人が年下になってるんだが。。。気付いた瞬間冬眠したくなったぞ。いや、そもそも『石球城』も『オルゴーリェンヌ』も出てないしね。「もうソッコー出す!」くらいの感じだったのに何年経ってもまだ出ないしな。『探偵助手五箇条』の特設サイトでは「今年はすごい出す」みたいなことをのたまっているがあと12ヶ月くらいは信用しないでおこうと思う。『てんちゅわうわう』の続きも絶対に期待しないでおこうと思う。しかし文フリの時の北山先生はすごかった。開場してあっという間に売り切れ、その後見かけないと思ったがわざわざ印刷しに出かけて丁寧に製本しながら売られたらしい。先生、なるべく早めに『てんちゅわうわう』の続きも読みたいです。

で、『探偵五箇条』なのだが世界観がJDCっぽいなと毎回思う。今回は舞台設定がアレなのでなんか色々とすっ飛ばして殊能先生の『美濃牛』を思い出してニヤニヤした。もう一回読み返そう。でも『キマイラの新しい城』もいいよな。いやしかし『黒い仏』も。。いやもう全部読み返そう。話が逸れた。猫柳先生のシリーズは基本的に定石崩しがテーマだと思うのだが、定石通りのフラグがガンガン立ち、分かっているのになんだか悪い予感を抱いてしまう。やっぱり頭が古いのかもしれない。でもマモルは『美濃牛』の登場人物でなかったことを感謝した方がいい。

 話が話だけに恋愛要素もそれなりにあるんだが、猫柳先生とクンクンの関係はもっと引っ張るのかと思っていたが意外と踏み込んだな。猫柳先生はちょっと図々しくなっている。まあかわいいんだが。あとマモルは一遍くたばればいい。そしてやっぱりクンクンもくたばれ。というかマモルはもう結婚したのだろうか。名字はどうなるんだ? 相手が旧家で他の姉に見込みもなさそうだから、変わる可能性は高いが。。別に婿養子でなくてもいいんだろうか。しかし最後の扇弧月のカッコよさになんか色々持って行かれた気もする。とりあえず小田切さんが最後の砦だな。。。それにしてもゼミの移動が認められないというのはちょっと驚いた。しかしまあゼミ生が増えても動かしづらいか。

 それにしても北山先生はキャラクター造形が本当に上手い。巻を追うごとに生き生きとして来る。今回も冒頭の猫柳先生はひでえ駄目人間だったが、後半はかっこよかった。そういやあんごう四姉妹の名前の付け方くらいはさすがに分かったが、両親なんかはさっぱり分からなかったな。。。誰か教えてくれないか。




*『石球城』:城シリーズの最新作(予定)。まだ出ない。
*『オルゴーリェンヌ』:『少年検閲官』の続編。まだ出ない。
*『てんちゅわうわう』:去年11月の文学フリマで北山先生が出した自称ライトノベルのコピー本。当初は印刷所で製本する予定だったが書き終わらなかったのでキリのいい所で切り、自分で製本したらしい。
  1. 2013/01/10(木) 23:32:36|
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屍者の帝国

 発表の準備に煮詰まってつい読んでしまった。これだけは絶対に丁寧に読もうと決めていた。だが絶望するほどあっという間に左手の中の頁数は減っていった。

 文体は伊藤計劃がベースにはなっているがその中に消しきれない円城塔が溶け込んでいる。まず主人公がジョン・H・ワトソンというところから相当楽しいが、プロローグが終わってもはちきれんばかりに詰め込まれた小ネタには最後まで一々ニヤニヤされられた。勿論全てを拾えているとは思わないが。ネタのチョイスは若干円城塔寄りなようにも感じたがどうだろうな。星の智慧派が出てきた時は大笑いした。『黒い仏』では気付くのに時間がかかり過ぎたが。今までひどい斜め読みしかしていなかったが一般教養として一度ちゃんと読むべきだな。あとバロウズが出てきた時に同姓同名なせいで一瞬訳が分からなかったのは少し悔しい。

 円城塔は『虐殺器官』を念頭に書いていたように思う。ワトソンはワトソンにしては繊細でクラヴィスを思わせるし、当初筋肉バカとして登場した愛すべきバーナビーは頁を繰るごとに少しずつ鋭い発言をし始めウィリアムズに近づいた。ハダリーは名前からして伊藤計劃が喜びそうだが、ルツィアと同じようにファム・ファタールである。カラマーゾフとザ・ワンはジョン・ポールに少し似てはいないか。

 内容については触れられるほどの能がないので触れない。だが最後の2頁を読み終わって頭痛がするまで泣いた。物言わぬ筆記者であった円城塔が最後に発した言葉に。彼が成し遂げた事の壮絶さに。彼のこの物語の作者に対する絶大な信頼に。そしてもうあの人の新作を読むことは二度とないということに。そばで偶然『Syrup16g』が流れているのも悲しかった。ボロ泣きする時というのは最早「悲しい」という現象が私から切り離されて存在している。あれは非常に不可解だ。

 死者に「ありがとう」と言える人は紳士的だ。小生は未だにどうやって死者を叩き起すかで頭の中をいっぱいにしている。みっともないよな。早く心から「ありがとう」と言えるようになりたい。

 しかしこの本が売れなかったら本当に終わりだな。。。『虐殺器官』、『ハーモニー』、『メタルギアソリッド』、『屍者の帝国』。これは日本だけに留まらずどこまでも広がって読まれていくだろう。

http://www.kawade.co.jp/empire/



  1. 2012/09/07(金) 14:05:07|
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2011.10.29 『おはなしごほん』発売記念サイン会 at オリオン書房ノルテ店

 イラストレーターの片山若子と笹井一個が画集を出す記念として作った同人誌が『おはなしごほん』である。それによく仕事をする二人の作家、北山猛邦と佐藤友哉が寄稿した、同人誌というにはあまりにクオリティの高い絵本である。そのサイン会に主役の二人だけでなく作家も来るというので、北山さんが見たくて行って来た。帰って来て読書メーターでオリジナル登録しておいた。同人誌だから勝手に登録されないんだよな。著者の順番は完全に個人的な愛の差である。

 立川はむちゃくちゃ遠かった。「あそこはほとんど埼玉だ」ときいていたので、そうかと思っていたら駅の人の流れがすごかったので早くも心が折れた。幸いにしてノルテ店にはすぐにたどり着けたが、あの狭い範囲にオリオン書房が一体いくつあるんだと思った。よくやっていけるな。

 店内は駅ビルのワンフロアで結構充実していた。都会の本屋が珍しいのでしばらくぶらぶら見物したが、北山さんの自筆のポップが笑えた。ペンギンかわいいな、おい。知らない人のために説明しておくと、ペンギンは北山さんのトレードマークなのである。音野順シリーズでは、ほとんどの登場人物の名前はペンギンからきている。ちなみに特に上手い絵ではない。

 『おはなしごほん』は電話で予約したが、受け取りがどこなのかよく分からない。レジにいる店員に訊いたら丁寧に案内してくれた。都会の書店にはこんなナイスミドルな書店員がいるのかッ! カルチャーショックであった。

 無事本を受け取ってラウンジスペースに向かうとそこには既にサイン会を待つ列ができていた。ふむ・・・やはり音楽関係とは大分人種が違うな。まあ全体的にぱっとしないんだが、女性はなんだか地味で動きが鈍そうな感じで男性は細くて神経質そうなのが多かった。よかった。この中なら小生もあまり浮かない。ただミステリ読みとは仲良くなれなそうだなとは思った。ずぼらで汚らしい小生はすぐに嫌われるだろう。

 整理券には名前とメッセージの欄があり、立ったまま書く。どいつもこいつも本を開いて読んでいるので、家に帰ってからじっくり読むつもりだったが一応ざっと読んでから書いた。ふと目を上げると、隣にいる男が買ったばかりらしい本を開いている。本屋が巻いた薄いカバーから『メルカトルかく語りき』というタイトルが透けて見えた。

 しばらくするとラウンジスペースが開放された。割に並んだのが早かったので、あっという間に順番は回って来る。北山さんは灰色のジャケットに棒タイの控えめなトロンプルイユのように赤系のチェックのテープが縫いつけられた白いシャツを着ている。浅黒い肌に真っ黒なさらさらとした髪で、眼鏡は掛けていない。盛岡出身なのに色黒なのは高校時代テニスに明け暮れていたからだろう。鋭く細い目が心なしか落ちつかなげに周囲を見ている。が、決して正面は見ない。小生には分かった……これは真性の人見知りである。小生の前の男が「ファウストの連載を単行本化していただきたい」といったようなことを熱心に早口で話している。ファンの言葉に答える声は穏やかで丁寧だが淡々としていた。

 目が細いとぱっと見では思ったが、他の人と比べて特に細い訳ではない。普通である。では何故細いと思ったのかということに思い至って小生は非常に困惑した。インディーズ時代のフジファブリック志村にどことなく似ている・・・ あんなに変態臭くはないし、鼻は鷲鼻に近くてそれほど似ていないはずなのだが。インディーズ時代の顔が黒ずんで見えるフジ志村と作家の読書道の写真を足して二で割った感じだと思った。とりあえず、どっかで思い切り頭でも打ったのではないかとひたすら自分の脳みその心配をした。まあそういうことを書いておいた方がファンが増えるかもしれん。

 まずは宛名を書いてくれるのだが、早速一文字目でペンが宙をさまよった。・・・どうやら書き順が分からないらしい。三文字目でもやはりペンが止まった。大丈夫か。しかし字自体は結構綺麗な筆跡である。ついで裏表紙側の見返しの、佐藤友哉のサインの隣にペンギンを書き始める。ぐっと輪郭を描いてから、細かい部分を慎重に描いていく。一匹描いてから、隣に小ぶりのをもう一匹描いた。ちなみに前の人は横を向いたのが一匹だったな。その後、さらさらと淀みなく自分の名前をサインする。そうしてこちらに丁寧に一礼した。ただこちらは見ていないので、たとえばもし仮に一時間後にばったり出くわすなどということがあっても、向こうは絶対に分からないだろう。名前を名乗ったらもしかするかもしれないが。

 次の人にサインしているところをぼんやりと見る。佐藤友哉のサインが稚拙なウサギの絵の傍らに「ゆやたん」と書かれたものだったので、北山さんは笑っていた。そしてその隣にいたずらそうな顔で余白いっぱいに大きくペンギンを描く。眼鏡で地味な女性書店員に「サインはどこに書くの」とたしなめられていたが、答えないで相変わらずニヤニヤしていた。

 北山さんの隣には片山若子が座っていた。赤紫の服を着て髪を一つに束ねた、普通の女性である。年頃は見たところざっと30代後半から40代といった感じだ。その更に隣の笹井一個も同じか少し若いくらいの年格好で、こちらはショートカットだった。「今日はありがとうございます」と丁寧に一礼されたので、こちらも一礼を返す。蒼い色鉛筆を手に取り、まずサインをしてくれたがそこで手が止まる。しばらくうなり、隣の笹井さんに「何描いたらいいと思う?」と助けを求めた。「栗。栗描いたら?」とすすめられて、うさぎにトレードマークの栗を描く。続いて笹井さんもこちらに一礼した。そしてオレンジの色鉛筆でサインとトレードマークの鳥のようなキャラクターが正座しているところを描いてくれた。

 全部で10分とかからずにサイン会は終わった。再び店内をぶらつく気力もなかったので真っ直ぐ帰った。しかし寒いな。





  1. 2011/11/10(木) 23:42:02|
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『佐久夜』


佐久夜佐久夜
(2001/08)
中沢 新一

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 読み終えた。いや、よかった。まあ、中沢新一が面白くない訳がないんだが。後半ちょっと「天守物語」みたくなるのがぐっと来ますな。。。これは借りるんじゃなく買えばよかった。

 個人的なポイントとしては、

・佐久夜という名前には逆立ちした「夜叉」が隠れている。つまり、美醜合わせ持った双面の女神であるということ(「咲く」と「裂く」の二つの意味も持つ)

・佐久夜はミシャグチと同様にサ行+カ行の音の組合せであり、境界を表す言葉であるということ

・富士吉田には歴史民俗博物館があるということ

面倒臭いのでこれくらいでいいか。とにかく『精霊の王』はちゃんと読む時間が取れなかったのでもう一回読まないとな。しかし、愛聴しているミュージシャンの出身地に歴史民俗博物館があるというのはテンションが上がる。これで佐倉と富士吉田は余計行きたくなった。

 この本は戯曲であり、能っぽいんだがかなりケレンが多いので歌舞伎の助けも借りないと上演は不可能だな。実際、歌舞伎役者を中心に上演されたことがあるらしいが、個人的には狂言師にやってもらいたいなと読んでいて思った。舞が多いし、素面の役が多いからである。そもそも特にいい能楽師は思いつかないんだよな。。。でも狂言師と言っても、茂山家みたいにやたらひょうきんな所はちょっと嫌だ。

 いや、これは観たい。



  1. 2011/09/14(水) 10:00:29|
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