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inkblot

20190104



明けましておめでとうございます。バンプを聴きながら18きっぷで諏訪に向かっている。ちょっとどこか行こうと思っても諏訪くらいしか思い浮かばないんだよな。今思えば静岡方面とか行ってもよかったような気もするが、フジファブリックを観に何も知らず鈍行で浜松まで行ったのが軽くトラウマになっているのでやっぱり諏訪がいい。静岡は世界の果ての草原か何かなのか? さすがに帰りは新幹線で帰った。まあそれはいい。道中暇だしブログでも書くか。

去年は山総×せっちゃんで始まり、クボンゲのクリスマスライブで終わった。バンプは一回も観れなかったんすけどね、バンプは。しかしフジはいいライブがたくさん観られてよかった。昭和音大のツーマンもよかったが、やはりフレパリキッド(GLIM SPANKYとのツーマン)が感慨深い。やっぱりリキッドくらいのキャパがちょうどいいんだよな。そりゃめちゃくちゃ好きなバンドなら東京ドームの隅っこだって観たいけど、でもそれってホントはもうライブとは少し違うものになっているのかもしれない。ライブが観たい、ライブが。好きなバンドをそれぞれせめて年に一回でもリキッドルームで観られたら最高だ。でもあるわけないよな。

フジファブリックはFABch限定ライブやmellowに行けたのも嬉しかった。ここのところフジの倍率の高いライブは大体はずれていたので当たらないと思っていた。最高だった。FABchはアルバムの初披露的な場ということをその場で知ったので面食らった。ネタバレを気にして何も言えなかったのでつらい。弾き語りは本当に素晴らしかった。機能美というか、ステージの上の山内総一郎には演奏に必要ない無駄なものを一切帯びていないように見える。なんというか、ミュージシャンという生き物が本能だけでそこにいるような感覚がある。それにしてもほぼギターと歌だけというのはこの上ない贅沢だ。今回はルアンちゃんの弾き語りまであったので頭がおかしくなりそうだった。どんどんライブで使ってほしい。いやしかし、弾き語りは素晴らしかった。もっと身軽にやってくれないだろうか。しかしファンクラブ限定ライブの同伴者が非会員OKなのは落選したファンたちの怨霊に地獄の底から呪われるので、スタッフのみなさんにおかれましてはそろそろやめた方がいいと思う。感想を呟くだけでも殺気を感じるのでどうにかしてくれ。あとハナレフジ。ハナレフジは異次元の楽しさだった。おそろしい。なんなんだあれは。絶対音源出してほしい。そして毎月ライブやってほしい。

メレンゲというかクボンゲもやっぱりかなり観たが、なんかメレンゲのライブは観るたびにモヤモヤしてしまった。未だにうまく言葉にできないのだが、停滞となれ合いのようなものを感じていたのかもしれない。あと「楽しそうな顔をしろ、手を挙げろ」という圧にも正直疲れていた。ハナレフジとかなら自然と笑顔になるけど、メレンゲでそういうことはない。でも多分同じくらい楽しんでいる。そもそもメレンゲに陽気さを求めていないし、そんなに向いているとも思ってないんだよな。たとえるなら料亭でナイフとフォークを出されたり、家庭料理レベルの洋食を出されるような気持ちだ。まずくないけど、得意料理はそれじゃない。洋食が嫌いなわけじゃないけど、今食べたいのは違う。明るくない曲を繊細に演れるバンドって、シーンを見渡せばじつは貴重な存在なんじゃないか。ライブで明るくない自分の曲を卑下するクボンゲが嫌いだ。去年はいいライブもたくさんあったけど、どこか光が見えないようで辛かった。今年はソロ第二弾がタイアップつきであるようだし、やっと光が見えてきた気がする。めちゃくちゃ期待してるんだ、頑張ってくれよ。

それから遠野に寺尾紗穂さんを観に行ったのもとてもよかった。わらべうたを中心にしたものだったのだが、ものすごいレパートリーである。研究者なみに詳しいんじゃないかと思ってしまうが、たぶん研究者よりその深いところに触れているような気がする。そこに悔しさや羨ましさを覚える。マレウレウやテュルクソイの中央アジア民族楽器オーケストラもよかった。まったく西洋的でない見たこともない楽器たちがあんなに見事に合奏しているなんて最高にカッコいい。最終日なんかそこに尺八や津軽三味線まで混じっていた。終演後もステージの上で輪になってずっと踊っていた。あれはよかったなあ、観れるものならまた観たい。しかしホーメイ、めちゃくちゃアツい。もっと聴きたい。もっと知りたい。

去年は寺尾紗穂、折坂悠太、青葉市子はよく聴いた。それぞれ新譜がめちゃくちゃよかった。特に折坂悠太は春に出た『ざわめき』がめちゃくちゃよかったのでフルアルバムの方がしょぼかったら嫌だなと思ったらそれ以上だった。おみそれいたしました。これは売れてしまう。『平成』、めちゃくちゃ聴いている。最高。ただライブを観に行けなかったので、今年は観たい。あと湯川潮音。去年もよく聴いたし、年末年始も聴いている。子守唄のアルバムがめちゃくちゃよかった。フィジカルの方はたった四千円で好きな名前を入れて歌ってくれるのでほぼ無料みたいなものである。もしかしてこれは慈善事業か? 自分の子どもか贈り物としてオーダーする人が多いが、自分の名前を頼む人もわりとそこそこいるっぽいので安心して推しに名前を歌ってもらえばいいと思う。やっぱりライブは観れなかったので今年は観たい。ライブが観たかったといえばCHAIも観たかったんだよな。CHAIいいよね、未来と希望を感じる。そのまま軽やかにいろいろなものの上を飛び超えていってほしい。

バンプは去年リリースラッシュでやばかったっすね。まあ今日もまた新曲の情報出たんですが。どんだけ出すんだ。とにかく一刻も早く「月虹」をリリースしてくれ。それにしてもまだ「ベイビーアイラブユーだぜ」の衝撃から立ち直っていない。CDJで「スノースマイル」を「あれはただの惚気だから」というようなことを言ったというのを聞いた。そういう肩に入ってた無駄な力を抜いたのか。狭義のラブソングに大して興味はないけど、こだわりを脱ぎ捨てたこれからをもっと見たい。おっと、茅野に着いた。とりあえずはここまで。
  1. 2019/01/04(金) 10:14:06|
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20181224

12月24日だ。昨日は高円寺にいたんだ。飲みつけないコーヒーを飲んで眠れないから、さっきからずっとフジファブリックを聴いている。今日だってあんたの歌は最高だぜ、志村。

2009年12月24日の出来事はどうしたって納得できることではない、9年後の今でも。あまりにもさびしくやりきれない理不尽な死が、今でも否定しがたく冷たくそこに横たわっている。気がつけば、いつもそこにつまづいている。でも最近はその冷たさに身を浸してばかりいるのももう違う気がしてきた。

なんというか、志村正彦をまるごと肯定してやりたいんだ、彼の人生は終わりかたひとつで損なわれるようなものでは決してないだろう。肯定してやりたいとか、べつに友だちでも家族でもない赤の他人なんだけど、でも他人じゃないんだよな、傲慢でかまわない、おれたちわりと似てるところもあるよ、似てないところもいっぱいあるけど。とにかく未来に連れてってやりたいんだ、行けるところまで。さびしい顔のまま置き去りにしたりなんかするかよ。

でもホントに不思議なほど古びてゆかないんだよな。たぶん志村のことを考えない日もある、けれども気づけば彼の断片はもうすっかり思考や生活の一部になっているんだよな。一緒に行こうか、嫌がったって連れて行くけど。


夜が明けはじめた。



  1. 2018/12/24(月) 05:35:26|
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20180808

 わりと遅くなりましたが、クボ氏誕生日おめでとうございます。41歳か、結局40歳の記念ライブ的なのはなかったことになっている。。。もはやツヨンゲの40歳を祝ってメレンゲでライブやってほしいよな。富士吉田でライブやるとか言ってたのは来年の方がいい気がする。その暁にはできるだけ早めにブッキングしてアナウンスしてほしい、マジで。

 あんまり関係ないのだが、最近原民喜にはまっていて今年の原爆記念日はちょっと特別な気持ちで過ごした。考えてみれば、8/6、8/9、8/15、お盆と、8月って実は死者の気配が濃密に迫ってくる時期だ。大して思い入れはなくても一種異様な空気感のある時期だったけど、文学の力を借りればもっと深く入り込める。

 最近は『羊と鋼の森』で引かれているのでそれで知っている人もいると思うが、原民喜はだいたい太宰治と同年代の詩人で、もともとすごくいい文章を書く人だったが広島で被爆しそこで体験したものを書ききって死んだ人である。最近岩波新書から岩波新書らしからぬオシャレな評伝が出たのだが、読みながら泣いた。原民喜はコミュ障である。中学の5年間一言もしゃべらなかったとか、佐藤春夫に会うのに奥さんについて来てもらい伝言ゲームみたいに耳打ちして言葉を伝えてもらったとか、涙なくしては読めない。めちゃくちゃ身に覚えがあるぞ。あんたはおれか。ただまあ原民喜は金持ちの家の三男坊で慶應に行き、卒業後は実家のお金で引きこもり生活をしてたイケメンなのだが、それについて考えはじめると暗黒面におちるのでやめておく。

 原民喜のすごいところは、彼は大切な人びとに先立たれまくったため、自分が死ぬのは怖いくせに生きている人間よりも死者に限りない愛着を抱いていて、だからこそヒロシマのおびただしい死者たちを一身に引き受けて歯をくいしばるようにして書いたことだ。じつは原民喜、被爆の前年に大好きな奥さんをなくしている。臆病で繊細で一切生活力のない男が、もっともそばにいてほしい人のいない世界で、飢えや体調不良や貧しさに苦しみながら生き残った自分しか書けないものを後の世代に託していった。これは受け取らなければならない。マジで誰よりも力強く生き抜いた人だと思う。青空文庫で読めるから、とりあえず「気絶人形」と「鎮魂歌」を読んでほしい。特に「鎮魂歌」はやばい。すさまじい感度で他者の声を拾い、自らの身体を使ってその語りを響かせている。無数の語りがとめどなくあふれてくる。

 みたいなことを考えている時にツアーファイナルを観てきたのだが、めちゃくちゃよかった。ここまで民意を汲んだセットリストって初めてなんじゃないだろうか。声の調子もここ最近はかなり安定していて、すごくいい。めちゃくちゃ久しぶりの「ロンダリング」とかアガらないわけがない。カバーも選曲がめちゃくちゃいい、「カルアミルク」にスーパーカー(「PLANET」)ってもう言い値で買うから音源化してほしいレベルである。ライブ音源でいいので。「July」はやらなかったけど、ぶっちゃけこのあいだのメレンゲ ワンマンより全然よかった。「July」はやらなかったけど。

 観ながら、弱いままでいいんだと思った。弱くても弱いなりの戦いかたがある。無理矢理強くなる必要なんかない、でもしたたかさはもう持っているんじゃないか。「バンドのためのソロ」と言っていたのはまだ期限切れじゃないと思っているから、その未来に夢を預けている。



  1. 2018/08/17(金) 15:00:37|
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未だスーパースター

相変わらず「手紙」を聴いている。二、三百回くらい聴いたあたりから、残像のようにふとした時頭の中で流れる「手紙」の奥の方から「火の鳥」が響いてくるのに気づいた。イントロの暴力的なまでに強い力を秘めたギターのリフからAメロ、細かい手癖のようなフレーズの空気が似ている。全く違うバンドの違う曲に同じギタリストが注ぎ込んだ血が脈打っているということを噛みしめている。しかしよりによって「火の鳥」の面影を引いているというのがおそろしい。いや、そこに面影を見出しているのは自分だ。つぶさに耳を澄ませば、決してよく似ているわけではないのだから。

一週間前は納豆の日だったな。毎年「くそダサいなケケケ」と思いながら過ごしています。しかしそう言う自分の誕生日も七夕を狙いすましておもくそ空振ったような日なのだが、納豆よりかは那覇の方がいいとかたく信じている。おれはバタイユの生まれ変わりだぞ。そしたら志村はハドリアヌスの生まれ変わりかな、五賢帝は強いぜ。。。ちなみにクボ氏は柳田國男の生まれ変わりである。くだんねえな。。そんなことを考えながら神話をこねくりまわしていた。そして8年前の今日は富士Qだったな。8年前もこんなに暑かったのをよく覚えている。38歳、おめでとう。まだきみは最高さ。


  1. 2018/07/17(火) 23:37:38|
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手紙

 もう一億人が言ってることだけどフジファブリックの新曲、猛烈にいいな。

「手紙」、イントロから強烈なギターのリフが「STAR」級に刺し貫いてくる。そのリフになによりもまず、山内総一郎は骨の髄からギタリストであるということを思い知らされる。彼は心から大切な曲を作ろうとすると、無意識のうちに(だと思う)まずギターのリフとしてその思いがにじみ出しほとばしる。「STAR」はまさにそんな曲だったんじゃないか。志村の死というアポリアにギタリストとして対峙した曲。何度も大事そうに「志村君がいなくなってしまった時、はじめて自分で歌うということを意識して書いた大切な曲です」と説明する「ECHO」。そして「手紙」はギタリストとボーカリスト、双方の面で最大出力だ。

個人的にはギターリフがこの曲の最大のフックだが、曲も歌詞も音の一粒ひと粒も考え抜かれていて、とても言語化しきれない。細部まで考え抜かれているけども、濁った思考がわだかまるような痕跡は残っていない。それにしても、山内総一郎という人間が不思議で仕方ない。得体の知れないような化け物じみたものは感じるのだが、人間に必ずきざす「怖さ」がないんだよな。そんな人間ってホントに存在するのだろうか。不思議だ。彼の曲はひと色の感情しかないような平板なものでは決してないはずなのに、なぜか混じり気がない。なんでそんな風に思えてしまうんだろう。

フジファブリックについて考えていると、なにひとつうまく言葉を持ち帰れない。それが悔しくもどかしい。なんにせよ、こんなにギターの音に心をえぐられて泣かされるのは山内総一郎のそれだけだ。彼の(おそらく本人は気づいていない)天才に切り刻まれるたびに恐ろしく思う。携帯のボタンひとつで、あっさりと奇跡との邂逅を果たしてしまう。それを受け止めきれずに、ただただずっと聴いている。



  1. 2018/07/05(木) 22:38:29|
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