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20180808

 わりと遅くなりましたが、クボ氏誕生日おめでとうございます。41歳か、結局40歳の記念ライブ的なのはなかったことになっている。。。もはやツヨンゲの40歳を祝ってメレンゲでライブやってほしいよな。富士吉田でライブやるとか言ってたのは来年の方がいい気がする。その暁にはできるだけ早めにブッキングしてアナウンスしてほしい、マジで。

 あんまり関係ないのだが、最近原民喜にはまっていて今年の原爆記念日はちょっと特別な気持ちで過ごした。考えてみれば、8/6、8/9、8/15、お盆と、8月って実は死者の気配が濃密に迫ってくる時期だ。大して思い入れはなくても一種異様な空気感のある時期だったけど、文学の力を借りればもっと深く入り込める。

 最近は『羊と鋼の森』で引かれているのでそれで知っている人もいると思うが、原民喜はだいたい太宰治と同年代の詩人で、もともとすごくいい文章を書く人だったが広島で被爆しそこで体験したものを書ききって死んだ人である。最近岩波新書から岩波新書らしからぬオシャレな評伝が出たのだが、読みながら泣いた。原民喜はコミュ障である。中学の5年間一言もしゃべらなかったとか、佐藤春夫に会うのに奥さんについて来てもらい伝言ゲームみたいに耳打ちして言葉を伝えてもらったとか、涙なくしては読めない。めちゃくちゃ身に覚えがあるぞ。あんたはおれか。ただまあ原民喜は金持ちの家の三男坊で慶應に行き、卒業後は実家のお金で引きこもり生活をしてたイケメンなのだが、それについて考えはじめると暗黒面におちるのでやめておく。

 原民喜のすごいところは、彼は大切な人びとに先立たれまくったため、自分が死ぬのは怖いくせに生きている人間よりも死者に限りない愛着を抱いていて、だからこそヒロシマのおびただしい死者たちを一身に引き受けて歯をくいしばるようにして書いたことだ。じつは原民喜、被爆の前年に大好きな奥さんをなくしている。臆病で繊細で一切生活力のない男が、もっともそばにいてほしい人のいない世界で、飢えや体調不良や貧しさに苦しみながら生き残った自分しか書けないものを後の世代に託していった。これは受け取らなければならない。マジで誰よりも力強く生き抜いた人だと思う。青空文庫で読めるから、とりあえず「気絶人形」と「鎮魂歌」を読んでほしい。特に「鎮魂歌」はやばい。すさまじい感度で他者の声を拾い、自らの身体を使ってその語りを響かせている。無数の語りがとめどなくあふれてくる。

 みたいなことを考えている時にツアーファイナルを観てきたのだが、めちゃくちゃよかった。ここまで民意を汲んだセットリストって初めてなんじゃないだろうか。声の調子もここ最近はかなり安定していて、すごくいい。めちゃくちゃ久しぶりの「ロンダリング」とかアガらないわけがない。カバーも選曲がめちゃくちゃいい、「カルアミルク」にスーパーカー(「PLANET」)ってもう言い値で買うから音源化してほしいレベルである。ライブ音源でいいので。「July」はやらなかったけど、ぶっちゃけこのあいだのメレンゲ ワンマンより全然よかった。「July」はやらなかったけど。

 観ながら、弱いままでいいんだと思った。弱くても弱いなりの戦いかたがある。無理矢理強くなる必要なんかない、でもしたたかさはもう持っているんじゃないか。「バンドのためのソロ」と言っていたのはまだ期限切れじゃないと思っているから、その未来に夢を預けている。



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  1. 2018/08/17(金) 15:00:37|
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未だスーパースター

相変わらず「手紙」を聴いている。二、三百回くらい聴いたあたりから、残像のようにふとした時頭の中で流れる「手紙」の奥の方から「火の鳥」が響いてくるのに気づいた。イントロの暴力的なまでに強い力を秘めたギターのリフからAメロ、細かい手癖のようなフレーズの空気が似ている。全く違うバンドの違う曲に同じギタリストが注ぎ込んだ血が脈打っているということを噛みしめている。しかしよりによって「火の鳥」の面影を引いているというのがおそろしい。いや、そこに面影を見出しているのは自分だ。つぶさに耳を澄ませば、決してよく似ているわけではないのだから。

一週間前は納豆の日だったな。毎年「くそダサいなケケケ」と思いながら過ごしています。しかしそう言う自分の誕生日も七夕を狙いすましておもくそ空振ったような日なのだが、納豆よりかは那覇の方がいいとかたく信じている。おれはバタイユの生まれ変わりだぞ。そしたら志村はハドリアヌスの生まれ変わりかな、五賢帝は強いぜ。。。ちなみにクボ氏は柳田國男の生まれ変わりである。くだんねえな。。そんなことを考えながら神話をこねくりまわしていた。そして8年前の今日は富士Qだったな。8年前もこんなに暑かったのをよく覚えている。38歳、おめでとう。まだきみは最高さ。


  1. 2018/07/17(火) 23:37:38|
  2. 音楽
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手紙

 もう一億人が言ってることだけどフジファブリックの新曲、猛烈にいいな。

「手紙」、イントロから強烈なギターのリフが「STAR」級に刺し貫いてくる。そのリフになによりもまず、山内総一郎は骨の髄からギタリストであるということを思い知らされる。彼は心から大切な曲を作ろうとすると、無意識のうちに(だと思う)まずギターのリフとしてその思いがにじみ出しほとばしる。「STAR」はまさにそんな曲だったんじゃないか。志村の死というアポリアにギタリストとして対峙した曲。何度も大事そうに「志村君がいなくなってしまった時、はじめて自分で歌うということを意識して書いた大切な曲です」と説明する「ECHO」。そして「手紙」はギタリストとボーカリスト、双方の面で最大出力だ。

個人的にはギターリフがこの曲の最大のフックだが、曲も歌詞も音の一粒ひと粒も考え抜かれていて、とても言語化しきれない。細部まで考え抜かれているけども、濁った思考がわだかまるような痕跡は残っていない。それにしても、山内総一郎という人間が不思議で仕方ない。得体の知れないような化け物じみたものは感じるのだが、人間に必ずきざす「怖さ」がないんだよな。そんな人間ってホントに存在するのだろうか。不思議だ。彼の曲はひと色の感情しかないような平板なものでは決してないはずなのに、なぜか混じり気がない。なんでそんな風に思えてしまうんだろう。

フジファブリックについて考えていると、なにひとつうまく言葉を持ち帰れない。それが悔しくもどかしい。なんにせよ、こんなにギターの音に心をえぐられて泣かされるのは山内総一郎のそれだけだ。彼の(おそらく本人は気づいていない)天才に切り刻まれるたびに恐ろしく思う。携帯のボタンひとつで、あっさりと奇跡との邂逅を果たしてしまう。それを受け止めきれずに、ただただずっと聴いている。



  1. 2018/07/05(木) 22:38:29|
  2. 音楽
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20180627

どうもご無沙汰しております、北田です。ずいぶん間があいてしまった。理由として一番でかいのはやはり三月に向山貴彦が亡くなったことだ。もう小学生の頃からずっとめちゃくちゃ好きなので、はっきり言って立ち直れない。毎日それなりに楽しくやってはいるけども、それは向き合わないようにしているからだ。もう好きとかではない、そんなもの超えて血肉になっている。向山先生、あなたのおかげでいつまで経っても文章下手くそです。もっと文章のうまい作家を好きになっとけばよかったっすね。でも今でも文章を書く時の芯のようなものは先生からもらったものです。あんまりにもつらくて『童話物語』、未だに最後まで読み通せない。ブログを書こうとも思っているのだが、まったくまとまらないんだよな。未だに「ご冥福をお祈りします」とか言ってた連中をひとりずつぶちのめしたい気持ちでいっぱいである。ご冥福? ご冥福ってなんだよ。そんな墓穴に土をかけて埋めるようなことがどうして言えるかよ。金時鐘はうたった、「葬るな人よ、冥福を祈るな」と。死者たちを気持ちよくおねんねさせてやるようなつもりは毛頭ない。叩き起こしてやる。何回だって叩き起こしてやる。葬るな人よ、冥福を祈るな。

てか最近マジではらわたが煮えくりかえるようなことばっかりだぜ、まったく。某球を蹴るスポーツのタイアップ曲のB面、聴きました? ここに載せようと思ってあれこれ書いたのだが、無敵の人とのエンカウント率が爆上がりしてしまうのでやめた。お蔵入りである。しかしあそこまで脆弱な精神と知性の持ち主だとは思わなかったよ、さらにライブの話を聞いて怒りとか蔑みではなくて痛ましいなと思ってしまった。「何の思想的な意味もなく歌っています」なんて冷静に考えてみたら「ぼくはウンコしません」て言ってるようなもんだぞ。そりゃウンコしないで済むんだったら誰だってそうしてえよ。でも人間として生きていくということは積極的にしろ消極的にしろ選択をつないでいくことだ。つねにその選択はなにかの思想に傾いている。偏らずに生きていくことなんかできない。べつにあいつらがみっともないのはいいんだけどさ、ファンの子どもたちがかわいそうだよ。今彼らは自分の大好きなバンドを守ることで必死になっているんだろう。すげえわかるよ。でもバンドを盲目的に肯定することがバンドを愛することではない、痛みをともなうけども、ひとつずつ「当たり前」を突き崩しながらあの歌について考えてみてほしい。一緒に考えようぜ。

ライブにはポツポツ行っている。ツイッターでメモ代わりにつぶやいておしまいみたいになっているが、そう、つばきの正夢になったフェスについては少しでも書いておきたい。全然気持ちの整理がつかないまま行ってきて、整理がつかないまま観ていた。ランクやメレンゲはつばきに、一色德保にすべてを捧げるような、ヒリヒリしてとても真摯なライブをしていた。ソネ・小高の取り乱しコンビはわりとずっと不安定で観ていてつらくなる。音速はまったりしたライブをしていた。最後のつばきフレンズを観て、今日の意味がやっとわかった。このフェスと松山のライブは残されたメンバー、特におかもとさんのためのものだ。バンドのメンバーという関係性を超えて、ミュージシャンとしてだけでなく一色德保という存在をまるごと引き受けてきた彼女が、あれからどんな気持ちでいたかは想像もできない。MCで涙をこぼしながら「あれから生きる意味とかちょっとよくわからなくて、」と語っていた。そんなことできやしないんだけど、彼女がまだ肩からおろせないでいる重たいものを少しでももらえたらいいのにと思う。彼女はいま、きっと巡礼をしている。彼と親しかった人や思い出の場所やものをひとつずつ辿っているのだろう。自分にできることなんかロクにないから、つばきを聴き続けます。ホント、いいバンドだよな。


  1. 2018/06/27(水) 12:32:16|
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めちゃくちゃめでたい

金澤先生、ご結婚マジでおめでとうございます!!! 

「金澤ダイスケより皆様へ大事なお知らせ」とかマジでやめてくれ、嫌な想像ばっかで心臓止まるかと思ったぜ。なので喜びも倍増である。うわー、ただのファンでしかねえしなんかよく考えたら全然関係ない人間だけど、めちゃくちゃうれしい。もうめちゃくちゃ幸せになってほしいし、全世界をあげて金澤先生を幸せにしてえ。

しかし結婚とかってめちゃくちゃめでたい、いいことなのに公表するのは面倒くさいことも多かったりする。でもこうやってちゃんと教えてくれるのは誠実だと思う。しかもファンには正式な発表時刻より少し早めに公表していたので、その気持ちがうれしい。まあうがってみれば、相手がSuperflyというビッグネームなので隠してバレたらめちゃくちゃ不誠実な上に隠しきるのも難しいというのもある。でもさ、よく取ればいいんじゃないか。

越智氏のことはよく知らないのだが、金澤先生が選んだ人なら最高な人に決まってるべ。めちゃくちゃめでてえよ。大きな悲しみが襲いかかってきた時でも、弱音を吐かずバンドを引っ張ってきた人である。どうしたって悲しみは消えない。でもあなたのこれからを祝福しよう。あなたの幸福を願っている。金澤先生、ほんとうにおめでとう。正直複雑な気持ちの人もいるだろうけど、できる範囲で見守ればいいと思う。傷つけたり呪わないというレベルからだってすでにもう祝福たり得るのではないか。あと「金澤のものは俺のもの」理論を適用すると、金澤先生が幸せになった分だけ志村も幸せになるのではないか。やったな志村。しかし志村はひねくれてるくせに妙に素直なところがあるので、きっとめちゃくちゃ喜んでいると思う。あんなウエディングソング書いちゃう男だぜ。違いねえ。





ところであの、祝辞の人選だけはよく考えた方がいいと思うよ

  1. 2018/04/17(火) 22:48:34|
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