inkblot

アイノウタ

 散々「July」「July」と騒いでいたくせに、ワンマンライブが終わったあと一番胸に響いていたのは新曲だった。「あいのうた」、「アイノウタ」、表記はよくわからない。まあでもバンドからセットリストを知らされているナタリーがカタカナ表記だったから、これがたぶん正しいんだろう。

質の高いバラードだ。幸福のなかにあっても、その心の芯からかなしみがほとばしるような業の深さがある。しかし何と言っても歌詞がいい。

愛という字のアイという読みは音読みで中国語からの借用語なんだよな。日本語だと「愛(かな)し」だと思うが、これはある人やものに対して喚び起される痛切な感情に胸が切り裂かれる感覚をさす言葉で、プラスもマイナスも分かたれていない言葉なんだよな。いとしいも悲しいも、どちらも激しい感情のうねりとして未分化の状態にある。「アイノウタ」の愛は、この「かなし」の段階の愛という気がする。対象を包み込むことを志向する、いとおしいという幸福な感情のなかに、強烈な悲しみが同時に内包されている。カオスの愛だ。自分はこっちのが好きです。

早く歌詞カード見ながら聴きたいよな。
  1. 2017/07/20(木) 21:54:55|
  2. 音楽
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

フレパ

 オリオンをなぞってきた。正確には田淵の残像をなぞってきた。いや、よかったです。意外とユニゾンとフジって対バンしてないよな。そして意外とメレンゲの方がユニゾンと対バンしてるよな。何気にユニゾンとメレンゲならソロ含めて二回くらい観ている。ちゃんとしたファンではないので、ファンのみなさんが斎藤氏をなんと呼んでいるのか知らないのだが、小学校の同窓会で「さいちゃん、ミュージシャンなんだって? エグザイル歌って!」と言われて歌えなかったエピソードの印象がバリ強いので、彼はさいちゃんである。「Ti Amo」、今でも思い出します。イケメンで、MCも面白く、しかも歌もギターも上手い。クボンゲもさいちゃんの爪の垢を煎じて飲んでいただきたい。

 明日もあるので、あまり曲のことは話さないようにするけど、いやあ結局久しぶりなのでどの曲もめちゃめちゃうれしいんだよな。フジの曲を浴びるのを体が喜んでいるような感じがあった。田淵に感化されて七色に光り輝くショルキーを抱えて出てくる変なキーボーディストもいたが、かとをさんが。あんなに動くかとをさんを観るのは初めてではないかというくらい動いていた。今日はかとをさんの故郷の方角に向かって五体投地してから寝ようと思う。

 山総がしきりに気にしていたが、今日はSMAの中堅バンドの二大巨頭の2マンということで事務所の偉い人がたくさん観に来ていたらしい。「今日が盛り上がらないと、ぼくらこれから活動しづらくなります」みたいなことを言っていたが、言うまでもなく杞憂でしたな。

 それにしても山総のギターを生で聴くってホントに贅沢な時間だよな。。。そして声の伸びやかさよ。演奏もすばらしいけども、山総の人柄もホントに最高だよな。ホントに邪気がないんだよな。「お客さん、なんでこんな最高なの?」みたいなことを彼はライブ中よく言うと思うんだけど、山総ほどの純度で「今自分たちのライブを受け止めて、一緒にこの空間を作り出しているオーディエンスは掛け値なくすばらしい」と思っていて、そしてそれが一切のフィルターを通さずに口から漏れてるミュージシャンていないんじゃないか。どこで何してるか全然わからないやつらの集まりなのにさ。そんなことホントに信じて言えるなんてあり得るのかよ。ホント、ウソみたいに綺麗なんだよな。なんというか、彼の放射している陽のエネルギーってすごいよな。勝手にもらっちゃっていいんだろうか。ステージの上の山内総一郎は本当に美しい。一切力んでいないんだけど、しかし無駄も一切ない。ミュージシャンとしての本能だけでそこに存在しているような人だ。機能美としての美しさがある。またこんな美しいものを目の当たりにしてしまった。バチが当たりそうだよな。。。

 アンコールでさいちゃんと「若者のすべて」をやったのだが、なぜどいつもこいつもフジのカバーというと判で押したように「若者のすべて」なんだろう。いや、さいちゃんの「若者のすべて」はすばらしかったし、後輩バンドがフジをカバーするというのは非常にうれしいことだし、メレンゲもカバーしてくれよと思う、最後のはちょっと関係ないが、それとこれとは別の話で気になるんだよな。「若者のすべて」はたしかに名曲だが、これがフジファブリックの代表曲ですというのはピンとこないんだよな。それよか「銀河」やってみろよと意地悪を言いたくなる。その点、さらっと「タイムマシン」なんかをぶっこんでくるクボンゲはやはり本質をついていると思う。「タイムマシン」を歌えるミュージシャンてもなんて、なかなかいないだろうな。

 という訳で今日のライブを総括すると、これから開演前のかとをさんにユニゾンのライブ映像観せてほしいということと、山内総一郎はやっぱり国の天然記念物に指定するべきだということと、あと来年はフレパにメレンゲを呼んでほしいということである。以上、解散! 

  1. 2017/06/30(金) 23:32:32|
  2. 音楽
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ポスト・アポリア

 なんだか風邪をこじらせてしまい、何もできないので2011年くらいのメレンゲのライブ映像を観ていた。なんと言うか、自分が真っ先に心を切り裂かれたのはこれだったんだよな。張りつめている。余裕なんか一切ない。無防備なままステージに上に追い詰められて立っているようなところがある。そこからどうしようもなく目が離せなかった。それに今見返して気付いた。

 今観るとはっきり分かってしまうんだけども、あの数年間のクボンゲは異様だった。志村にそっくりすぎて、観ていると心が砕けてしまう。過剰なまでに引き受けようとしていた。クボに志村を求めていたし、クボ自身も志村を自らに依り憑かせることを望んでいたように思う。残酷だ。でもそうせざるを得なかったんだろう。

 あのころなんかついこの間のはずなんだけど、ホント年取ってんだよな。あのころのメレンゲは鋭かったが脆弱だった。今はだいぶ逞しくなったよな。したたかさがある。相変わらずガツガツしてないというかマイペースなんだけど、でも続きを生きてるんだよな。あのころメレンゲは死というアポリアを抱え込んで、それを取り込もうとしていたのかもしれない。アポリアとは死、死とは止まった時間だ。止まった時間と一体になることはできない。スノードームのような止まった時間をどこかに抱えながら、でもたしかに誰かが見ることのできなかった、生きられなかった続きの時間を生きてきた。「動いていない様に見えても 確かに進んでいる」んだよな。年取ってるよな、バンドもファンも一緒にさ。

 またホールで観られる未来がめちゃめちゃ楽しみでしかないし、過去もいつだって振り返りたいから、アポリアツアーとかわりとちゃんとカメラ入ってたの知ってるので、今からでも全然遅くないから売ってほしい。itunesとかでいいです。たのむ。あと呼吸するように様つけ忘れたので、各自心の目で補って読んでください。解散! 



  1. 2017/06/27(火) 20:41:14|
  2. 音楽
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

20170519


 昨日の夢にクボンゲが出てきて俄然心配になった。6月23日にワンマンあるよね? 大丈夫? ちゃんと練習してる? 打ち合わせとかしてる? おれ、自分と犬の世話が大変なのでフグの世話まではできないぞ、ツヨンゲちゃんとお世話してください。

 久しぶりに聴いていて、メレンゲってコミュ障ロックだよなと思った。「きらめく世界」とか、相手の目を見られていない気がするんだよな。「大丈夫、キミは溶け合ってボクになる」なんて言うけども、目を見て言ってないんじゃないかと思う。わりとそういうとこが好きなのかもしれない。別にそれでよしとしている訳ではなくて、克服しようと試みてはいるけども、結局めっちゃ目をそらしているようなとこあるよな。コミュ障はいいと思うんですが、ワンマンの告知とかライブ情報とか更新しろYO!! まあ全然ブログ書いてない自分がいえることでもないですが。

 ツイッターでハッシュタグつけてリクエスト曲をツイートしてねってやつ、一曲だけか。。。と思ってまったく絞り込めない。せめて三曲くらいにできないのか。めちゃめちゃたくさんアカウント作りまくってリクエストしたいな。手を変え品を変え「July」を。。。やらないけど。しかしせっかくリクエストするならどうせやるだろみたいな曲はなるたけ排除したい。。まあ「July」は絶対やらないだろうって曲になるが。「CAMPFIRE」聴きたい。

 

  1. 2017/05/19(金) 16:12:00|
  2. 音楽
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

20161224

論文が全然進まねえ。年内最後だったので大学図書館に行ったらOPACが使えず、ほしい雑誌は書庫が閉まって取り出せなかった。おれの論文は終わった。。。それ以外にもいろいろ終わっている。メンタル的にはまだこれからだが。そんなこんなで今年ここに載せるものがない。去年のやつは驚くことにまだ打ち直しが終わっていない。なんでこんなにしんどいのか。いや、あれはわりとしんどいか。何を書いたのかというと、折口の『死者の書』である。どうしてもモノ語りをやる必要があると思った。他者から死者を語るのではなく、死者自身が語り手に依りつき、語る。うまくやれたのかはまだ分からない。
今年もあれこれ考えてはいるのだが、なぜか論文の傍ら手が自動筆記しているのはちょっと違うものである。やっぱりよくわからない。ただ、動機はいつもなにか欠けているものを取り戻したいということにかえっていく。
しかし今年の12月24日のトピックといえば、やはりクボンゲの「クリスマスタイム」だろう。クリスマスソングに欠かせないものは二つあると思っている。猛烈な寒さ、さみしさと否応なしに包み込むような温かさだ。さみしさのないクリスマスソングは聴けない。いいクリスマスソングをどうもありがとう。でも最近、今まで後生大事に抱えてきたさみしさと、人としてあっていいはずのささやかな幸福の折り合いがうまくつかない。やっぱり小生のクリスマスはしばらくそんなハッピーにはならなそうである。
ホント七年とかなんなんだよ、意味わかんねえよ。やはりこの日はアポリアとして、溶け残った飴玉みたいに心の底に転がっている。
ところで三連休だからってそこかしこでいちゃついてやがるアベックども、俺たちの志村の呪いによって、今後地味な不幸に見舞われるだろうから覚悟しておけ。
しかし志村のそういうベクトルのポテンシャル高いところがホントに最高である。
  1. 2016/12/24(土) 23:15:11|
  2. 音楽
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ