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野音でキセル

 行って来たが、もう本当に気持ち良かった。もっちゃり兄弟にエマーソン北村(キーボード)、北山ゆう子(ドラム)といういつものメンバーにキーボード野村卓史(グッドラックヘイワ)と曽我大穂(フルートやパーカッション等いろいろ)という豪華な6人編成で、兄弟を核として、メンバーが増えたり減ったり、ちゃぶ台を持って来たり木彫りの象を置いて行ったりする。

 まず開場時間までリハをやっているのがキセルである。ゆるい。笑 しかしリハだけでも相当よくてニヤニヤしてしまった。客は3、40代が多い感じで、普通にそこらへんで缶ビールを開けたりしていてびっくりした。まあ当然始まるまでにはすっかり出来上がっている訳である。

 しかしチケットはソールドアウトで立ち見が出るくらいで、野音なのに座席は自由だったから小生が入った頃には、もうかなり埋まっていた。じきにぎっしり埋まるだろう。ちょうどほぼ一年になるメレンゲ野音の席の埋まり具合を思い出してちょっと暗い気持ちになった。

 開演までは角張社長がDJとして場を盛り上げたりしつつ、気付いたらもっちゃり兄弟がステージにいたりした。そしてもちゃもちゃと曲をやり出す。「方舟」が久しぶりに聴けて妙に満足したがまだ早い。

 チャカポコチャカポコともっちゃり兄弟がせかせかと頑張る最速コーナーもよかった。「ねの字」は久しぶりに聴いたな。「エノラ・ゲイ」の「ちなみに僕らも 日本人だよ」と歌う兄弟がめちゃくちゃかっこよかった。あれは惚れる。これがロックじゃなかったら、何がロックなのか教えてほしい。「エノラ・ゲイ」は初めて生で聴いたが、また聴きたいなあれは。

 兄弟だけのコーナーでは、兄がエレキをアコギに、弟がベースをミュージカル・ソウに持ち替えて「君の犬」をやったり「くちなしの丘」をやったりした。二人の違うようで同じ声が重なると、境界線が失われて全てが溶け出してしまう。あの気持ちよさは他にないな。

 「くちなしの丘」が終わった後、兄さんが呆れたような声を上げたので、何かと思ったらまさかの弟トイレ退場だった。まあでもかなり寒くなっていたので仕方ないと思うが、兄さんはちょっとぷりぷりしている。


兄:はあ!? トイレなんか本番前に行っときいやあ! 自分何しとったん? はよ行ってきいやあ。

弟:ほんますいません! すぐ戻ってきます! (下手へ走り去る)

兄:まったくあり得ないすね。。戻って来るまでは、、繋ぎます。自信ないけど。。何したらいいん? 歌? なんか聴きたいもんあるすか? ん? 高田渡。じゃあ、「おなじみの短い手紙」という曲を。カバーですけど、自分らにも他人事じゃないと思ってます。

(ちょうど神がかったタイミングで弟が戻って来る)

兄:(曲を始めようとして弟に気付く)お。おったんかい。

弟:(きまりが悪いらしく、妙に姿勢がよくなっている)戻って来ました。


兄弟はちょっともちゃもちゃしていたが、すぐに弟がそそくさとミュージカルソウを手にしてカバーを始めた。もちゃもちゃふわふわしたサウンドとボーカルなのに、歌詞がまっすぐ突き刺さった。これは聴けて本当によかった。もっちゃり弟がトイレに行ってくれて感謝である。

 その後は待機組を呼び込んで「砂漠に咲いた花」「ハナレバナレ」なんかをやった。普通に考えてヤバいだろ。しかし何となく、弟の声が前より兄に似てきたような気がした。

 それにしても、「写真」が印象深かったな。。一番照明が綺麗だった。夕日のような真っ赤な色がステージいっぱいに広がり、空のようにゆっくりと色を変えていく。

 アンコールは3回くらい出て来て、最後は全員で挨拶して帰って行った。2回のアンコールで「ベガ」「ビューティフルデイ」「春」をやってくれた。「ベガ」は初めて生で聴いたかもしれない。

 MCはいろいろあって面白かったが、今書いている端末だと書きにくいので出来れば後でまとめたい。トイレのくだりだけ書くと、兄さんがぷりぷりしているようだが、実際には最近友晴さんが怖いらしく、兄さんがしきりに「怖い怖い」と言っていたので逆である。しかしなんだかんだ言って仲の良さそうな兄弟である。

 客が完璧に酔っ払いで、日本語じゃない野次的なものを飛ばしたちしていたが、それに兄弟がいちいち答えていたのが意外だった。無視しそうだけどな。でもちょっと兄弟でツッコミを入れ合ったりしていると、すぐに「仲良くしてー!」と叫ぶ酔っ払いに対しては「それ言いたいだけやろ」とばっさり切り捨てていた。

 ざっと書くとこんな感じだろうか。なんか来年もやりそうなので、行けなかった人も行けた人も次を楽しみにするといい。カメラががっつり入っていたので、映像化も楽しみである。
  1. 2013/06/04(火) 13:41:12|
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2012.2.14 対バンの嵐 at 新宿LOFT その1



 寂しい天気だった。待っていれば雨もやむんじゃないかと思っていたが、出かける頃には土砂降りだった。諦めて家を出て、電車の中で『クローム襲撃』を開く。読んだのは「ホログラム薔薇のかけら」から「辺境」まで。「辺境」を読み終わったら気分が悪くなったのでやめた。色々考え込んでいる時にSFはよくないということを学習した。

 ロフトは行ったことがあるから大丈夫だろうと思ったがむちゃくちゃ迷った。ほとんど半べそかいてたが、三人くらい(居酒屋の派手な呼び込みのお姉さん含む)に道を訊いてやっと辿り着いた。都会なんか嫌いである。まあ着いたころには整理番号の意味とかなかったよな。

 穴倉のような店内を進み、市松模様のフロアに出る。幸い平日だったので、時間通りに入場しているのは暇な大学生か主婦くらいでまだそこそこ前の方で観れそうだった。ステージにかかった黒幕にはプロジェクタでイベント名が映し出されている。SEで流れているのはなんとなく聴いたことがありそうだが知らない洋楽だった。このバンドがスウェーデンのアトミック・スウィングだと知ったのは後になってからのことである。西山が愛聴していたバンドだという。

 ガチガチになっていたので待ち時間が非常に長く感じたが、開演時間を少し過ぎたところでSEとプロジェクタが消え、幕がゆっくり上がった。出て来るのはもちろんもっちゃり兄弟とエマーソン北村、北山ゆう子である。兄は青地に白いかもめのプリントのTシャツ、弟はグレーの長そでのグッズのTシャツを着ていた。

 楽器を手に取り、のんびりとリズムを取りながらもっちゃりと曲が始まる。一曲目は「雨音」だった。決してよく聴く曲ではないんだが、ライブで聴くとむちゃくちゃよいのだから驚きである。一曲目からすごい満足感があった。早い。さすがにまだ早い。

 二曲目は「ハナレバナレ」。音源で聴くとちょっと重たいが、ライブでは兄が淡々と歌うので不思議な感じである。兄の声が気持ちよく伸びていく。音源の重さに対して、もっちゃり兄は能天気そうにすら見える。へんないきものである。


兄:今日は初恋の嵐のイベントに出させてもらって嬉しいです。みんな知らないと思いますけど、ぼくたちキセルって言って、(笑いが起こる) ぼくらはいいですけど初恋の嵐は本当にええバンドなんで。。。楽しんでいってください。


 もっちゃり兄のMCはいつも大体自虐的である。ちなみになんで初恋の嵐が対バンにキセルを選んだかと言えば、ベースの隅倉ともっちゃり兄が斎藤和義のサポートをやっているからである。


兄:(もっちゃり弟の方を見て) なんか痩せたな。

弟:昨日も会いましたやん!苦笑 

兄:いや、会ったけど。。。なんか今見て改めて「痩せたな」思った。。。。

(笑いが起こる)

兄:キセルは8割は今みたいなもっちゃりした曲ばっかなんですけど、数少ないちょっと速めの曲をやろうと思います。まあ速めって言っても大したことないんすけど。。。笑 「ねの字」という曲です。


 もっちゃり兄のもっちゃりした前振りから「ねの字」が始まる。数少ないアップテンポの曲である。この間この曲を聴いた時は終わった後、兄が疲弊しきっていたが大丈夫か。

 その次も「サマーサン」と珍しくアップテンポが続いた。どちらもなんかポコポコした曲である。「サマーサン」は初めて生で聴いたがやっぱりいいな…… 『magic hour』は名盤だ。全曲ライブで聴きたい。しかしキセルもライブがいいバンドである。

 もっちゃり兄弟がお互いに目で合図し、口笛を吹き始める。「手紙」だ。キセルはもっちゃり兄弟の声の混ざり方が最高だ。音源もいいがライブは尚の事いい。違う声なのに根本は同じ声だ。それが重なることによって輪郭が溶け出していく。夕闇に全てが溶けていくようだ。

 どうでもいいんだが、なんとなく今日のもっちゃり兄弟は弟がむっつりしているように見えた。曲をやっている最中、兄はしばしば弟の方を観ているんだが弟は必要がある時以外ほとんど見ない。MCもなんとなく兄に対して冷たいような印象を受ける。喧嘩でもしてんのか? まあライブ自体はめちゃくちゃよいのでどうでもいいが。しかし弟はしっかりしているように見えて天然なので、案外何も考えていないのかもしれない。やっぱり今回もMC中なぞの手つきをしていた。手持無沙汰なのは分かるがはっきり言って謎である。あと弟は必ず水筒常備なところが家庭的である。きっといい主夫になるだろう。


兄:そろそろ終わりなんですけど。。。新曲をやりたいと思います。「さめないの」というタイトルです。


 タイトルはぶっちゃけ「さめがいる」と聴こえた。でも多分上ので大体合ってるんだろう。のんびりした曲だったが、その後ろにうすら寒くなるような怖いものが隠れているような曲だ。「空はこんなに空なので 海がこんなに海なので」というような歌詞だった。もう一度聴きたい。

 そして最後は「柔らかな丘」だった。縦に横に世界が広がっていく。広げられた世界はあっという間に雲散霧消してキセルは去って行った。7曲はどう考えても短かった。しかし満足である。ワンマンを観に行きたい。




SET LIST

1. 雨音
2. ハナレバナレ
3. ねの字
4. サマーサン
5. 手紙
6. 新曲
7. 柔らかな丘




  1. 2012/03/29(木) 14:49:31|
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この間観たキセルは


 こんな感じだった。まあ下半身はほとんど見えていないので適当だが。

 昨日は萬斎と万作を観に行った。万作は初めて観たが割と小柄な感じがした。萬斎の「千鳥」はいいな。小舞の「八島」で若いのがつるっと滑ってたのを観て、なんだかレア感があった。地謡がやたら若々しいのも珍しい感じである。少し遠かったが行ってよかった。能狂言は若者を歓迎しているのでもっと皆行くといいと思うんだがな。学生マジで安いぞ。しかしここのところずっと出かける用事が多いのでそろそろ引きこもりたい。

 覚え書きは少しずつ書いているので震えて待て!




 120214kicellc.png



  1. 2012/02/25(土) 18:35:52|
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20111106


 明日は赤坂の最後の部分を載せます。大したことも書いてないのに20枚もあるんだからバカバカしい。。。

あと今更だが、新曲に関して露骨にネタバレしているので我ながらぶっ飛ばしたいくらい野暮だなあと思いながら書いていた。

ライブと言えば最近色々とぶり返しているので、12月のフジが複雑な心境である。。結局去年と何も変わっていない。

それと、これからレポートをやらんといかんので、コメントについては申し訳ないけれども明日以降ですな。。。

それにしても、本秀康のキセルの似顔絵はよく描けているなあといつも感心する。




kicell



  1. 2011/11/06(日) 20:26:53|
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邦楽ロック、ニッチ、キセル、フジ、メレンゲ



 実はこれ、レポートをほぼ書き変えていない文章である。だが書きたいことを書いているので載せたい。同じことを繰り返し書くことも大切だと内田樹も云っていた。しかし内田の娘の名前はヤバい。という訳でどうぞ。






 邦楽ロック。その音楽性は多種多様で、メロディック・パンクやメロディック・ハードコアを志向するもの、エモ、パワーポップ、グランジ、ポストロック、エレクトロニカ、アンビエント、シューゲイズ、サイケ、プログレ、グラム・ロック、歌謡曲の要素を持ったもの、あるいは60年代や70年代などの特定の時代の音楽性に回帰したものなど、かなり細分化が進んでいる。その雑多な「ロック」をまとめ上げているのが、メディアである。CSの音楽チャンネルや音楽雑誌などだ。邦楽ロックを扱っている雑誌で最も大きな影響力を持っているのは『ロッキング・オン・ジャパン』だろう。この雑誌に取り上げられるバンドは時として「ロキノン系」と呼ばれる。むしろ蔑称に近い意味合いで。そういったメディアはある括りの中のアーティストのみを発信し続け、リスナーはほぼそこからのみ情報を得続ける。つまり、そういったメディアに取り上げられない、不可視化された存在がいるということだ。そこにニッチがあるのだ。

 よくない音楽はどうでもいい。素晴らしいのに「売れない」音楽とは何か。本来カテゴライズし得ない音楽であるにも関わらず、無理矢理表面的にいくらか類似するジャンルに押し込められ、本来ヒットするであろう層に認知されず、カテゴライズされたジャンルのリスナーにも評価を得られないもの。バンド自体のクオリティの問題ではなく、それを支えるスタッフの手腕・戦略に問題があるもの。特に現代にあっては「知名度」を得るというのは何にもまして重要だ。ひとつのバンドの情報など、その他の膨大な量の情報にあっという間に埋没する。そういった場ですべての表現者は戦っていかなくてはならない。そういった現状は実に歯痒いものだ。

 そういった現在の邦楽ロックの直面している半ば不可視化された問題について述べれば長くなるだろうし、愚痴めいていてよくない。そこで、具体的に小生がおすすめしたいバンドをいくつか挙げたいと思う。おすすめしたいものは星の数ほどあるが、紙面の関係上、ここはキセル、フジファブリック、メレンゲという3バンドに絞り簡単に述べることにする。

 キセルは宇治市出身の辻村兄弟によって結成されたバンドである。くるりとは大学の同期であり、村上隆がファンを公言していることは有名だ。打ち込みを主体としており、口笛、ミュージカル・ソウ、レコードのサンプリングなどを用いた静かで柔らかい不思議な音楽性でありながら、歌詞は深くいくらかの毒を含む。音楽性としてはいくらかフォークロック寄りか。最早ここまで来ると「キセル」というジャンルとして確立しているような気もする。現在、「京都」を体現しているバンドといえばくるりだが、個人的には京都の柔らかさと闇の深さを体現しているのはむしろキセルのように思う。くるりの描く「京都」はオリエントとしての「京都」ではないか。そのもっちゃりとした雰囲気からライブでも下手をしたら(椅子があったら)寝そうだが、日本が誇るべきバンドである。

 フジファブリックは山梨県富士吉田市出身のボーカルギター志村正彦が中心となって結成されたバンドである。奥田民生から読経のようなボーカルを受け継ぎ、ブラジル音楽・プログレ・歌謡曲・その他様々な要素を取り込んだ変幻自在の音楽性を持つ。歌詞も情緒豊かなものからサイケデリックなものまで幅広い。フジファブリックが何故ともすると滑稽と取られかねないにも関わらず、あまり過小評価されることはない。それは志村の血の滲むような努力の賜物でもあるが、最大の理由はどんな突飛で奇抜な曲であろうとも、そこに不思議な真剣さ、シリアスさがあるからだろうと思う。コンポーザーの志村にとって、この奇妙にねじれて現実離れした妄想は目をそむけることすらできない厳然たるリアルなのである。それはもう、痛々しいほどだと言っていい。結果として、志村は生き急いでしまった。志村正彦というフロントマンの大きな存在を欠いたフジファブリックはそれでも止まることなく動いている。

 メレンゲは宝塚市出身のボーカルギタークボケンジのソロユニットから始まったバンドである。宅録出身であり、フレーミング・リップスのドリーミーでサイケな音像、エレクトロニカやシューゲイザー、ポストロック、パワーポップなどを受け継ぎながらスピッツのようなポップさを持つ。歌詞はファンタジーのような空想の物語が多いが、さり気ない捻りが加えられていてドキリとさせられる。一見かわいらしい音楽なのでレコード会社などからもポップ路線を求められていたが、その実どんなバンドよりもロックだ。言葉選びのセンス、日本語の曲げ方も光っているが、あのエモーショナルなボーカルはいともたやすく「ポップ」という枠から突き抜けてしまう。少年のような細い声で、技術的に上手い訳では決してない。にも拘わらず胸を打ち抜く鋭さと強度を持つあの声は才能だ。
余談だが、フジファブリックの志村とメレンゲのクボは親友である。残されたクボは親友に対する思いを『アポリア』という名盤に昇華させた。アポリアと聞いて、デリダのアポリアのことを考えてしまうのは私だけではあるまい。

 以上のバンドを挙げた訳だが、どのバンドも彼らの才能が正当に評価されているとは言い難い。フジファブリックに関しては努力がある程度実っているように見えるが、志村不在の今、予断は許さない。邦楽ロックという商業芸術の一ジャンルに対する偏見や期待の地平がより開けて彼らの努力や才能が報われることを強く願っている。本来、カテゴライズという行為自体がくだらないことだということを忘れてはいないか。だから私は書くのである。おそらくこれからも。





  1. 2011/08/20(土) 10:00:00|
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