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手紙

 もう一億人が言ってることだけどフジファブリックの新曲、猛烈にいいな。

「手紙」、イントロから強烈なギターのリフが「STAR」級に刺し貫いてくる。そのリフになによりもまず、山内総一郎は骨の髄からギタリストであるということを思い知らされる。彼は心から大切な曲を作ろうとすると、無意識のうちに(だと思う)まずギターのリフとしてその思いがにじみ出しほとばしる。「STAR」はまさにそんな曲だったんじゃないか。志村の死というアポリアにギタリストとして対峙した曲。何度も大事そうに「志村君がいなくなってしまった時、はじめて自分で歌うということを意識して書いた大切な曲です」と説明する「ECHO」。そして「手紙」はギタリストとボーカリスト、双方の面で最大出力だ。

個人的にはギターリフがこの曲の最大のフックだが、曲も歌詞も音の一粒ひと粒も考え抜かれていて、とても言語化しきれない。細部まで考え抜かれているけども、濁った思考がわだかまるような痕跡は残っていない。それにしても、山内総一郎という人間が不思議で仕方ない。得体の知れないような化け物じみたものは感じるのだが、人間に必ずきざす「怖さ」がないんだよな。そんな人間ってホントに存在するのだろうか。不思議だ。彼の曲はひと色の感情しかないような平板なものでは決してないはずなのに、なぜか混じり気がない。なんでそんな風に思えてしまうんだろう。

フジファブリックについて考えていると、なにひとつうまく言葉を持ち帰れない。それが悔しくもどかしい。なんにせよ、こんなにギターの音に心をえぐられて泣かされるのは山内総一郎のそれだけだ。彼の(おそらく本人は気づいていない)天才に切り刻まれるたびに恐ろしく思う。携帯のボタンひとつで、あっさりと奇跡との邂逅を果たしてしまう。それを受け止めきれずに、ただただずっと聴いている。



  1. 2018/07/05(木) 22:38:29|
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20180111 斉藤和義×山内総一郎


 昭和音大に山内総一郎と斉藤和義の弾き語りツーマンを観に行ってきた。ステージの上に並んで二枚の絨毯が敷かれ、定刻通りに客電が落ちると、二人で仲良く下手から現れる。山総のマイクがおかしくて最初何を言っているのか全然聞こえなかったのだが、客席から「そうちゃん、聞こえない!」という声が飛び、「うそ~? (せっちゃんのマイクを借りた途端に声が大きくなる)マイク? あ、ホントだ」とかゆるいやり取りがあり、せっちゃんとマイクを持つのか持たないのか持ってもらうのかみたいなやり取りがあり、とりあえず先攻は山内総一郎である。

 上手側の絨毯が山総で、アコギ一本と小さいバスドラひとつというシンプルなセッティングだ。せっちゃんといえば黒のギブソンJ-45がトレードマークだが(そしてギブソンのアコギといえばああいう音だが)、山総のアコギはこうしてじっくり聴くと朝の光のようだった。生まれたてのような清らかさがある。一曲目は「カンヌの休日」。ギターもボーカルも強弱をつけていた。新鮮。二曲目は「カタチ」。これアコギ、めちゃくちゃいいな。一番このギターの音に合った曲だったと思う。最高。

 前半の講義でルーツの話をしたらしく、「斉藤さんも僕もやっぱりビートルズで」というところからビートルズのカバーで「I Will」。英語はあんまりうまくないけど、でも彼が歌うとこの曲のかわいらしさがよく伝わってくる。とてもよかった。

「『小さい頃の夢は叶いましたか?』っていう質問をしてもらいまして。ああ、いい質問だなあと思って。それで考えてたんですけど。。フジファブリックとしてデビューして、志村君が旅立ってしまったのはあまりに早かったとは思うんですけど、こうして続けられていて、ある意味夢は叶っているのかなと、思ったんですけど言えなかったので今言います! そういうことを思い返していて、志村君がいなくなってしまった時、はじめて自分で歌うということを意識して書いた曲が、「ECHO」という曲がありまして、もともとやる予定の曲ではなかったんですけども、やろうと思います」

 「ECHO」。終わったあと、あくびをしてオーディエンスに笑われる山総である。「眠くないですよ! なんだろ。。なんかふ~~って抜けたんかなあ?」みたいなことを言っていた。

 たしか「LIFE」の序盤でエフェクター踏み忘れていたらしく、「ん?」という顔をしてからひょいと横に足をのばして踏んでいた。素で演っている感じだった。間奏のギターを歌いながら自由に弾きまくっていると手拍子が止まっているのに気づいたらしく、「手拍子続けてていいよ?」と言っていた。完全に素である。

 せっちゃんのカバーは「劇的な瞬間」だった。山総が歌ってもなんかせっちゃんの女々しさが残っていて面白い。「斉藤さんはちっちゃい頃からカッコよかったんだろうな~~モテてたんだろうな~~(手を振りながら)『斉藤和義で~す』みたいな」とか寝言みたいなことを言っていたがちょっと何を言いたいのかよく分からなかった。いったい何の物真似なんだ。山内総一郎のなかの「カッコいい」という概念に不安を覚えた。

 「虹」はギターの音も相まって澄んで爽やかで、ホントに雨が上がったあとのようだった。途中で「最後の曲なんで盛り上がってください」とか言い出す。曲中にMCタイムを設けがちである。結果、大盛り上がり。アウトロのギターは清冽な嵐のようだった。

 せっちゃんは書いてたら終わらなくなりそうなので、割愛。「アゲハ」や「あこがれ」、「マディウォーター」とかやってたっけな。山総とタイプは違うが、せっちゃんのギターも鬼うまい。「やさしくなりたい」「歌うたいのバラッド」「ずっと好きだった」という誰でも知っているそしてみんなぶち上がるくそ名曲を連発してくれるあたりも最高。ただMCはなんか9割がたうめき声だった。たぶん下ネタを言いたいのにお堅いシチュエーションで言いづらかったからだと思う(失礼)。最初はもそもそしていたが、そのうち言いたい放題言っていた。予想通りである。



 アンコールは二人で出てくる。「斉藤さんと二人っきりってはじめてですよね」と山総が言い出し、「そうだっけ? まあ普段は奥田民生とかトータスとかいるからね」となんか言いたそうなせっちゃんに「はじめてだと思います!」みたいなことを自信ありげに言い切ったが、すぐにラジオでやっていたことが判明する。ゆるい。一曲目は「進めなまけもの」。

 「フジファブリックの曲、ホントむずかしくてやだ」とか言いながら「前にラジオでやってうまくできなかったからリベンジします」ということで「ブルー」。「リベンジできたかも」と言っていた。

 「この人、今は俺と一緒だからこんなこと言ってますけど、はじめて買ったCDはウルフルズですからね」とひねくれたことを言いながら唐突に「バンザイ」を弾き語りはじめる。段取りもくそもないので、適当なところで「はい」と山総をうながす。ああいう人間なので、せっちゃんが「歌え」という圧をかけながら見つめても絶対に気付かない。終わったあと、「いない人の歌を。。。」と山総が笑っていると、またせっちゃんがしれっとなにか弾きはじめる。「イージューライダー」である。わざとリフや歌詞を適当にごまかす。山総はバカ正直にちゃんと歌うし、コーラスもばっちりである。この二人、いつもコーラスめちゃくちゃよくないですか。だが山内総一郎はやらないぞ。端折って短めに終わる。

 そういやどっかでせっちゃんが「そうちゃんになら抱かれてもいい」的なことをもっと露骨に下品な言い回しで言い出したんだけど、危機感しかないよな。対して山総は「え~~! 斉藤さん、背でかいからな~~背でかいからな~~」と謎の悩みを抱えていた。せっちゃんも「背。。。?」みたいになっていたが、アホも一種の安全機構なんだなあ。もうむしろそのままでいてほしい。しかし下ネタおじさんとか、メガネを5メートル飛ばす電車オタクとかまわりに悪い虫しかいないので、そろそろ志村はこういう不良中年の夢枕に立って牽制しておいた方がいいと思う。

「えーと、、いちおうもう一曲ちゃんと練習してきた曲があって、、練習したよね?」
「しました!」
「また俺の曲なんですけど、、「FIRE DOG」という曲をやります」

ということで「FIRE DOG」。アコギなのにバキバキである。めちゃくちゃかっこいい。終盤はギターバトルの様相を呈していた。最高。でも山内総一郎はフジファブリックのものだぞ。




  1. 2018/02/02(金) 12:45:48|
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新年

 明けましておめでとうございます。新年早々風邪をひいていて、まだちょっと調子が戻らない。しかしまあ大学休んだりはしなかったのでラッキーと言えばラッキーである。いま山総とせっちゃんの弾き語りツーマンを書いたりしているのだが、なかなか書き終わらないのでとりあえずあいさつだけ。今年もぼちぼちやっていこうと思うのでよろしくお願いします。それにしても初ライブ、最高すぎた。最近全然山総を観に行けてなかったので、出てきただけでなんか感極まって泣いていた。保護者かよ。我ながら気持ち悪いと思うが、冷静に考えて熱があったので多分そのせいだと思う。弾き語りワンマン行かれなかったの、めちゃくちゃ悔しかったのだがちょっと成仏できそうである。いややっぱ死ぬまでには観たい。


 そういや文フリに出した本を
通販できるようにしました。
ここに載せたものもありますが、結構書き直してるので読んでもらえるなら紙で読んでもらいたい。そっちがベストです。もちろん未発表の話も面白いと思う。ぜひ。



今年初の富士山っす。





  1. 2018/01/16(火) 18:35:41|
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富士吉田、新宿

 12月24日は富士吉田に向かった。なんだかんだここ数年は行かれなかったので、久しぶりである。なんというか、もう8年になる訳だがやっぱりこの日と面と向かって対峙する根性がなくてついごまかすように違う予定で埋めてしまう年が多かった。いやいや無理無理。まっすぐ向き合ってしまったら、心が潰れてしまう。しかし今年はこれまでとは違ったので、ちゃんと志村に会ってこようと思った。

 24日の過ごしかたを誰か教えてほしい。自分にとってはとても深刻な日だ。でも我に帰るといつも恥ずかしい。家族でも友人でもないのになんでこんな大事なんだろうな。個人的に心配で仕方ないのはなんかさみしい思いをしてないだろうかということである。あんまり穏やかな最期をイメージできてないからだろう、寒かったりさみしかったり苦しい思いをしてないかとどうしても考えてしまう。そう思うと自分もつらい。気付くといつもぼんやりそんなことを気にしている。

 富士吉田の手前、どこらへんだったか、山のあいだからやっと大きな富士山が見えた。近くで見ても蒼く煙るようなやさしい色をしている。それを見た時、なんとなく大丈夫な気がした。この大きな山がやさしく抱き留めているなら大丈夫だ。さみしくないよな。志村のとこにもひっきりなしに人が訪れていた。べつに自分は何でもないんだけど、なんかホッとした。愛されてるよな。

 天気も崩れそうだったが、日中はそこそこいい天気で助かった。そんなに寒くなかったしな。まあ寄り道したらしっかり降られたので、志村。。。と思っている。翌日、めちゃくちゃいい天気だったのもたぶんやつの仕業だと思っている。だってクボンゲのライブ、だいたいいつも雨だもんな。

 志村のことが好きな人全員に観てほしいような素晴らしいライブだった。クボンゲはうれしそうに志村の話をしていた。クリスマスにライブをやる理由みたいなことを、もしかしたら本当は言葉で伝えたいと思ってもいたかもしれないが、言葉からは完全にあふれていた。しかしまあみんな分かっている。「朝携帯を見たら、メールが来てまして、、、志村正彦から来てまして。。。『今日ライブ行くよ』みたいな内容だったんですけど。。。あの、たぶん、お母さんが気を利かして送ってくれたんだろうなあと、、思うんですけど。。今日、がんばらないとなと思ってます。。。」と言っていた。

 「志村が来ていた」とか言うと怪しい感じがして嫌なんだが、でも実際にいたよなあれは。個人的には見えない志村をクボ氏のそばに感じたというのではなく、クボ氏にレイヤーをずらしながら重なるように志村がいたような感覚があった。そばじゃない、同じ所だ。ダブって見えるのである。意味わからないよな。。。それにしても、「タイムマシン」と「若者のすべて」のカバーはなんとも言えない不思議な感覚が残る。彼の持っているものは全然違うはずなのに、なんであんなに志村そっくりなんだろう。声質なんかかけ離れてるのに、それ以外信じられないくらい志村だ。こんなこと言っていいのかわからないが、クボ氏は自分の中に生きている志村を守っているんだと思う。これから先も志村に歌わせてほしい。

 なんというか、ホントに楽しい夜だった。観ている側だけでなく、ステージの上の3人がホントに楽しんでいた。その反面、明らかにひとつの儀礼の夜からでもあったと思う。ある出来事を語り継ぐために、伝承に基づいて儀礼は反復される。繰り返し繰り返すことが重要だ。宣言でもあったと思う。「富士吉田でライブしたい」「また来年もやりたい」と言っていた。それ絶対忘れないからな。

 なんかまったく書ききれない。今年中にはもう無理だな。。。しかしクリスマスを楽しくしようとクボ氏が言うなら自分は彼を信じようと思った。楽しいクリスマスはなにかをかき消そうとするものではなく、むしろそれに根ざしている。それが明らかだから信じられる。ありがとう、志村とクボンゲ。生まれて初めてのクリスマスだった。







  1. 2017/12/31(日) 11:47:52|
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文フリ終了

 うお、文フリが終わってからだいぶ経ってしまったな。なんだかんだ充実して忙しいんだよな。文フリは全然売れなかったが楽しかった。朝はどしゃ降りだったが昼くらいにはやんでめちゃくちゃ晴れ、めちゃくちゃ暑かった。いろいろ見て歩こうと思ったがあんまり見られなくて残念。しかし先輩とまたやりたいねと言いあっている。買う人いるかはわからないが、通販もやろうかなと思っている。BOOTHとかってやつがいいらしいので調べよう。

 最近山総の出たテレビを録画しといて観てるのだが、フジファブリックへの愛があふれてしまう。めちゃくちゃバンドだしやっぱめちゃくちゃ好きだな。大好きを再確認している。「スズコウ☆ナイト」はTHIS IS 向井が存在しているだけでなんか面白い。「ECHO」について志村の話をした後、「しんみりさせちゃってすいません」と謝る山総に「しんみりしますよ、当たり前ですよ。よかった」と返したTHIS IS 向井はかっこよかった。そして最後に「フジファブリックから、山村総一郎」としっかり名前間違えてくるのでTHIS IS 向井、やばい。

 「TOKYO SESSION」は、、観ました? 観ました?? 全部しゃべるけど、めちゃくちゃ贅沢だったな。民生ちゃんせっちゃん山総がサポート入れたりギター3本とかに逃げず、パートまわしながらがっつりバンドセッションてなんなんだよ、最高。山総ギターボーカル、せっちゃんベース、民生ちゃんドラムの「はいからはくち」がめちゃくちゃよかった。あと民生ちゃんチョイスの「3はキライ!」にかなり心を撃ち抜かれている。せっちゃんが歌う「スローなブギにしてくれ」はよかったけど原曲と比べるとさらっとしているんじゃないかというのが我が家の見解である。せっちゃんは美女(シシド・カフカ)に「ずっと好きだった」をリクエストされて「うん、やります」と即答していた。もちろん全部小芝居だろうけど、それにしても快諾である。せっちゃんの名に恥じない。あとこの人にバンド名考えさせるのはやめてほしい。案の定ひどい。「ずっと好きだった」がめちゃくちゃよかったのは当たり前だが、山総のコーラスがよかった。それにしても民生ちゃんのアコギの音、めちゃくちゃ好きだ。ギブソンの硬質で澄んだ音には違いないのだが、民生ちゃんの音は他のギタリストとは全く違う気がする。バカ耳が言っても全然説得力ないのだが、民生ちゃんのアコギの音にはハッとさせられるんだよな。あの古いJ-45、めちゃくちゃいい音だった。個人的にエレキもアコギもギブソンの音がめちゃくちゃ好きだ。「志村のこと、どう思います?」と訊かれて「強烈な個性を持っていて、、曲にしても、声にしても。才能の塊でしたよ」と言っていた。こんなことを言うのもなんだかなと思うのだが、志村のことを話題にしているあいだの民生ちゃんの顔はどうにも沈んでいるようにしか見えない。ちゃんと志村の話を繰り返し繰り返ししてくれる山総が好きだ。志村の歌を歌い続けるフジファブリックが大好きだ。生きている者が今いない者にしてやれることは、本質的にそれしかない。







  1. 2017/12/10(日) 11:47:41|
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