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文フリ

 なんだかやっとちょっと何かやりたいという意欲が出てきた気がする。家庭がうまく行かずにこころが折れてからここまで二年くらいかかったので、やっぱり思ったより重症だったのかもしれないな。まあ医者とかにはかからなかったので、べつになんということもなかったのかもしれないのだが。とはいえ自分のこころのことなんか全くよくわからないので、まあちょっとやる気のあるうちにぼちぼち何かしら書きたいと思っている。なんかメールやコメントの返事も全然書けなかったりしたので、ホントに申し訳ない。まあ謝ったところで誰も見てないだろうけど、ホントにすみませんでした。

 とにかく何かしたいのだが、まだあんまりまとまっていないのでまずは自分を追い込もうと思って11月23日の文学フリマに申し込んでみた。よくわからないけど、文学に限定した同人誌即売会らしい。そんなにあれこれ書いたりかたちにする予算もないからどうしようかと思っているのだが、何か読みたいものがあったらこっそり教えてください。文学ならなんでもいいので、小説、批評、論文、いろいろやれる。出し物は未定だが、屋号だけは決まっていて、十靴堂(ジッカドウ)という。十足の靴を持って旅に出る男の神話があって、妙に頭に残っていたのでそこから取った。神話いいよな。パッと見、頭のおかしいやつの妄想みたいな話も多いが、少しずつ意味がわかってくるとじつに面白い。みんな講談社学術文庫の『常陸国風土記』を読んでください。記紀よか風土記の方がずっと面白いんだが、みんな全然わかってないのですよ。茨城県民は常陸国風土記を持っているというだけでめちゃめちゃうらやましい。

  1. 2017/06/16(金) 18:02:12|
  2. 雑記
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20170612

 ここ10年くらい音楽ばっか聴いていて本をあまり読めてなかったが、この一年くらい珍しく音楽をあまり聴かずに本をちょいちょい読んでいる。もりもり読めているとは言えないのがかなしい。そして大して読んでないわりにはお金が消えていく。音楽にまでまわらない。畢竟、金がないので両立できてないということでもある。

 そんなこんなで今年も半分終わったけど、上半期はバンプと湯川潮音様にやられていた。「流れ星の正体」、「リボン」と畳み掛けてくるバンプにころされ、潮音ちゃんはsione名義で出した『ode』がすばらしすぎて五体投地である。歌詞のない歌を歌うのがsioneらしいのだが、とにかくよい。一曲目が「birds」という鳥の鳴き声をかたどった曲なのもたまらんね。鳥は霊魂の象徴でもあるし、神意伝達者でもある。シャマニスティックなものを勝手に感じてよろこんでいる。「plain soceil」とかもめちゃめちゃいい。まちがってこの記事を読んでしまった人はみんな買って聴いてほしい。最高。

 バンプはもはやbeyond wordsって感じもするけど、「流れ星の正体」にはまじで心をえぐられてしまった。みじかいアコギの弾き語りを録ったデモテープなのに、ここ最近で一番なみだが出てしまった。言っておくけど大人なので普段は泣かない。「リボン」ははじめて聴いたあの日、風の匂いのする曲だと思った。リリースの日、ホントに嵐で笑ってしまった。最高だ。

 
  1. 2017/06/12(月) 19:05:38|
  2. 音楽
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20170519


 昨日の夢にクボンゲが出てきて俄然心配になった。6月23日にワンマンあるよね? 大丈夫? ちゃんと練習してる? 打ち合わせとかしてる? おれ、自分と犬の世話が大変なのでフグの世話まではできないぞ、ツヨンゲちゃんとお世話してください。

 久しぶりに聴いていて、メレンゲってコミュ障ロックだよなと思った。「きらめく世界」とか、相手の目を見られていない気がするんだよな。「大丈夫、キミは溶け合ってボクになる」なんて言うけども、目を見て言ってないんじゃないかと思う。わりとそういうとこが好きなのかもしれない。別にそれでよしとしている訳ではなくて、克服しようと試みてはいるけども、結局めっちゃ目をそらしているようなとこあるよな。コミュ障はいいと思うんですが、ワンマンの告知とかライブ情報とか更新しろYO!! まあ全然ブログ書いてない自分がいえることでもないですが。

 ツイッターでハッシュタグつけてリクエスト曲をツイートしてねってやつ、一曲だけか。。。と思ってまったく絞り込めない。せめて三曲くらいにできないのか。めちゃめちゃたくさんアカウント作りまくってリクエストしたいな。手を変え品を変え「July」を。。。やらないけど。しかしせっかくリクエストするならどうせやるだろみたいな曲はなるたけ排除したい。。まあ「July」は絶対やらないだろうって曲になるが。「CAMPFIRE」聴きたい。

 

  1. 2017/05/19(金) 16:12:00|
  2. 音楽
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落ちた花を拾って並べるように

 つばきの一色が亡くなった。自分はライブに欠かさず足を運んだりするような熱心なファンではなかったので、何か言うのもおこがましいのだが、単純に喪失感がある。

 脳腫瘍による闘病から戻ってきた彼には、目を逸らし得ないほど明確に病の爪痕が刻み込まれていた。余裕なんか全然ないし全然カッコよくない。でも全力で食らいついている。そこに圧倒されていた。そういった部分と演奏に対する評価はまた別だが。そういった身体的な制約とは離れたところで曲は輝いていた。

 なんとなく、彼は足掻きながらまだまだ声をあげながら生きてゆくのだと信じ切っていた。去年、そして今年もまた脳腫瘍がいとしい天才をわれわれから奪っていく。脳腫瘍! 脳腫瘍という病のむごたらしさには、もう何と言っていいのかわからない。芸術家を芸術家たらしめている大切な部分を食い荒らして、あまつさえ命まで奪うのか。じわじわと、急速に、人として、生き物として壊れてゆく。穏やかな最期だったと漏れ聞くのがせめてもの心の慰めだ。

 この穴の開いたような気持ちを忘れた時のために、落ちた花を拾って並べるように、ほんの少しだけ書きとめておく。


  1. 2017/05/16(火) 03:22:50|
  2. 音楽
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20161224

論文が全然進まねえ。年内最後だったので大学図書館に行ったらOPACが使えず、ほしい雑誌は書庫が閉まって取り出せなかった。おれの論文は終わった。。。それ以外にもいろいろ終わっている。メンタル的にはまだこれからだが。そんなこんなで今年ここに載せるものがない。去年のやつは驚くことにまだ打ち直しが終わっていない。なんでこんなにしんどいのか。いや、あれはわりとしんどいか。何を書いたのかというと、折口の『死者の書』である。どうしてもモノ語りをやる必要があると思った。他者から死者を語るのではなく、死者自身が語り手に依りつき、語る。うまくやれたのかはまだ分からない。
今年もあれこれ考えてはいるのだが、なぜか論文の傍ら手が自動筆記しているのはちょっと違うものである。やっぱりよくわからない。ただ、動機はいつもなにか欠けているものを取り戻したいということにかえっていく。
しかし今年の12月24日のトピックといえば、やはりクボンゲの「クリスマスタイム」だろう。クリスマスソングに欠かせないものは二つあると思っている。猛烈な寒さ、さみしさと否応なしに包み込むような温かさだ。さみしさのないクリスマスソングは聴けない。いいクリスマスソングをどうもありがとう。でも最近、今まで後生大事に抱えてきたさみしさと、人としてあっていいはずのささやかな幸福の折り合いがうまくつかない。やっぱり小生のクリスマスはしばらくそんなハッピーにはならなそうである。
ホント七年とかなんなんだよ、意味わかんねえよ。やはりこの日はアポリアとして、溶け残った飴玉みたいに心の底に転がっている。
ところで三連休だからってそこかしこでいちゃついてやがるアベックども、俺たちの志村の呪いによって、今後地味な不幸に見舞われるだろうから覚悟しておけ。
しかし志村のそういうベクトルのポテンシャル高いところがホントに最高である。
  1. 2016/12/24(土) 23:15:11|
  2. 音楽
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